性教育に詳しい医師夫婦のユニット「アクロストン」が、ママ&パパのお悩みに答える連載5回目。今回は2021年4月から新しい性教育として小・中学校で段階的に導入される「生命(いのち)の安全教育」について、アクロストンさんにご意見を聞きました。
目次
学校で始まる「新しい性教育」ってどんなもの?
テレビや新聞で4月から学校で新しい性教育が始まると聞きました。背景には性暴力や性被害の加害者や被害者をつくらせないことがあるようですが、具体的にはどのようなことを教えるのでしょうか。また子どもがこうした犯罪に巻き込まれないために、家庭でもできることがあれば教えてください。(8歳娘の母)
「自分の体も大事だし、他人の体も大事にしないといけない」と伝えることが大切です
学校で「生命(いのち)の安全教育」を推進。学年別の内容とは
政府は令和2年度から4年度までの3年間を性犯罪・性暴力対策の「集中強化期間」とし、性暴力の加害者、被害者、傍観者にならないように、学校では「生命(いのち)の安全教育」が推進されることになりました。
具体的に、低・中学年では「水着で隠れる部分(=プライベートゾーン)」は他人に見せない、触らせない、もし触れられたら大人に言う、他人に触らないことの指導。高学年や中学校では、SNSで知り合った人と会うことのリスクや対応、デートDV、性被害にあったときの相談先などを教えるとされています。
こういった新しい性教育が始まることについては、私たちは、実際に性被害にあった人たちの声が国に届いて、今回こういった形で教育を組み込まれたことは、すごく評価されることだと思っています。一方、背景に性犯罪・性暴力対策があるとはいえ、防犯面だけが強調されていることに正直、違和感もあります。
そもそも性教育というのは、ユネスコの包括的性教育によると、生殖の話だけでなく、私たちが幸せに健康に生きていくうえで必要な性の知識や権利を学ぶもの。大前提として、誰もが自分の性を決める権利があり、幸せに生きることを追求する権利がある、だから自分の体も大事だし、他人の体も大事にしないといけないということがあります。そのうえで、防犯の話がくるので、今回のカリキュラムのように防犯のために学ぶというのは、ほんの一部分を学ぶことに過ぎないのではないかと思うのです。
プライベートゾーンを守ることだけでなく、加害者が生まれない教育を
特に“プライベートゾーン”は使いやすいので、その分、取り扱いに注意したい言葉です。私たちが危惧しているのは「プライベートゾーンを触らせない、見られない」といった禁止事項だけを、いきなり子ども達に伝えると、いざ、性犯罪の被害者となった時に、「触らせた自分が悪いのだ」と自分を責めてしまい、大人に相談することができなくなること。
当然ながら、悪いのは触るほうであって、触られたほうは悪くない。たとえばたとえばレイプにあった被害者に、派手な服を着ていたからとか、夜中にそんなところを歩いていたからと言われることがあります。でも、そんなことは全く関係なく、悪いのは加害者です。
つまり防犯というのは、被害者が悪いわけでもないし、守れるものでもありませんから、学校では、そういうことが起こらない環境や加害者が生まれない教育を、防犯とセットで丁寧にやってほしいと思います。
ロールプレイで行うアクロストンの「性教育」の授業。子どもたちが自分事として考えられる内容を心がけています
私たちはアクロストンの活動として、毎年、区内の公立小学校4年生の保健体育の時間に、2時間ほど出張授業を行っています。
前半の1時間は、月経と射精など教科書に沿った内容の授業。ただ教科書には「こういった現象があります」といったことしか書かれていないので、子どもたちが自分事として落とし込めるように「トイレでいきなり血が出ちゃった、これは何でしょう」「寝ていてパンツにネバネバがしたものがついている……これは何?」など、マンガの穴埋めクイズなどで、教科書の知識にプラスして、リアルさを伝えています。月経についてはナプキンやタンポンの実物を子ども達に触ってもらい、ケアの仕方についても簡単にせつめいしています。また、射精に罪悪感をもったり、夢精したことを病気だと思い込んで悩む子もいるため、成長と共に起こる自然な事だよ、と丁寧に伝えています。
自分のからだのことは自分で決められること、他人のからだを大切にすること
後半の1時間は4~5人ずつのグループに分かれて、それぞれ配られたお題に沿ってロールプレイをしてもらいます。たとえば「ある子が白いスカートをはいて学校に来たら、スカートに血がついていました。すると「おしりが汚れているよ!」と、大声でからかう子がいました。このピンチをどう手助けする?」といったことをグループで考えてもらい、実際に演じてもらいます。ポイントは自分の性別とは関係なく配役すること。ひと通り、演じてもらったあとに、私たちが少し解説を加えて終わります。
その他のお題は、「スマホで裸の写真を撮られたらどうすればいい?」「AVを自分で見たくないのに、みんなは盛り上がって見ているけどどうしよう」「他の子と遊ばないで自分だけ遊ぼうよっていわれたら?」「お互い大好きだけど、チューしたくなかったどうする?」……。お題には、アダルトコンテンツやデートDVなど、すべて性に関係するものになっています。
毎回、このロールプレイをすると、いい答えがかえってきます。先ほどの月経のスカートの話だと「はやしたてるウサギを注意する」「『ねえねえ、ところでさあ』と何か別の話をふって話をそらす」「自分の上着を貸してあげて隠す」など、バリエーションが多く、私たちもなるほどなぁと感心させられることが多いですね。自分のからだのことは自分で決められること、他人のからだを大切にすることは、その言葉だけを子どもに伝えても理解することは難しいので、ロールプレイを通じて自分の頭で考えたり感じてもらっています。
心の性別と生物学的な性別は別。『おっさんずラブ』『きのう何食べた?』など、テレビドラマは家庭での性教育の格好のツールです
授業を始めて今年で5年目になりますが、年々生理についても、理解がすすんできているように感じます。
以前は同じ4年生でも、生理の話をしても、男女ともにポカンとしている子が多かったですが、最近は性別関係なく、ナプキンのことも知っていて、「CMでやっているあれね」という感じですね。
テレビや日常生活のネタを話のきっかけに
また私たちは授業の最後に必ず、自分の心の中の性別と生物学的な性別は別なんだよ、心の中の性別は自分で選べるし、その服装も自由なんだよと説明しています。また、人を好きになる人も、ならない人もいるし、好きな人の性別の組み合わせも色々あるよ、という話をしますが、そうすると子どもたちは「はい、はい」って。『おっさんずラブ』『きのう何食べた?』などのドラマで知っているわけですね。そういったテレビの影響もあって、すごく世の中が変わってきているなと思います。
実はテレビというのは、家庭で性教育をする際にも、すごく便利なツールです。私たちのところには「子どもが高学年、中学生になって、今さら性教育を面と向かってできない、もう遅いでしょうか」といった質問がよく届きます。
その答えは、「遅いということはなくて、そのときから始めればよい」ですが、始め方として、席についていっしょにというのは難しい。ですから、そういったテレビなど日常生活のふとした瞬間をどんどん拾っていくのは、簡単に始められる方法かな、と思っています。
子どもは、親が誰かに向かっていった発言には敏感。テレビの問題発言には、どんどんツッコミを!
先ほどのような、ドラマを親子でいっしょに見るのもいいですし、ニュースやバラエティを見ながら問題発言が出てきたら、親が「こういうのはどうかと思う」とテレビに向かって突っ込むのもおすすめです。子どもは大きくなると、自分に向かって言われたことにはあまり反応しませんが、親が誰かに向かって言った発言は、よく聞いています。ですから、ぜひいっしょにテレビを見ているときは、親はテレビに向かって、どんどん突っ込んでください。家庭性教育の絶好のチャンスですよ!
教えてくれたのは
妻のみさとは産業医、夫のたかおは病理医をしながら、2018年に「アクロストン」としての活動をスタート。公立の小学校の授業や企業主催のイベントなど、日本各地で性にまつわるワークショップを行う。『3~9歳ではじめるアクロストン式「赤ちゃんってどうやってできるの?」いま、子どもに伝えたい性のQ&A』(主婦の友社)、『思春期の性と恋愛 子どもたちの頭の中がこんなことになっているなんて!』(主婦の友社)、『10歳からのカラダ・性・ココロのいろいろブック(ほるぷ出版)』が発売中。
構成/池田純子