えっ!「愛人」って中国ではそういう意味なの?【知って得する日本語ウンチク塾】

国語辞典編集者歴37年。日本語のエキスパートが教える知ってるようで知らなかった言葉のウンチクをお伝えします。

日本語と中国語では反対の意味の「愛人」

日本語で「愛人」というと、普通夫や妻以外の性愛関係のある異性のことを指します。

でも、中国では「愛人」は別の意味で使われているのです。何かというと、夫、妻、配偶者のことです。

ただ、中国語の「愛人」は中華人民共和国成立後に定着した語のようで、台湾では使われず、大陸でも「太太」「先生」などという言い方もあります(中国語の漢字は正しくは簡体字。以下同じ)。

同じ表記なのに、意味が違うなんておもしろいと思いませんか。「愛人」もそうですが中国語の「先生」人の夫や自分の夫に対して使うことがあるというのですから日本語ずいぶん違います

ちなみに日本で言う「愛人」は中国語では「情婦」「情夫」「第三者」「情人」などと言います。

「愛人」はいつから使われた?きっかけは、西郷隆盛

ところで、日本ではいつ頃から「愛人」を夫や妻以外の愛している異性の意味で使ようになったのでしょうか。

そもそも「愛人」は人を愛することという意味の語です。

西郷隆盛の座右の銘「敬天愛人」が伝えるのは「人間愛」

西郷隆盛の座右の銘として知られる「敬天愛人(けいてんあいじん)」の「愛人」もの意味です「敬天愛人」天をおそれうやまい、人を愛することという意味です。この場合の「人」は異性のことではなく人間一般=人間愛を指します。

西郷のことばとして知られていますが実際には西郷のことばではなく、幕末明治の啓蒙思想家教育家だった中村正直(まさなお)1868年に敬天愛人説を著わしてから知られるようになったようです。

この人を愛する意味の「愛人」ほぼ同時期に英語のhoney, lover などの翻訳語として使われるようになりま。そして、第二次世界大戦後「情婦」「情夫」の婉曲的表現として新聞や雑誌などで用いられるようにな、今のような意味が一般に広まったと考えられています

類語の「情婦」「情夫」「間男」

 ただ、「情婦」「情夫」も比較的新しい語です。これらの語は中国語と同じですね。日本ではさらに古くは相手が女性の場合「忍妻(しのびづま)」、男性の場合「忍び夫(つま)」「密夫(みっぷ)」「間男(まおとこ)」などという語もありました。

 いずれにしましても、今回の話はことばの知識だけにとどめておいた方が無難なようです。

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神永(かみなが・さとる)
辞書編集者、エッセイスト。元小学館辞書編集部編集長。長年、辞典編集に携わり、辞書に関する著作、「日本語」「言葉の使い方」などの講演も多い。著書『悩ましい国語辞典』(時事通信社/角川ソフィア文庫)『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信社)、『微妙におかしな日本語』『辞書編集、三十七年』(いずれも草思社)、『一生ものの語彙力』(ナツメ社)。監修に『こどもたちと楽しむ 知れば知るほどお相撲ことば』(ベースボール・マガジン社)。NHKの人気番組『チコちゃんに叱られる』にも、日本語のエキスパートとして登場。新刊の『辞典編集者が選ぶ 美しい日本語101』(時事通信社)が好評発売中。

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