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2歳から4歳に身につく「セルフコントロール力」=自律性
発達心理学者のエリク・H・エリクソンは、人間の一生を8つの発達段階に分けた「ライフサイクル・モデル」の中で、そのときどきにおいてクリアすべき課題を示しました。乳児期は「基本的信頼感」、幼児期には「自律性」を得ることが課題であるとしています。
「自律性」とは、セルフ・コントロールのことで、自らを制御する力です。
私たち人間は誰もが自分で自分の衝動をコントロールしながら生きています。その力の根ともいえるものが幼児期の2~4歳の間に身につくんですね。
「自律性」は、何かを我慢するという単純なものをいうのではありません。自分で自分の衝動を律して、自分で何をするかを決める力です。
心が発達するためには順序があります。ベースは「基本的信頼感」
ですから、その前の乳児期には「基本的信頼感」を獲得し、自分に対しての自信が育っていないとできません。自分に自信があるからこそ、自らの行動を自分で決めることができるからです。心が発達するためには順序があって、そのときどきで獲得すべき力を身につけなければ、次に進めないのです。
では、「基本的信頼感」が育っていると仮定したうえで、子どもに「自律性」を身につけさせるにはどうしたらいいかといえば、それは親や家族などの他者との関係性の中で少しずつ育まれていきます。
他者との関係性を学ぶのは、 自分と他者が区別できるようになる2歳から
子どもたちは、2歳ぐらいになると視覚的に自分と他者を区別することができるようになります。そして、心の中でも主体と客体の区別が始まります。
たとえば電車の中でお母さんにだっこされていた子どもと目が合ったとき、その子に笑いかけると、子どもも笑顔で返してくれるときがありますよね。そして、それを何度か繰り返すと、次に子どもから笑いかけて、こちらが笑うことを求めるような行為をします。
それが、主体と客体の区別です。人は自分だけでなく他者との関係性を考えながら生きていくんですよね。そして、そうした人間関係の中で生きるのが、人間の健全な生き方なんです。
この他者というものを、子どもの時代にしっかりと実感することで、人とコミュニケーションすることの重要性を学び、その後の社会的人格を形成するときの基盤になり、それがやがて「自律性」の獲得につながっていきます。
しつけは「繰り返し教えて、できるのを待つ」。子どもに自律性をはぐくむコツです。
では、子どもに他者をしっかり実感させるにはどうしたらいいのでしょう。それは、「親が子どもの成長をじっくり待ちながら、子どもと接すること」です。
幼児期になると、食事のマナーやトイレトレーニングなど、しつけをはじめる親御さんが多いと思いますが、それを強制的に威圧的に推し進めるのではなく、何をするかを繰り返し伝え、できるようになるのを待つ姿勢で臨むことが必要です。
しつけとは、大人の文化を教えることですから、親が伝えた規則やマナーが子どもにできなくても叱ってはいけません。「ただ、教える」だけでいいんですよ。そうして、子どもができるようになるのを「待つ」。この姿勢が肝心です。
いつから教えたことを実行するのか、その時期の決定を子ども自身に決めさせてあげることで、「自律性」が育つからです。
うまくできなかったなら、お父さんやお母さんの残念な思いや悲しい気持ちは伝えてもいいですが、「がんばれ」とか「早く」とか、子どもをけしかけるような言葉がけをするのはダメですよ。
そして、その子が正しくよい行動をしたなら、ほめて、そして、親であるわたしたちもうれしいという喜びの気持ちを分かち合ってください。大好きなお母さんやお父さんにほめられることで、人とコミュニケーションする楽しさを実感しますし、「自律性」もより育まれます。
小学生になっておむつを付けている子どもがいないように、こうして繰り返し教えられ、諭されるうちに、やがて子どもの心と体が成長し、自ら行動できるようになるので、安心してください。
こうした姿勢はしつけをするときだけでなく、この時期の子どもと接するときに、お父さんやお母さんが常に頭に留めておいていただきたいことです。子どもを喜ばせることが親であることの喜びと思って育てる姿勢が、悲しみを分かち合うことにもつながっていきます。
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「自律性」をもてなかった子どもがいじめをします
文部省の調査によると、平成22年度の小学校・中学校・高等学校における暴力事件が約6万件と発表されました。それと同年度には、いじめが8万件近くも報告されています。そして、こうした調査において出てきた以外にも、把握されていないものもあるだろうといわれています。実際は、そちらのほうが多いかもしれません。
どうしてこのような状態になっているのかといえば、それは若者たちの衝動性が非常に強いからです。コミュニケーションの能力が極度に落ちていることも示しています。
でも、衝動を抑えることは、学校に入る前に身につけること。そう、「自律性」を身につけておくことが必要なのです。暴力やいじめが多発しているということは、幼児期に「自律性」を身につけていない子どもが増えているということなのです。
いじめというのは、本当は、本人の責任ではないんですよね。幼児期に「自律性」を親から身につけさせてもらえなかったからなのです。
もちろん、その子を育てた親の責任だとばかりに単純には言えないところもあると思います。けれども、子ども自身よりも親の責任のほうが重いと私は考えています。
「基本的信頼感」と「自律性」を身につけた子どもは、人生を幸せに生きていけます
「ライフサイクル・モデル」でエリクソンが述べた乳幼児期に身につけるべき「基本的信頼感」と「自律性」。このふたつは子どもの心の発達と成熟に欠かせないものです。
お父さんやお母さん方は、子どものありのままの姿を受け入れて、できる範囲で願いを叶えてあげてください。そして、子どもの育ちを信じて見守ってあげてほしいのです。
そうして育った子は、いじめに加担しようなんて思いませんし、自分で自分のすることを決められます。子どもの育ちを信じて待つことは、乳幼児期に限ったことではないと私は思います。「親」という字は、木の上に立って見ていると書きます。それは、幼児期だけでなく、学童期、思春期・青年期においても必要な子どもに対する親の態度だと思うのです。
記事監修
1935年、群馬県生まれ。新潟大学医学部卒業後、東京大学で精神医学を学び、ブリティッシュ・コロンビア大学で児童精神医学の臨床訓練を受ける。帰国後、国立秩父学園や東京女子医科大学などで多数の臨床に携わる傍ら、全国の保育園、幼稚園、学校、児童相談所などで勉強会、講演会を40年以上続けた。『子どもへのまなざし』(福音館書店)、『育てたように子は育つ——相田みつをいのちのことば』『ひとり親でも子どもは健全に育ちます』(小学館)など著書多数。2017年逝去。半世紀にわたる臨床経験から著したこれら数多くの育児書は、今も多くの母親たちの厚い信頼と支持を得ている。
構成/山津京子 写真/繁延あづさ