「ご褒美をうまく使えば子どもの学力もアップする!」【松丸亮吾さん教育対談】中室牧子先生

テレビやメディアで大活躍のナゾトキブームの仕掛け人・松丸亮吾さん。東大生でもある松丸さんが、子どもたちと親御さんに「考えることは楽しい」と伝えるため、教育界でご活躍中の豪華ゲストの方々と、教育対談を繰り広げます。 第8回のゲストは、「教育経済学」の専門家、慶應義塾大学教授の中室牧子先生。「教育経済学」とは、データを基に教育の効果を解き明かす学問です。今回の対談でも、世間に流布する、子育てや教育に関する「思い込み」を覆していきます。前編となる今回のテーマは「ごほうびの使い方」です。

中室先生の著書『「学力」の経済学』は2015年に発売されて、30万部を超える大ヒットになりました。教育効果を科学的に解き明かす内容で、根拠のない「思い込み」や「個人の体験」で語られがちな子育てや教育に関する通説が、各国から集められたデータをもとに次々と覆されていきます。書籍の発売から7年が経っているので、今日は最新の知見も含めて教えていただきます。

データから見る、コロナ禍の臨時休校の影響

松丸 僕はこの対談が決まる前から、中室先生の『「学力」の経済学』を拝読していました。

中室 ありがとうございます。

松丸 教育系の本をはじめ、教育の体験を語るエピソードはたくさん世の中にありますけど、それぞれで矛盾することもあるじゃないですか。何が正しいのか、どの方法がいちばん確率が高いのか、気になっていたんです。だからこの本は、数値がある分、説得力があるなあ、とすごく共感しました。本の刊行から7年たちますが、研究はどんどん進んでいるんですか?

中室 はい。この本に掲載したのは海外で行われた研究がほとんどだったので、読者の方からも、日本のデータを使うとどうなんだろうという質問をよくいただきました。その点でいうと、日本のデータを使った研究ができるようになったというのが、この7年間でのいちばん大きな変化だと思いますね。

松丸 それは気になります!

 

中室 今私たちの研究室で分析をしている中でいちばんサンプルサイズの大きいデータは、「埼玉県学力・学習状況調査」で、約1100校の公立小・中学校の小4~中330万人の児童生徒を対象にしたものです。例えば、「コロナ禍で、生徒の学習や生活習慣にどのような変化が生じたのか」ということも分析しています。

松丸 コロナ禍でここ23年、思うように授業ができない状況も増えていますよね。臨時休校も含めて、どういう影響が出たのか、研究結果が出始めているんですか?

中室 はい。1つの特徴は、臨時休校の直後には、家庭での学習時間は増加していたということです。でも、臨時休校が終わって学校が始まると、家庭での学習時間は元の水準に戻ってしまいました。一方、臨時休校の間に、スマホを使ったりゲームをしたりする時間も増加したのですが、こちらは臨時休校が終了しても元の水準に戻らず、高止まりしてしまったのです。

松丸 そうなんですね(笑)。

良いことを習慣化するためのポイントは「ご褒美」

中室 つまり、勉強の「習慣」はつきにくいが、スマホは「習慣」になりやすいということだと思います。最近、経済学では「習慣形成」に関する研究が進んでいます。スポーツジム、資格試験の勉強、ダイエットや禁煙などのように、「継続」が難しいことはたくさんあります。アメリカの研究で、大学生に対して、「週に1回以上スポーツジムに行くと1週間で約2,500円の報酬が支払われる」という実験が行われました。最初はお金目当てにジムに通うのですが、8週間経つと、お金がもらえなくなっても同じようにジムに通い続けるという結果が示されました。これが「習慣形成」の効果です。

松丸 それ、ご褒美っていうことですよね。すごくわかります。僕もなにかを習慣化する時、絶対自分にご褒美を用意するようにしてるんですよ。

中室 松丸さんが習慣化したことって何ですか?

松丸 最近、毎日5キロ、ランニングマシンで走るようにしているんですよ。でも実は走るのが好きじゃないんです。それで、ランニングマシンにスマホを置いて、走っている間だけ、前からずっと観たいと思っていたアニメの『HUNTER×HUNTER』を観られるようにしました。

中室 そのご褒美はちょっと意外!() でも、それはうまいやり方だと思います。

松丸 走っている時しか観られないので、「続きが気になる!」って、次の日もついつい走っちゃうんですよね(笑)。それを続けていたら、走ることが苦じゃなくなって、今では走れない日があると気持ちが悪いと感じるぐらいになりました。

中室 習慣が定着すると、歯磨きと同じで、毎日やらないと気持ち悪くなってくるんですよね。これまでの研究では、習慣形成に重要なことの1つは、「繰り返し」であることがわかっています。そしてもう1つ大事なことがあります。それが「ご褒美」です。例えば、5キロ走るとか、苦手科目の試験勉強をするとなると、「なかなか大変そうだし、今日はあまり時間がないから、明日から本格的に取り掛かろう」などと言い訳をして、先延ばししてしまいがちですよね。でも、松丸さんにとってのアニメのように、まずはご褒美を用意して、取り掛かる時の心理的なハードルを下げることが良い習慣を定着させるためにとても重要なんです。

ご褒美には、ボーナスよりもピザが効果的⁉︎

松丸 ご褒美って大切ですよね。僕はゲームが大好きなんですけど、小学生の時、母から「ゲームは1時間」というルールを課されたんです。でもそうすると、もっとゲームがしたくてイライラするし、そのうち、勉強があるからゲームができないんだと考えるようになって、勉強が嫌いになってしまった。それを見かねた母から、「勉強を3時間やったら、好きなだけゲームをしていい」と言われたんです。そうしたら、毎日3時間、ちゃんと勉強するようになりました

中室 ご褒美、インセンティブですね。インセンティブは、経済学で最も重視されているもののひとつなんですよね。人の心はお金だけで動かせるものではないので、インセンティブは何かを知ることが大切です。アメリカの著名な行動経済学者のダン・アリエリー教授が工場労働者を対象に行った、とても面白い実験があります。

松丸 え、どういう実験ですか?

中室

労働者らを、4つのグループにランダムに分けます。業績に応じてそれぞれ、①ボーナスとして少額の現金を受け取ることができるグループ、②上司からの誉め言葉を贈られるグループ、③自宅にピザが配送されるグループ、④そのいずれも行わないグループです。①②③のうち、④と比較して最も生産性が高まったのはどのグループだったと思いますか?

松丸 おもしろい! ピザって何?(笑) このなかだと、上司から褒められるかな?

中室 いいえ。最も生産性が高まったのは、自宅にピザを送られたグループでした。いずれも行わないグループと比較すると、①②③のどれも5%近くも生産性が高まったのですが、いちばん向上したのはピザだったんです。

松丸 えー! なんで?

中室 自宅に届くことで家族から「すごい!」と尊敬を得られたことが大きな意味を持ったのではないかということです。

松丸 そっか、「あなたはがんばりました」って会社から直々にピザ届くわけですもんね。それいい! あ、でも、うちの会社でもやろうと思ったけど、うちの会社はみんな1人暮らしばかりだな()

何に対してご褒美を用意するのかを間違えない

中室 子どもの学習効果を高めるという点でも、インセンティブを与えるのは有効です。ただ、気を付けなくてはいけないのは、何に対してご褒美を用意するか、です。テストの点数や成績といった成果=アウトプットが良くなったらご褒美を与えるのと、本を読む、宿題をするという過程=インプットにご褒美を与えるのとを比較した実験では、学力の向上にはインプットのほうに効果があり、アウトプットのほうはまったく向上しませんでした

松丸 なるほど。インセンティブを使う時は、何をご褒美に設定するかが肝になるんですね。先生の本の中にあった、小学生の場合は400円の現金よりトロフィーの方が効果が高かったというデータもおもしろかったです。年齢によって人によって違うと思いますが、効果的なインセンティブを探すコツってあるんですか?

中室 人のやる気を引き出すモチベーションには外的なものと内的なものがあります。例えば、褒められる、ボーナスをもらうという他人からの評価は外的なモチベーションです。でも教育学的には、「楽しい」とか「燃える」とかいう自分の中から湧き出る内的なモチベーションが非常に大事だと言われています。内的モチベーションを高めるためには、自分がいちばん好きなもの、自分がいちばん燃えるものが何かということを発見しないといけません。それは大人も子どもも同じだと思います。松丸さんのモチベーションを高めるものはなんですか?

松丸 ナゾトキへの感想ですね。「このナゾがおもしろかった」と言われると嬉しいです。先日、スタジオの収録で男の子からもらった手紙に、「松丸くんの会社に入りたいという夢ができた」と書いてあって、生きててよかったなって思いました。ナゾトキが誰かの何かに繋がったとか、何かいい影響があったと知ると、すごく嬉しいですね。

中室 自分の仕事や関わりが社会の役に立っていると感じる時に内的モチベーションが高まるという研究があります。小さな子どもの研究はありませんが、モチベーションを高めるには、まずそこを意識するといいと思います。

<中編>へつづく↓

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記事監修

中室牧子|慶應義塾大学 総合政策学部教授/東京財団政策研究所研究主幹
慶應義塾大学卒業後、米ニューヨーク市のコロンビア大学で博士号を取得(Ph.D)。日本銀行や世界銀行での実務経験を経て2013年から慶應義塾大学総合政策学部准教授に就任、2019年より同学部教授。2021年より独立行政法人東京財団政策研究所研究主幹も務める。専門は教育を経済学的な手法で分析する「教育経済学」。著書に、30万部突破のベストセラー『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、共著に『「原因と結果」の経済学データから真実を見抜く思考法』(ダイヤモンド社)がある。

記事監修

松丸亮吾|謎解きクリエイター

東京大学に入学後、謎解きサークルの代表として団体を急成長させ、イベント・放送・ゲーム・書籍・教育など、様々な分野で一大ブームを巻き起こしている謎解きの仕掛け人。現在は東大発の謎解きクリエイター集団RIDDLER()を立ち上げ、仲間とともに様々なメディアに謎解きを仕掛けている。監修書籍に、『東大ナゾトレ』シリーズ(扶桑社)、『東大松丸式ナゾトキスクール』『東大松丸式 名探偵コナンナゾトキ探偵団』(小学館)『頭をつかう新習慣ナゾときタイム』(NHK出版)、など多数の謎解き本を手がける。

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取材・文/川内イオ 写真/藤岡雅樹(本誌) ヘアメイク(松丸)/大室愛 スタイリング(松丸)/飯村友梨

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