江戸時代の面影を残す世界遺産の町、石見銀山で子育て家族が増えている
島根県大田市役所によると、2012年3月から2021年3月までに大森町に転入した世帯は32世帯。出生数は43人、年間平均出生数4.8人!この小さな町にベビーラッシュが起こっているのです。なぜこの町に若い人たちが集まっているのでしょうか。町での暮らしや子育て環境は?大森町に移住した3人のママたちに聞いてみました。
群言堂本社で働く3分の2はU・Iターン
島根県大森町は、世界遺産・石見銀山のある人口400人の町。江戸時代は約20万人の人口を抱える鉱山町で、今も江戸時代の面影を残す美しい町です。大森町のメインストリートには、全国展開するライフスタイルブランド群言堂の本店「石見銀山 群言堂」を中心に、江戸情緒を感じられる古民家を再生したショップや民家が軒を連ねます。同じ通りには、群言堂の系列である宿泊施設「暮らす宿 他郷阿部家」があります。
これらの母体である「株式会社石見銀山生活文化研究所」の本社もメインストリートから歩いてすぐの場所にあり約65人の社員が働いています。このうち3分の2は、実にU・Iターンの若者。単身者だけでなく、家族でやってきた人やここで結婚して家族が増えた人もいるそうです。2011年、同社に入社し東京と大森町を行ったり来たりしていたオンライン事業担当の六浦千絵さん(36歳)は、約1年前に大森町に夫(40歳)と長女(3歳)といっしょに移住しました。
この町の暮らしとは、どういうものなのでしょうか。
「一言でいうと『楽しい』です。町民の多くが顔見知りなので、毎日誰かと挨拶して、立ち話をして、都心で暮らすよりもにぎやかなくらい。店の数こそ少ないですが、今は物流もスムーズだし、町内で各国料理が食べられるイベントがあったりして、意外に物足りなさを感じることはありません」
移住して二人目の子どもを妊娠、出産。家族が4人に増えました。
田舎で子育てというと、保育園や学校の心配がありますが、大森町内には保育園と小学校があります。
一時期は園児が2名まで減り、存続が危ぶまれた「大森さくら保育園」は、現在25名まで増えました(2021年7月現在)。待機児童の心配までされましたが、2019年度から認可保育園になり、乳児棟が増設されて受け入れ体制がととのいました。
「大森小学校」の全校児童は、現在14名(2021年5月現在)。違う学年の子が机を並べる複式学級です。保育園の人数を考えると、今後増えていくことは間違いなさそうです。
また「森のどんぐりくらぶ」は、町内の子育て家庭のための支援サークル。妊婦さんや乳幼児のお母さんを対象にした「やまりすクラス」と、小学生向けの放課後こども教室「うりぼうクラス」を、地元のボランティアの方たちが運営しています。
大森町で子育てしてみて、六浦さんはどんなふうに感じているのでしょうか。
田舎暮らしは快適だけど想定外の出費が多い!?
すぐに病院に行けないので「ケガをしないように遊ぶ」と子どもと約束していると話すのは、東京から大森町に移住して7年になる小野寺久美子さん(38歳)。「暮らす宿他郷阿部家」の料理人、小野寺拓郎さん(40歳)の妻です。もともと准看護師として病院に勤務していましたが、移住を機に同社に入社。現在は服飾雑貨のバイヤーとして働いています。
移住当初は夫婦と長女の3人でしたが、移住後に3人の子どもを出産。現在は長女(10歳)、長男(6歳)、次女(4歳)、次男(2歳)の4人の子育てをしながら、町内の古民家でにぎやかに暮らしています。
しかし、東京での暮らしを楽しんでいた小野寺さんは当初、大森町への移住に二の足を踏んでいたと言います。
実際、大森町に暮らしてみると「とても快適」だそう。
「東京では一人で買い物に行ったり、夜飲みに出たりするのが大好きだったので、引っ越してすぐは物足りなさがあったものの、いつの間にか考えなくなりました。むしろホームパーティが楽しくて、町内の方や会社の友人を招いては楽しい夜を過ごしています。音楽をかけて踊ったり、外で焼き鳥をしたり、都会では近隣を気にしてできなかったことですね。裏庭に畑をつくったり、キエーロ(生ごみ処理器)を設置したり、これまでチャレンジしたかったことも、少しずつわが家のペースでやっています」
とはいえ、田舎暮らしには生活費がかかるとか……。
それも毎月のことと思って腹をくくったと笑う小野寺さん。
自分の得意を活かして暮らせる町
大森まちづくりセンターに勤めている三浦すみれさん(27歳)は、夫(35歳)と長女(2歳)の3人家族。夫の類さんは株式会社石見銀山生活観光研究所のPRを担当し、紙面やウエブサイトで大森町の暮らしを発信しています。すみれさんは岐阜県出身、大阪の大学を卒業後、結婚を機に大森町に暮らし始めました。
移住して出産。近所の人たちは、娘が生まれたときから名前を呼んで、気にかけてくれているとか。
「この不便さが子どもにとっていい環境と感じます」と三浦さん。
田舎というと寂しいイメージがありますが、大森町は町の中にギュッと人が集まっているので、とてもにぎやかだと六浦さんは言います。
観光地と言っても、町民の暮らしが尊重されているのが大森町。季節のめぐりと人との関わり合いを楽しみながら暮らしたい人に、おすすめです。
記事監修
松場 登美
(1949年、三重県生まれ。株式会社「石見銀山生活文化研究所」代表取締役。服飾ブランド「群言堂」のデザイナー。1981年、夫である松場大吉の故郷、島根県大田市大森町に帰郷。1989年、町内の古民家を改装し、「コミュニケーション倶楽部 BURA HOUSE(ブラハウス)」をオープン。以降、数軒の古民家を再生させる。1994年、服飾ブランド「群言堂」を立ち上げる。2003年、内閣府・国土交通省主催「観光カリスマ百選選定委員会」より観光カリスマに選ばれる。2006年、文部科学省・文化庁より文化審議会委員に任命される。2007年、内閣官房・都市整備本部より地域活性化伝道師に任命される。2008年、日経WOMAN「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2008 総合3位」に選出される。株式会社「他郷阿部家」設立。2011年、株式会社「石見銀山生活文化研究所」代表取締役に就任。2021年、「令和2年度ふるさとづくり大賞」内閣総理大臣賞受賞。『群言堂の根のある暮らし―しあわせな田舎 石見銀山から』(家の光協会)、『起業は山間から―石見銀山 群言堂 松場登美』(森まゆみ著・バジリコ)、『なかよし別居のすすめ―定年後をいきいきと過ごす新しい夫婦の暮らし方』(小学館)など著書多数。)
文・構成/小学館出版局生活編集室