「やる気」のカギを握るのは、脳の中の「線条体」
篠原先生は脳神経科学者として、日常的な脳活動について調べてらっしゃます。今回は、子どもをやる気にさせる方法や子どもとの向き合い方を、脳科学の視点から教えていただければと思います。
松丸 先生の著書を拝読しました。脳の中で起きていることについて、すごく科学的にわかりやすく書かれているんですよね。読んでいて、僕自身の勉強法や親との関わりについて、うまくいったこと、いかなかったことを脳科学と照らして復習している感じで、とても面白かったです。
篠原 ありがとうございます。
松丸 しかも小手先の勉強法に限らず、やる気を高めながら目標達成するためのアプローチは大人にも役に立つ内容ですね。
篠原 そうですね。あらためて、「やる気」について説明しましょう。脳内で「やる気」に関わるのは「線条体(せんじょうたい)」という部分です。例えばゲームが好きな人は、もう「ゲームをやろう」と思っただけでやる気が増しますよね。そうやって、これからやろうとしていることがワクワクすると予測をした時に活発化するのが「線条体」の最大の特徴です。
松丸 ゲームが好きなので、よくわかります。
篠原 線条体が働くと、脳の中でドーパミンという物質が出て、それが記憶の効率を高めたり、スキルの定着に役立つことにもつながります。だから、「やる気」「ワクワクする」ことはとても大事なんです。
「これをすればいいことが起きる」という予測がやる気を生む
篠原 ゲームの場合はよくできていて、たいてい簡単なところから始まってだんだん難しくなっていく。段階的に達成感=快楽が得られる仕組みになっているんですね。それが「ゲームにはまる」という行動につながっているわけです。ただ、勉強の場合はゲームのように達成感を得るのが難しいですよね。
松丸 勉強って、ある段階まで進むと急にガッと伸びて、おもしろくなるんですけど、そこに至るまでは楽しいとは思えないから難しいですよね。それでもやる気を出すにはどうすればいいんですか?
篠原 周りが褒める、自分でも褒めるということが大切ですね。誰だって褒められるのは気持ちがいいじゃないですか。子どもが何か良いことをしたときに褒めることを繰り返していると、子どもは「これをやったら褒められる=気持ちがいい」と予測します。それがやる気につながって、自ら進んでその行動を取るようになりますよ。
勉強したご褒美にゲーム、も脳科学にはOK
松丸 その話を聞いて、子どもの頃を思い出しました。僕の家は「一定時間勉強すればゲームを好きなだけやっていい」というルールだったんです。もちろん寝る時間は決まっていましたけど。だから、僕はゲームをやるために机に向かっていたようなものです(笑) でもそれは勉強という行動の先にゲームという快楽が待っている状態だったわけで、脳科学的にも理にかなっていたんだなと思いました。
篠原 それはいい方法ですね。「快楽」って大事なんですよ。松丸さんの「ナゾトキ」なんかも、ゲーム的な達成感が得られるように設計されていますよね。難しい問題の時にはヒントを小出しにして、自分で解答にたどり着く=達成感が得られるように工夫されている。
松丸 そうですね。脳科学的に考えたことはなかったけど、なによりも自分で問題を解いた瞬間の喜びが一番の快感なので、ヒントを段階的にしたほうが自分で答えを見つけた手応えを演出できるよねという話はよくしています。
篠原 科学的に考えていなくても、やる側の気持ちになって考えると自ずとそうなるんでしょうね。
四の五の言わずにとにかく始めれば、やる気がついてくる
篠原 もうひとつ、快楽とは違うやる気の高め方もあるんですよ。それは、「とにかく始めちゃう」ことです。人間の脳って、一度始めたことはある程度続けられる機能をもともと持っているんですよ。例えば原始時代なら、マンモスを見つけたら追いかけ続けないと捕獲できない。すぐやめちゃったら生きていけないんだから。行動することで「線条体」が刺激されて、行動が維持されるようにできてるんです。
松丸 へー! そうなんですね。
篠原 だから、四の五の言わずにとにかく始めてしまうのもひとつの手です。脳の仕組みから言うと、5分だけやろうと思って始めたら、5分でやめることのほうが難しいんですよ。
松丸 おもしろい! 確かにそうかもしれません。
「勉強しなさい」「今やろうとしてた!」も子ども目線では…
篠原 リビングで子どもがダラダラしてるときに親が「勉強しなさい」と言うと、子どもが「今やろうとしてたのに!」ってたいがい言うでしょう。あれは本当かな、と思って調べたことがあるんですよ。
松丸 脳科学的に調べたんですね!
篠原 すると、どうも嘘じゃないらしい。脳の中の言語野は活発化しているから、「勉強しなきゃ」の言葉は脳内に渦巻いているようなんですよ。でも、行動系が働いていないからお尻が浮かない。そういうときは頭の中で、「パッと立ち上がりダダッと歩いてドカッと座りババッと教科書をめくって…」という感じで、オノマトペを使って自分の行動をイメージすると効果的だと思います。運動選手のイメージトレーニングと同じです。イメトレしているときは脳の中の行動系がよく働いているんです。
アニメのキャラを自分に投影するのも有効
松丸 行動をイメージするって、めちゃくちゃいいですね! 僕も似たことをしていました。よくアニメの主人公の先輩とかで、普段はぜんぜん働いてないのに、いざという時に出てきて、ゆったり身体を伸ばしながら、「さ、やりますか」みたいなことを言って、めちゃくちゃ強い!ってキャラがいるじゃないですか。そういうキャラに憧れたことがあって、勉強に取り掛かる前に、「さ、やりますか」って体を伸ばしてました。
篠原 おもしろいですね。心理系は自分の行動を考えさせることが多いんだけど、たしかに、キャラクターを投影するというのも使えますね。
松丸 その動作が僕のスイッチになっていて、頭のなかでその先輩が敵をなぎ倒しているシーンが思い浮かぶんです。そうすると、自分もそのキャラに同化したような気分になって、やる気が湧いてくるんです。
篠原 なるほど。人間には他人の行動を見て無意識のうちに同じような行動をとってしまう「ミラーニューロン」という神経細胞があるんです。ミラーニューロンは尊敬している人を前にした時や「この人みたいになりたい」と思っている時により強く働くという報告があるので、特に子どもの場合、キャラクターをイメージする方法は効果的かもしれません。
松丸 そうですね。子どもにとっては、机に向かっている自分の姿をイメージするよりも、アニメのキャラに重ねるほうが簡単かもしれませんね。
篠原 アニメじゃなくても、松丸さんのファンの子どもだったら、松丸さんががんばっている姿を想像することが行動系の刺激になるかもしれない。
松丸 おお! それなら、僕もこれからは身体を伸ばしながら「さ、やりますか」って言ってみるのもいいかもしれませんね。
篠原 やる気のスイッチの入れ方をこうやって共有するのは、とてもいいことです。それに、自分が行き詰った時、あの人ならどうするだろうとイメージすることで、次の行動を起こしやすくなって、突破口になることもあるでしょう。
松丸 本当に、自分のやってきたことが脳科学的に裏付けされる感じで、僕にとってもすごく勉強になります。
篠原先生との対談、次回は「子どものやる気を引き出す褒め方」について話します。
松丸くんと中室牧子先生の対談はこちら
プロフィール
プロフィール
東京大学に入学後、謎解きサークルの代表として団体を急成長させ、イベント・放送・ゲーム・書籍・教育など、様々な分野で一大ブームを巻き起こしている”謎解き”の仕掛け人。現在は東大発の謎解きクリエイター集団RIDDLER(株)を立ち上げ、仲間とともに様々なメディアに謎解きを仕掛けている。監修書籍に、『東大ナゾトレ』シリーズ(扶桑社)、『東大松丸式ナゾトキスクール』『東大松丸式 名探偵コナンナゾトキ探偵団』(小学館)『頭をつかう新習慣! ナゾときタイム』(NHK出版)、など多数の謎解き本を手がける。
取材・文/川内イオ 写真/平林直己 ヘアメイク(松丸)/大室愛 スタイリング(松丸)/飯村友梨