教育、アート、音楽と多方面でマルチに活躍をされている脳科学者の茂木健一郎さん。これからの未来に生きる子ども達には何が必要なのかを語っていただきました。「多様性の尊重と受容について」をテーマに、5月24日に行われたオンライン講演会でのお話をダイジェストでお届けします。
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個性を重視する方法論が確立されていない日本の教育現場
僕がまず問題提起としてみなさんに訴えたいことは、学習障害とギフテッド(先天的に高度な知的能力を持つ)の子どもたちの教育や学びは似ているのではないかということです。ここにとても大きなテーマがあるように思います。
井本陽久先生の生徒だった栄光学園の子どもたちの様子を見て、「あの子たちは賢い子だから」と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、その見方からまず抜け出さなければならない。
星山さんが言われたように、子どもたちは虹色です。いろいろな子どもたちがいます。人間の能力は、IQ(認知能力)が高いとか低いとかいう一次元のものではありません。その後、ジョン・メイヤーのEQ(心の知能指数)も注目されるようになりましたが、一貫して問題なのは、「あいつはIQは高いけどEQは低い」というように、人間を一次元の物差しの上に並べたがる人がいるということです。そういう考え方自体が、教育をとても不幸なものにしています。
ペーパーテストに頼っていては子どもの能力は伸びない
脳科学の見地から見ると、日本の教育ほど遅れているものはないんです。なぜ遅れているのかというと、本来、物差しは一つではなく無限にあるはずなのに、子どもたちの多様性や、能力の伸ばし方の勘所が全くわかっていない。その象徴がペーパーテストです。
井本さんの授業や子どもたちを見る様子を僕はニヤニヤしながら拝見しました。子どもたち一人一人がどうすれば力を発揮できるのかを常に探っていらっしゃいました。
日本の教育現場では、個性を重視する方法論がまだ確立されていないんです。それを丁寧に探っている。もしこの方法論が確立できたら、学習障害の子も、ギフテッドの子も、個性を伸ばすことができると思います。
栄光学園だからとか、賢い子がたくさんいるクラスだからではなく、どんな学校でもそういうことができる時代が来ると思います。
ビル・ゲイツの才能はいかにして開花したか
どんな子も、個性は長所と短所からできています。例えば、ビル・ゲイツさん。彼は、コミュニケーションがとても苦手で、プログラミングが得意。そして、高校の時に1学期間学校に行かずにプログラミングをしてマイクロソフトを作りました。コンピューター文明の発達がなければ、活躍の場はなかったかと思います
今の学校教育のシステムでは、ビル・ゲイツのような人の才能を伸ばすことはできません。遺伝子で決まる才能なんてありません。遺伝子で決まるのは50%です。あとは環境によって変わります。いいですか。ビル・ゲイツの才能が開花したのは、「学校に1学期間来なくていいよ」と言われたからです。そして、彼はハーバード大学に入学しています。
だけど、日本では、ビル・ゲイツのような異能な人がいても、例えば東大に行って研究をしたいと思えば、どうでもいい大学入試問題を解くための訓練をしなくちゃいけません。本当はその時間にプログラミングをやっていたほうが良いかもしれないのに。
日本の教育現場が目指すべきは、子ども達がチームワークで頑張ることができる体制づくり
秀でた個性を生かすためには、チームワークが必須
そしてここからが本題です。自分の力を発揮するためには、チームワークが大事だということです。
ビル・ゲイツはソーシャル・スキルがありませんでした。でも彼のそばにはポール・アレンという共同創業者がいました。だからマイクロソフトができた。
アップルを創業したスティーブ・ジョブズはプログラミングができませんでした。周りの人たちからすると非常に困った人でした。でも、彼はビジョンがすごい。その彼と組んだスティーブ・ウォズニアックというプログラミングの天才がいたから、いまiPhoneがあるのです。
どの個性も、自分だけでは完結しない。だからこそ、チームで何かをすることが大事です。最近、学校でも探究学習やアクティブラーニングということがようやく言われ始めました。チームで一人一人が自分の力を発揮できるからこそ個性が生きてくるわけです。これは大人も子どもも同じだと思います。
人間が能力を発揮する道は無限です
そしてさらに、一人一人の能力は大人であっても完成しているわけではない。これからどんどん変わることができます。僕だってこれから脳科学者として論文も書いていきたいし、英語で本を描きたいし、Netflixで英語の番組やりたいし、オペラ書いたっていいわけです。
僕は東京藝大で7年くらい教えましたけど、藝大の教え子に見せると笑われるくらいの絵しか書けません。でも、落書きみたいな絵を描くわけです。絵を描くことだって僕にとっては無限の目標があるわけです。何が言いたいかというと、人間が能力を発揮する道は無限だということです。
学びに終わりはありません。子どもも大人も自分なりの目標に向かって頑張れる社会を
人間の能力はオープンエンドで、発展の先は限りがありません。学校の成績なんて関係なく、自分なりに目標を設定して頑張るということをみんながやる社会が理想だと思います。これは子どもも大人も同じです。
学びって、終わらない。問題は、その時に、標準的なカリキュラムとか、身に付けなくちゃいけない基礎的な学力とか、そういう時代錯誤の幻想からいかに自由になるかということです。そこに一人一人の未来はかかっています。くだらない常識を持った大人たちが子どもたちにくだらない枠を押し付けるほど馬鹿馬鹿しいことはありません。
しつこいようだけど、ギフテッドと学習障害の子どもたちの教育は通じています。通じさせなくちゃいけない。「一人一人の個性を伸ばす」ということでは同じです。
これを聞いている多くの大人の皆さん、自分の学生時代の成績や通っていた学校の偏差値で「自分はこの程度だ」なんて、まさか思っていないでしょうね。そんなことで人間は決められません。自分を決めてしまう人は他人に対しても決めてしまいます。そんなくだらないことはないと僕は思っています。
それぞれの個性を伸ばし、お互いの個性を補い合って、チームで頑張ることを日本の教育現場でもっと波及させようではありませんか。
1962年、東京生まれ。脳科学者。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー、慶應義塾大学特別研究教授。東京大学理学部、法学部卒業後、 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。専門は脳科学、認知科学。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに、文藝評論、美術評論などにも取り組んでいる。2005年、『脳と仮 想』で、第4回小林秀雄賞を受賞。2009年、『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。
構成/太田美由紀