連載『子育てはたんぽぽの日々』で、歌に込められた母としての葛藤や子供へのまなざしが共感を呼んでいる歌人・俵万智さん。今年、7年ぶりの歌集『未来のサイズ』が刊行されました。すでに高校生となった息子さんと、コロナでの自粛期間中の親子の時間を謳ったものも収録されています。創作の日々と込められた思いをうかがいました
目次
言葉でコロナと格闘していました。コロナに詠まされたと言ってもいいくらいに
俵万智さんにとって、7年ぶりとなる新歌集『未来のサイズ』。
「当初、東京2020のオリンピックを取材して作った歌で締めくくるつもりだったのです」
そこに、予期しなかったコロナ禍が起こり、生活は一変。歌集の内容も変えざるを得ないことになりました。「コロナに詠まされ、言葉でコロナと格闘していましたね」と俵さんは制作の過程を振り返ります。
高校生の息子と過ごした密な時間
3つのパートから構成されている歌集は、『コロナ禍の今』を謳ったものから始まっています。日ごろ、全寮制の学校に通っている高校生の息子さんと、おもいがけず一緒に過ごすことが増えた自粛期間を題材に詠まれた歌の数々は、おもわず「いいね!」をつけたくなります。
ここにいてここにはいない子の背中オンラインゲームにくくくと笑う
昼食のカレーうどんをすすりつつ「晩メシ何?」と聞く高校生
四年ぶりに活躍したるタコ焼き器ステイホームをくるっと丸め
不安をかかえながら日々を過ごすということ
そして、コロナウィルスという「見えない敵」への不安をかかえながら生活することの実感も謳われます。「未曽有の出来事を前にした自分の心を確認する作業だったのかもしれません」。
目に見えず生物でさえないものを恐れつつ泡立てる石鹸
ドア、マイク、スイッチ見慣れたものたちを除菌しており儀式のように
朝ごとの検温をして二週間前の自分を確かめている
ステイホームで見つけた喜び・発見
不安を抱える日々を過ごす一方、日常に見つけた「小さな喜び・驚き」を詠んだ作品に、心がほっこりします。この自粛期間に多くの方が園芸を始めたそうですが、俵さんもベランダでバラを育て始めました。バラの気持ちになって詠まれた歌には、ビギナーならでは「あるある」も感じ取れます。
手伝ってくれる息子がいることの幸せ包む餃子の時間
発芽したアボカド土に植える午後 したかったことの一つと思う
園芸の初心者に首をいじられて不機嫌そうに身をよじるバラ
親世代として、子どもに恥ずかしくない社会を持たなければならないと考えるようになったこの10年
コロナ禍の日々に続く第2部は、仙台から移り住んだ石垣島での日々を、第3部は、息子さんの中学進学で2016年から居を移した宮崎での日々が詠まれています。
子の成長の日々を詠んだものの他、高校生を乗せて沈没した韓国の旅客船事故、また、非正規雇用の問題など「社会詠」も多く収録されています。
「子どもが成長するにつれ、親世代として、子どもたちに恥ずかしくない社会を持たなければという思いが強くなりました。でも、スローガンや愚痴は詠みたくありません。自分が生活していく実感の中で生まれた感情を言葉にしたいのです」
歌集のタイトルに取られた『未来のサイズ』は、宮崎の中学校に進学した息子さんの入学式の様子を謳ったもの。
コロナで一変した世界になった今、この歌をタイトルに選んだのは、俵さん自身の願いと読者へのメッセージが込められています。
「社会が閉塞感で窮屈なサイズになるのではなく、日本も、世界も、そして地球もゆったりとした『未来のサイズ』を持つことができる世の中になっていってほしいのです」
様々なしきたり事も、家族との過ごし方も、いつもとはまるで違う年の瀬を迎える事になった今年。
通して読んだところで、改めて、第2部から第3部、そしてコロナの今を詠った第1部に戻るという編年順で読み返すと、世界が不安の中にある今だからこそ、地に足をしっかりとつけて暮らすことを見つめ直したい…そんな思いにかられました。
俵万智(たわら・まち)
歌人。1962年生まれ。1987年に第一歌集『サラダ記念日』を出版。新しい感覚が共感を呼び大ベストセラーとなる。主な歌集に『かぜのてのひら』『チョコレート革命』『オレがマリオ』など。『プーさんの鼻』で第11回若山牧水賞受賞。エッセイに『俵万智の子育て歌集 たんぽぽの日々』『旅の人、島の人』『子育て短歌ダイアリー ありがとうのかんづめ』がある。2019年評伝『牧水の恋』で第29回宮日出版大賞特別大賞を受賞。最新歌集は『未来のサイズ』(角川書店)。Hugukumで『子育てはたんぽぽの日々』が好評連載中。
構成/Hugukum編集部 写真/繁延あづさ