歌人・俵万智の「子育てはたんぽぽの日々」/それぞれの名前にある、それぞれのドラマ

子どもと向き合う時間は、一喜一憂のとまどいの連続。子育てに行き詰まることも日常です。歌人・俵万智さんが詠み続けた「子育ての日々」は、子どもと過ごす時間が、かけがえのないものであることを気づかせてくれます。「この頃、心が少しヒリヒリしている」と感じていたら、味わってほしい。お気に入りの一首をみつけたら、それは、きっとあなたの子育てのお守りになるでしょう。

たんぽぽのうた1

吾大、克二、健一、秀明 それぞれに命名をせし高ぶりを読む

子ども達のそれぞれの名前にある、それぞれのドラマ

私が教師をしていたころは、高校入試の合格発表は、和紙に墨で名前を書いて張り出していた。書道の先生一人では、四百人以上の名前を書くのは大変なので、国語科の私なども手伝いをした。合格者が決まってから書いていたのでは、とうてい間に合わない。なので、志願者全員の名前を、あらかじめ書いておく。で、試験の後、不合格となった子どもの名前を、そっと切り落とすというのが、段取りだった。これは、なんとも気の滅入る作業で、なるべく自分の書いたところから不合格者が出ないようにと思ったものだ。

「あら、かわいい名前ね」「う~ん、なんと読むのかな」「お、私の弟と同じ名前だ」「この学年にも『子』のつく女の子は少ないなあ」

書きながら、さまざまなことを思う。一度も会ったことのない子どもなのに、名前を墨できちんと書いただけで、なんとなく情が湧くという不思議。(中略)教師は、まだ、顔も知らない生徒と、まず名前で出会う。その時に思うのは、やはりそれぞれの名前をつけた親の気持ちだ。こんな子になってほしいという思い、親の一字を受け継いでもらおうという気概、姓名判断に凝ったもの、あの人にあやかりたいという願い……。それぞれの名前にある、それぞれのドラマ。

たんぽぽのうた2

リーダーになるのが男の幸せという価値観の命名辞典

命名辞典を開いてみれば

自分が親になり、いざ子どもに名前をつけようという段になって、意外と気になったのが「画数」だった。言葉を職業にしている者なのだから、言葉そのものの響きや意味で考えれば充分、とも思ったのだが、「命名辞典」のようなものをずいぶんと手にした。これには理由がある。私の名前「万智」(本名です)は、祖母がつけてくれたものだが、ものすごく姓名判断に凝ったそうだ。おかげで子どものころ、その手の本をそっと開いて、自分の名前の該当するところをドキドキしながら読んでも、悪いことが書いてあったためしがない。それがけっこう嬉しかったという単純な話。(中略)男の子の大きな幸せとして「人の上にたつ」「リーダー的な存在となる」といった項目がある。これも、「?」だ。陰で人を支える素晴らしい人生だってあるはずだし。リーダーに向かない性格だって、いくらでも選択肢はあるだろう。ひとことで「画数がよい」と言っても、何を持って「よい人生」とするかは、人それぞれだ。

 

 

俵万智『子育て歌集 たんぽぽの日々』より構成

短歌・文/俵万智(たわら・まち)

歌人。1962年生まれ。1987年に第一歌集『サラダ記念日』を出版。新しい感覚が共感を呼び大ベストセラーとなる。主な歌集に『かぜのてのひら』『チョコレート革命』『オレがマリオ』など。『プーさんの鼻』で第11回若山牧水賞受賞。エッセイに『俵万智の子育て歌集 たんぽぽの日々』『旅の人、島の人』『子育て短歌ダイアリー ありがとうのかんづめ』がある。

2019年評伝『牧水の恋』で第29回宮日出版大賞特別大賞を受賞。最新歌集『未来のサイズ』(角川書店)で、第36回詩歌文学館賞(短歌部門)と第55回迢空賞を受賞。2022年1月、2021年度『朝日賞』(朝日新聞文化財団主催)を受賞。https://twitter.com/tawara_machi

写真/繁延あづさ(しげのぶ・あづさ)

写真家。1977年生まれ。長崎を拠点に雑誌や書籍の撮影・ 執筆のほか、出産や食、農、猟に関わるライフワーク撮影をおこなう。夫、中3の⻑男、中1の次男、小1の娘との5人暮らし。著書に『うまれるものがたり』(マイナビ出版)、『山と獣と肉と皮』(亜紀書房)など。最新刊『ニワトリと卵と思春期の息子』(婦人生活者)が発売中。

ブログ: http://adublog.exblog.jp/

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