是枝裕和監督作『ベイビー・ブローカー』の到達点は“祈り”だった!カンヌ国際映画祭で2冠達成

是枝裕和監督初の韓国映画『ベイビー・ブローカー』が、第75回カンヌ国際映画祭にて、ソン・ガンホの最優秀男優賞とエキュメニカル審査員賞をW受賞したというニュースは日本中を沸かせました。すでにSNSで絶賛されている本作の魅力をご紹介します。

未来への希望を導く是枝裕和監督作『ベイビー・ブローカー』

“『万引き家族』(18)の是枝裕和監督作”に加え、第75回カンヌ国際映画祭で主演のソン・ガンホが韓国人俳優初の最優秀男優賞!加えてエキュメニカル審査員賞とのW受賞と、さらに箔をつけての公開となった『ベイビー・ブローカー』。本日6月24日より公開されましたが、これがまた、しびれるクオリティーの人間ドラマでした。

ⓒ 2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED

 

「赤ちゃんポスト」を巡って、ベイビー・ブローカーである2人の男、赤ちゃんの母親、彼らを追う刑事2人が織りなす旅を綴った本作。もともとドキュメンタリー畑にいた是枝監督作は、常に緻密な取材を重ねたうえで脚本を練り上げますので、フィクションとはいえ、ウソがないし、常に題材に向き合う真摯さと謙虚さがすばらしい。そのうえで、本作の特筆すべき点は、未来への希望を入れ込んだ点です。

本作について是枝監督自身が「祈りのような、願いのような、そんな映画になりました」と述べていますが、「赤ちゃんポスト」にまつわる容赦ない現実を入れ込み、誠実に生の声をすくい上げたうえで、決して誰かを糾弾する映画ではなく、すべての命を肯定した、まさに祈りを捧げたような優しい着地点の映画となっています。その懐の深さに、是枝監督自身の人間としての器の大きさも感じます。

人間のA面とB面を巧みに見せていく脚本と名優たちのアンサンブル演技の妙

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古びたクリーニング店を営む借金まみれのサンヒョン(ソン・ガンホ)と、「赤ちゃんポスト」がある施設で働くドンス(カン・ドンウォン)。彼らの裏稼業は赤ちゃんを高額で売る“ベイビー・ブローカー”で、ある若い母親ソヨン(イ・ジウン)が預けた赤ん坊をこっそり連れ去ります。ところが、ひょんなことからソヨンに悪事がばれてしまった2人は、なぜか彼女と共に子どもの養父母探しの旅に出ることに。そんな彼らを、現行犯逮捕すべく、刑事スジン(ぺ・ドゥナ)と後輩のイ刑事(イ・ジュヨン)が3人を尾行していきますが……!

まずは、この手の役を演じさせたら右に出る者はなしの韓国の国民的大スター、ソン・ガンホの圧倒的な存在感にやられます。根っからの悪人ではない、いや、それどころか実は善人であるベイビー・ブローカー、サンヒョン役で、ペーソスあふれる演技を見せています。

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そして同じく韓国のトップスター、カン・ドンウォンも、児童養護施設出身だからこそ、「赤ちゃんポスト」について複雑な想いを抱えているドンス役を好演。ガンホとは『義兄弟 SECRET REUNION』(10)でW主演を務めた仲であり、その時の信頼関係が今回の役との関係性にも活かされたと舞台挨拶で語っていました。ペ・ドゥナやイ・ジウン、イ・ジュヨンも含め、旅をしていく主要キャスト陣がいずれも役にハマっているので、彼らのリアリティーあふれるアンサンブルドラマに引き込まれています。

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なによりも、ぞれぞれのキャラクターがわかりやすい第一印象となるA面をまず見せたあとで、知られざるバックグラウンドとなるB面が少しずつ明かされていくという流れがニクい。そこが丁寧に描きこまれていくので、どの視点から見ても感情移入させられそう。

加えて、子どもを巡る問題も多角的に語られていきます。子どもの母親、子どもを欲しくても授からなかった養父母候補、かつて「赤ちゃんポスト」に預けられて成長した大人と、同じ境遇の少年など、いろいろな視点から、生々しい心情が紡がれていくので、ポイントポイントで心をぐっとつかまれます。

「人は誰しも生まれてきたことを祝福される」というメッセージ性

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育児放棄の実話を基にした『誰も知らない』(04)、何気ない日常の悲喜こもごもを綴った『歩いても 歩いても』(08)や『海よりもまだ深く』(16)、出生時に病院で子どもを取り違えられた親を描く『そして父になる』(13)と、これまでに様々な家族のあり方について問いかけてきた是枝監督。それぞれに、いろんな形の家族像が琴線をふるわせてきましたが、それがあっての『ベイビー・ブローカー』は、なにかある種の到達点にたどりついた作品という印象も受けました。

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その到達点は「人は誰しも生まれてきたことを祝福される」という意味合いの台詞が物語っています。そこを声高に示した本作は、様々な声を耳にしてきた是枝監督ならではの力強いメッセージなのではないかと。そこから派生してですが、図らずしも、戦争で命という最も重くて大切なものが軽んじられている今だからこそ、そこを訴えることは、大いに意義があると思いました。


また、少子化が叫ばれる昨今ですが、生まれてきた子どもたちを守るにあたり、親だけではなく、周囲にいる人たちもいろいろな形でサポートしていくことって本当に大事なんだなとも思いました。人と人とのコミュニケーションが取りづらかったコロナ禍で、これまでに味わったことのない孤独を抱えた人も多かったと思いますが、そのなかで助けを求めようと声を出す姿勢や、他人の言葉に耳を傾けるこの重要さも感じました。

間口は「赤ちゃんポスト」の物語ですが、改めて人と人が支え合うことの大切さもしみじみと痛感させられた1本です。だからこそぜひ、大人だけではなく、未来を背負う子どもたちにも、観ていただきたい秀作だと思います。

文/山崎伸子

『ベイビー・ブローカー』は6月24日(金)より全国公開中
監督・脚本・編集:是枝裕和 出演:ソン・ガンホ、カン・ドンウォン、ペ・ドゥナ、イ・ジウン、イ・ジュヨン……ほか
公式HP:gaga.ne.jp/babybroker/

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