さまざまな課題にアプローチするために午前5時間制を導入
学生のころを思い出してほしいのですが、給食後の午後の授業は集中できましたか? お腹いっぱいの午後は、ちょっと集中力が落ちた、あるいは眠かったという人も少なくないと思います。
どうしても集中力が落ちがちな学校の「5・6時間目問題」にメスを入れようと、5時間目までの授業を午前中にこなし、単純な座学とは異なる自由度の高い活動に午後の6時間目を割り振る小学校が、全国には少数派ながら存在します。
例えば、東京の目黒区には、20年近く前から午前5時間制を導入する学校が幾つか見られます。同様の取り組みを今年、あらためて始めた学校もあります。福井県福井市立酒生(さこう)小学校です。
校長の松村聡先生に導入した経緯を聞くと、下校時の安全確保、子どもたちの学びの保証、教職員の働き方改革など、さまざまな課題にまとめてアプローチする方法として、午前5時間制に取り組んだのだとか。
「午前5時間制という考え方自体は、教育学者の森信三先生が今から50年ほど前に出された著書の中で提唱されています。腰骨を立てて学ぶ立腰教育など、さまざまな提唱を他にもされている教育業界ではとても有名な先生です。
この小学校に初めて校長として来て、学校が抱える諸課題の解決を図る手段として、森信三先生が提唱する午前5時間制の導入に取り組みました。
例えば、学級閉鎖などが頻繁に起こるコロナ禍で豊かな教育活動を進める(質の高い授業を提供する)にはどうすればいいのか。
校区がとても広い酒生(さこう)小学校に通う子どもたちが、日没の早い冬でも明るいうちに歩いて帰れるように下校時間を早められないか。
教職員の場当たり的な働き方改革が行き詰まるなか、それらの課題を解決するために、午前5時間制を導入しました」(松村聡先生)
午前5時間制の導入にあたって、ある意味で「常識」となった1コマ45分×午前4コマの時間割に校長の松村聡先生は手を加えます。
1コマ40分の授業を午前に5コマ、各授業の間に10分の休みを設け、3時間目と4時間目の間に15分間の大休みを入れた上で、12時25分に給食を始める時間割を組みました。
教職員やPTAに対する事前の説明が求められるものの、時間割の変更は校長の権限で可能なのだとか。
結果として、先生たちの授業内容そのものがスリム化し、リズムとテンポが改善され、子どもたちも今まで以上に集中して5時間目までの授業内容を学ぶようになったと、校長の松村先生は語ります。
4・5時間目まで1年生でも集中力高く授業に取り組んでいる
また、下校時間が早くなったので、遠方の子どもたちが日没の早い冬でも明るいうちに家に帰れるようになりました。さらには、教材研究などに放課後に取り組む先生たちの帰宅時間も早くなって、午後5時半ごろには大半の先生が家に帰れるようになったのだとか。
聞けば、高学年の子どもたちと比べて体力的にも未成熟な1年生でも、午前の4・5時間目まで集中力高く授業に取り組んでいるみたいです。
そのポジティブな変化を受けて、視察や問い合わせが学校に来たり、福井市の校長会で説明する機会を与えられたりと、周りからの関心も高まっているそうです。「うちでもやりたい」という声も県内の学校の校長から聞こえてきたのだとか。
子どもたちの8割以上が午前5時間制に好感
とはいえ、1コマ45分×午前4コマが常識の時間割を変えようとした時、抵抗や反発はなかったのでしょうか。松村先生はどのような根回しや準備を心掛けてきたのでしょう。
「まずは教頭に相談し、教職員にも職員会議で提案しました。若い先生も多く前向きな反応がありました。イレギュラーに45分授業を40分に調整するとなると現場は大変ですが、最初から40分授業と決めれば先生たちは対応できます。
並行して、PTA役員会でも提案させてもらいました。本来であれば、PTA総会でお話させてもらいたかったのですが、コロナ禍という状況もあって役員会での提案となりました。
もちろん、子どもたちの負担になるのではないかとのご心配の声も保護者からありましたが、説明を尽くし、最終的にはご理解を頂いて、今年の6月に1カ月間の試行実施、夏休み明けから完全実施しました」
子どもたち・先生・保護者に対するアンケートも1カ月の試行実施後には行われ、その結果は、小学校の公式ホームページ上にすべて公開されています。
内容を見ると、教職員は100%、子どもたちは85%、保護者の65%が、午前5時間制をポジティブに評価しているとわかります。
さらに、取材日前後で実施・集計された第2回アンケート調査の速報値を聞くと、教職員の100%、児童の85%、保護者の80%が午前5時間制を評価したそうです。特に、保護者間での理解が深まった印象ですね。
午前5時間制に対する子どもたちの感想に目を通すと、
「集中して授業に取り組める」
といった声はもちろん、
「給食後に残り1時間を受ければ帰れると思うと気が楽」
といった声も目立ちました。「お腹は減るけれど」という声も含めて、午前に一気に頑張れば後は楽といった感覚は、子どもらしい本音のような気がします。
午前中の勉強のほうが成果を得られやすいのではないか
また、午前中に学びを一気に深める取り組みの学習面での効果を聞くと、次のような言葉が返ってきました。
「午前中に勉強する子どものほうが、午後に勉強する子どもよりも学習の平均点が上がる、といった調査結果は今のところ得られていないのですが、教員としての経験則では、午前中の勉強のほうが成果を得られやすいと間違いなく感じます。
現状で、午前5時間制を導入していない学校のほうが主流派です。各学校の校長にもそれぞれの考えがあると思います。しかし、いいものは何であれ、社会に広まっていけばいいと思います。
なので、お子さんが通う学校が午前5時間制を採用していなくても、例えば、長期休みでは家庭学習を午前中に済ませるなど、興味をお持ちの方は、午前5時間制のメリットをおうちでも実践するように工夫されてみてはいかがでしょうか」
* * *
以上、文武両道の子どもが多い福井県で、午前5時間制を初めて導入した福井市立酒生(さこう)小学校の校長・松村聡先生の話でした。
午前中の勉強のほうが効果的とは、パパ・ママの大多数が経験を通じて共感できるのではないでしょうか。
午前5時間制を導入していない学校にわが子を通わせる保護者の中で、午前5時間制に興味を覚えた方がいれば、担任の先生との面談やPTA活動などを通じて、雑談風に学校側と一度話してみるといいのかもしれません。
お子さんの通う学校なりの考えがあらためて聞けて、互いに考えが深まるかもしれませんよ。
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取材協力
【参考】
「午前 5 時間制」の意義と問題――今津北小学校の事例をもとに――新保英典
平成31年度スクールプラン・令和元年度学校評価 – 福井市酒生幼・小学校
取材・写真・文/坂本正敬