かつて灘高校を東大合格者数日本一に育てた伝説の国語教師・橋本武先生は、「国語は学ぶ背骨」とおっしゃっていました。つまり、国語力は国語一科目にとどまらず、他の教科を学ぶ上で必要な基礎的・本質的な力だということです。
であれば、学ぶ順序として、国語は真っ先に来るべき科目となります。柱や屋根より前に土台を据えなければならないように、なによりも先に国語力をつけておかないと、家を建ててもすぐに倒れてしまうでしょう。
手遅れにならないうちに、今日からでもお子さんと一緒にはじめられることがあります。橋本先生が実際に授業で使っていた具体的なメソッドを参考にしながら、ご家庭でできることを見ていきましょう。
今回は「読み聞かせ」についてです。
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読み聞かせをいつまでも
読み聞かせの価値はいくら強調してもしすぎることはありません。いいことずくめと言っていいでしょう。
お子さんが読んでほしい本を持ってきても、「もう自分で読めるでしょ」と突き放してしまうようなことはないでしょうか? 保護者の皆さんが忙しくて手が離せないときだからかもしれませんし、早く自分ひとりでどんどん読めるようになってほしいという願いからかかもしれません。しかし、読み聞かせには、自分ひとりで読むこととは別の価値があります。
読み聞かせのメリット① 「聴解力」
自分で読むことのメリットは、読むスピードを自由自在に変えられるところにあります。簡単ならばスピードを上げ、難しければスピードを落としたり、同じところを繰り返し読んだりすることもできます。
ですが、人に読み聞かせてもらうときには、相手の読むスピードに合わせて理解しなければなりません。これは他人の話を聞く、ということの基本です。
学校では、いろいろな先生がそれぞれのスピードで話します。友だちとのコミュニケーションでも、相手は自分の理解するスピードに合わせてしゃべってくれるわけではありません。
話し言葉は基本的に一度限りで、あっという間に消えていきます。その短い時間の中に次々と現れることばを理解していく力が必要です。読み聞かせは、この基本中の基本の力を養うのです。
これは普通に生きていれば誰でも身についている力だろうと思うなら大間違いです。驚かれるかもしれませんが、現在、少なからぬ大学で、大学一年生向けに「日本語リスニング」の授業が設けられています。大学の講義についていくために、まずは日本語を耳で聞いて理解するための特別な授業を受けなければならない学生が存在するということです。ですが、大学からでは遅すぎます。小学校に入る前に十分な聴解力をつけておく必要があります。
読み聞かせの際には、あえてスピードを速くしたり遅くしたりして、お子さんがどれくらいのペースならついてこられるのかを確認してください。そのうえで、少しずつ速く読むようにして、聴解力をつけることができます。
読み聞かせのメリット② 理解の確認
読み聞かせの際にお子さんが神妙に耳を傾けていたとしても、必ずしも聞いたことがきちんと理解できているとはかぎりません。わからないことがあってもとりあえず先を読むことが必要なときはありますが、国語力のトレーニングとしては、細かいところまですべて理解するようにしたいものです。これが橋本先生が灘校で教えていたときに徹底した方法でした。
読み聞かせの途中でときどき区切って、難しそうなところが理解できていたか、質問をしてみてください。たとえば
・意味のわからないことばはなかった? このことばの意味はわかる?
・「これ」(「それ」「あの」などの指示語)は何を指しているかな?
・この場面の季節はいつごろ? 一日のうちの何時ころの出来事だと思う?
・この場面には何人の人が出てきた?
・このせりふをしゃべっているのは誰?(登場人物が多くなると、意外とわかっていないことがあります)
・このとき○○(登場人物)はどういう気持ちだったと思う?
など、場合に応じた質問をすることで、本当に理解できているのかを確認することができます。
読み聞かせのメリット③ 想像力を養う
さらには、話の途中で
・このあとこのお話はどうなると思う?
と想像を促す質問をすることもできます。想像はたんなる空想とは異なり、根拠に基づくものでなければなりません。それで、話の先を想像させる質問のあとには、
・なんでそう思う?
という質問も加えてください。そのときお子さんが、これまで読んだことの中から根拠となる部分を答えられれば、それは優れた想像です。読み進めるうちにそれが合っていることがわかれば非常に嬉しいでしょうし、仮に違っていたとしても、作家は読者の期待を裏切るのが職業ですから問題はありません。自分の想像が裏切られるのも、本を読む楽しみの一つです。
このように、先を想像しながら読む、というのは、物語だけでなく、将来評論などの論理的文章を読む際にも非常に重要な能力です。話がどこからはじまりどこを通ってどこへ行こうとしているのか。それを辿る力は、自分で作文をする際にも必要な力です。
ぜひ読み聞かせの途中でときどき立ち止まって、「この先どうなると思う?」と尋ねてみてください。そして慌てずにお子さんが考えをまとめるための時間をとってください。
読み聞かせのメリット④ 背伸びができる
読み聞かせには、自分ひとりで読むよりも一段上の難しい本を使うことができます。前の節とも関係しますが、読み聞かせであれば、難しいところも一緒に意味を確認しながら先に進むことができるからです。
読書が好きで、たくさん本を読んでいても、読解力が伸びない場合はままあります。私が大学受験の面接で出会ったある受験生は、「高校時代に1000冊の本を読みました」と胸を張りましたが、国語のペーパーテストは惨憺たる結果でした。読んでいたのは、いわゆる「ラノベ」ばかりだったのです。たしかに3年で1000冊と言えば1日1冊に近いペースで、少し骨のある本であれば到底そんなスピードで読めるはずがありません。
本を読む喜びの中には、「わかりやすいものをスラスラ読む」というものがたしかにありますが、読解力の向上のためには、スラスラ読むだけでなく、一つのものをじっくりと深く読む訓練が必要です。橋本先生が灘中学で行った授業は、中勘助の『銀の匙』という薄い文庫本を、なんと3年間かけてそれ1冊だけ読むというものでした。
わかりやすいものばかりをいくらたくさん読んでも読解力は伸びません。その点、読み聞かせであれば、多少難しい本でも、一緒に意味を確認しながら読むことができます。ひとりで読むにはちょっと難しそうだと思う本をこそ、一緒に読んであげてください。そうした背伸びのなかで、「わかりやすいものをスラスラ読む喜び」だけでなく、「わからなかったところがわかる喜び」に目覚めてほしいと思います。
親の力のつづくかぎり読み聞かせを
読み聞かせの大切さを力説すると、「どんな本を?」「どれくらいの頻度で?」「何年生まで?」などの質問がすぐに返ってきます。最後にこうした質問にお答えしておきたいと思います。
「どんな本を読み聞かせるべきか?」
これは年齢によっても、それぞれのお子さんの個性によっても千差万別なので、この本、という書名をあげることはできませんが、選ぶ際にいくつか気をつけることのできるポイントはあります。
■子どもが持ってきた本は問答無用で読んであげる
もう何度も読んでいる本でも簡単すぎると思える本でもマンガでも、お子さんが読んでほしいと言う本があれば、ぜひ面倒がらずに読んであげてください。その本はお子さんにとってきっと財産になります。愛読書に勝る宝はありません。
■少し背伸びした本を選ぶ
お子さんが持って来る本とは別に、少し難しめの本を選んで読んであげてください。そのメリットは前に述べたとおりです。
■ジャンルを広げる
自分で選ぶかぎりどうしても好きなジャンルに偏りがちですが、読んであげるならば、多少興味の薄い分野の本でも耳を傾けてくれるでしょう。理科や社会の勉強に関係する本など、年齢に応じてジャンルを広げてあげましょう。
「どれくらいの頻度で? 何年生まで?」
多すぎるということはありません。長すぎるということもありません。お子さんが嫌がるまで、できるかぎりつきあってあげてください。
もちろん、ひとりで読めるようにならなければ困ります。でも読み聞かせがあってこそ、ひとりでもきちんと読めるようになるのです。
同じ話を何度も読むのは、大変だと思います。でも、暗記するほどに一つの話を読むという経験は重要です。それがのちの深い読書体験に繋がるからです。