【今も心に響く佐々木正美さんの教え】親に甘える、わがままをいうのは、子どもが親を信頼している証拠です

子どもの育ちを半世紀以上見続けてきた児童精神科医・佐々木正美先生。ご逝去から1年以上経った今も、先生の残された子育ての著作や言葉はママたちの支えとなっています。
「悩むなかで親子関係は育まれていく」という佐々木先生。子育て雑誌『edu』(小学館)に掲載された「乳幼児期」ならではの子育てアドバイスを改めてご紹介します。

子どもの甘えをしっかり受け止めるから、子どもも親の要求を受け入れるようになるのです。

「子どもを甘えさせると、親のいうことを聞かなくなる」。そう考える親御さんは、本当に多いですね。

でも、逆です。うんと甘えさせてやる。つまり、子どもの甘えをしっかり受け止めるから、子どもも親の要求を受け入れるようになるのです。とくに、幼少期に子どもの思いを満たしてやることは大切で、そのぶん成長したときに聞く耳を持ち、社会のルールを自然に受け入れられるようになります。人は、自分の要求を受け入れてもらってからでしか、他を受容できない生き物なのかもしれませんね。甘えを受け止めるのは母親がベストですが、難しい状況であれば、父親や祖父母など、ほかの大人であってもかまいません。子どもは、その発達過程において、自分の全存在を受容される経験が不可欠なのです。

ところが今のお母さんは、子どもへの要求が強すぎる人が多いですね。わが子のために、よかれと思っているのでしょうが、親の思いよりも、「この子の思いを聞き届けてやろう」というほうが先。子どもは思いを聞いてもらうと、人を信じる力がつき、その力は自分を信じる力にもなります。

子どもが親に甘えるのは信頼しているからこそであり、その信頼が自己肯定感を高め、のちの自立へとつながっていきます。

愛情ではなく「過剰期待」になっていませんか?

私はこれまで、非行や犯罪に走ってしまった少年たちに数多く面会してきましたが、彼らのほとんどは、小さなころから、親に甘えを受け止めてもらえずに育った子どもたちでした。「もっと勉強ができるように」「もっといい学校に入れるように」……。子どものためと称して、多くを要求する親もいますが、それは愛情ではなく過剰期待です。過剰期待が愛情として伝わることはなく、「現状のあなたに満足していない」という、拒否や否定のメッセージとして伝わってしまうのです。

過剰期待された子どもは、自分が持つ能力以上の期待をされるため、自分の本当の気持ちを見失い、人からの指示や束縛のなかでしか行動できなくなります。子どもの意志を無視していろいろな教育を受けさせたり、自分の趣味の服を着せたり、の親は、しばしば子どもを自己愛の対象にしがちです。相手が負担に感じない程度の応援はかまいませんが、過剰な期待は、子どもをがんじがらめにしてしまいます。

京都大学大学院の木原雅子先生が調査してきた高校生対象のアンケートに、「あなたは親から大切に育てられてきましたか」「あなたは異性と性関係を持ったことがありますか」など、無記名で問う項目があります。集計の結果、「大切に育てられたと思わない」と回答した高校生で、「性体験を持ったことがある」と答えた割合は、「大切に育てられたと思う」と回答した高校生の約5倍も多いことがわかりました。子どもの感覚で、「大切に育てられなかった」というのは、「十分に甘えさせてもらえなかった」ということですが、親への甘えの乏しさが、精神的に未熟な段階での性体験にも結びついていました。性体験が仮の受容であったとしても、そうすることで過去の甘え不足分をおぎなったり、回復しようとするのでしょう。

子どもが小さいときに、親がしっかりと甘えを受け止めていれば、たとえばスーパーマーケットで「あれ買って、これ買って」とねだることも、公共の場で騒ぐ回数も、自然に減ってくるものです。

「親のいうことを聞かない子」というのは、「その親がいかに子どものいうことを聞いてこなかったか」を表す指標であるということを、子どもの精神医学に45年間携わってきた身としては、しみじみ実感します。

親の前では素直、保育園では友達に乱暴…だとしたら甘えの受容が不足しているのです

私は関東一円の保育園の保育士さんと、20年、30年の長期にわたって勉強会を開いています。卒園後も子どもたちの成長を見守っており、保育園児だった彼らがどう成長していくのか、先まで見届けることができるのです。

たとえば、朝晩の送り迎えをする親の前では素直。しかし保育園では、赤ちゃんがえりをする、友達に乱暴する、先生を独占しようとする……こういう子の将来は確実に大変です。

どういうことかというと、「保育園は家庭の延長線上にあるものだ」と、保護者や行政は思っているわけです。ところが、そんなふうに思っている子どもはいません。

子どもにとって保育園は、家庭とは別の社会です。親の前では怒られると怖いからいうことを聞くけれど、子どもの社会では問題行動を起こす。これが小・中学校など、社会の規模が大きくなるほど複雑になっていくのは当然です。

程度の差はあれ、引きこもりや不登校など、非社会的方向か、非行や犯罪など、反社会的方向に進むことになるのです。

逆に、保育園では年齢相応に規則も守れるけれど、親の前では泣いたり、わめいたりと手がかかる子がいます。これはまったく健全な証拠です。社会に出たらきちんとやって、家では気を許す。大人と同じです。

親に甘える、わがままをいう、手こずらせる、というのは、親を信頼していなければできないことで、じつはこういう子ほど、成長したときの自立もスムーズなのです。子どもが甘えてきたときは、「こんなに私を信頼しているんだ、安心しているんだ」と、お母さんはもっと自分を誇りに思っていいんですよ。

子どもは3歳児ごろの反抗期を皮切りに、たえず依存と反抗を繰り返しながら、成長します。甘えても、わがままをいっても、親は受け入れてくれる、と実感することで、子どもは親への信頼感を高め、自信が持てるようになります。

幼少期には不足していたとしても、小学校の時期に、しっかりとわが子の甘えを受け止めておけば、その先の思春期の反抗もそう大変ではないでしょう。子どもが甘えてきたときは、これが普通、健全な証拠と思って、気持ちをラクに持つことです。

教えてくれたのは

佐々木正美|児童精神科医

1935年、群馬県生まれ。新潟大学医学部卒業後、東京大学で精神医学を学び、ブリティッシュ・コロンビア大学で児童精神医学の臨床訓練を受ける。帰国後、国立秩父学園や東京女子医科大学などで多数の臨床に携わる傍ら、全国の保育園、幼稚園、学校、児童相談所などで勉強会、講演会を40年以上続けた。『子どもへのまなざし』(福音館書店)、『育てたように子は育つ——相田みつをいのちのことば』『ひとり親でも子どもは健全に育ちます』(小学館)など著書多数。2017年逝去。半世紀にわたる臨床経験から著したこれら数多くの育児書は、今も多くの母親たちの厚い信頼と支持を得ている。

「edu」2012年5月号所収 写真/石川厚志

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