「重祚(ちょうそ)」の意味とは? 重祚した2人の天皇について知ろう【親子で歴史を学ぶ】

あまり聞き慣れない「重祚(ちょうそ)」は、天皇のある行動を表した言葉です。重祚の正確な意味はもちろん、過去に重祚した2人の天皇を取り上げて解説します。重祚に至った背景や天皇に関する疑問などを確認し、歴史の理解に役立てましょう。

重祚(ちょうそ)の意味は?

天皇のどのような行動を「重祚」と表現するのでしょうか。漢字が持つ意味を踏まえ、重祚の定義を解説します。

退位した天皇が再び即位することを表す

重祚(ちょうそ)の「祚」は、天皇を示す「天子」の位を意味する漢字です。「重」は「かさなる」「繰り返す」という意味を持つので、重祚は同じ天皇の再即位を表しています。そのため「再び」の意味合いを持つ「再」「復」を使い、再祚(さいそ)・復祚(ふくそ)と呼ぶケースもあります。

「重祚」は名詞のため、天皇が再び即位する行動は「重祚する」と、動詞で表現するのが基本です。読み方は「ちょうそ」の1種類ではなく、「じゅうそ」と読むこともあります。日本の歴史上で重祚した天皇は2人といわれ、いずれも女性です。

天皇家の紋章である「菊の御紋」。鎌倉時代に後鳥羽上皇が用いたのが、その起源であるとされる。
天皇家の紋章である「菊の御紋」。鎌倉時代に後鳥羽上皇が用いたのが、その起源であるとされる。画像は靖国神社・神門。

重祚した1人目の女性天皇「皇極天皇」

642年に即位した皇極(こうぎょく)天皇は、日本で初めて重祚した天皇としても知られています。皇極天皇の正式名称や、重祚に至った背景などを確認しましょう。

皇極天皇から斉明天皇へ

皇極天皇の正式名称は宝皇女(たからのひめみこ)といい、もともとは舒明(じょめい)天皇の皇后でした。「大化の改新」で活躍した中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と、大海人皇子(おおあまのおうじ)の母親でもあります。

1回目に即位したのは、夫・舒明天皇が亡くなった後でした。しばらく即位しますが、後の孝徳(こうとく)天皇となる弟に位を譲ります。しかし孝徳天皇も亡くなり、655年に重祚して斉明(さいめい)天皇となりました。

皇極天皇 (斉明天皇)  [三英舎  “御歴代百廿一天皇御尊影より](PD)

理由の1つは「王位継承争いを鎮めるため」

皇極天皇が夫の死後に即位したのは、王位継承争いを鎮めるためであったといわれています。天皇が後継者を指名せずに亡くなると、候補の間で争いが起こるのは自然な流れだといえるでしょう。

皇極天皇の場合、中大兄皇子の他に、古人大兄皇子(ふるひとのおおえのおうじ)・山背大兄王(やましろのおおえのおう)が候補に挙がり、争いは避けられない状態だったといいます。

昔は天皇の妻(皇后)や娘(女性皇太子)の即位も認められていたので、王位継承争いを鎮めるために自らが天皇になったという説があるのです。

王位の空白を避けるためでもあった

皇極天皇・斉明天皇が2度即位したきっかけは、それぞれ夫・弟の死でした。後継者が決まらないままで天皇が亡くなると、当然ながら王位は空白状態になってしまいます。

現代の皇室典範の第4条でも「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する」という文言があります。つまり「天皇の位には空白があってはならない」とされているのです。

一方で、候補の皇太子(息子)の年齢が低いなど、事情があって次の天皇が決まらないケースもありました。皇極天皇・斉明天皇として2度即位した背景には、王位の空白を避けなければならない事情も関係していたようです。

参考:皇室典範 | e-Gov法令検索

重祚した2人目の女性天皇「孝謙天皇」

歴史上重祚したもう1人の天皇は、749年に即位した孝謙(こうけん)天皇です。孝謙天皇は聖武天皇の娘で、即位するまでは「阿倍内親王(あべないしんのう)」と呼ばれました。

孝謙天皇から称徳天皇へ

父親の聖武天皇による譲位で即位した孝謙天皇は、自らも藤原仲麻呂の娘婿だった「大炊王(おおいおう・後の淳仁天皇)」に位を譲っています。しかし、孝謙天皇と藤原仲麻呂が対立するようになったことで状況が大きく変わります。

藤原仲麻呂(別名・恵美押勝)による「恵美押勝(えみのおしかつ)の乱」に孝謙天皇側が勝利し、淳仁(じゅんにん)天皇は廃位へと追い込まれました。廃位した淳仁天皇に代わる形で764年に重祚し、称徳(しょうとく)天皇となったのです。

孝謙天皇(称徳天皇)Wikimedia Commons(PD)

重祚を含めた天皇制に関するQ&A

長い歴史を持つ天皇制には、聞き慣れない言葉も少なくありません。最後に、天皇制に関するよくある疑問をピックアップして解説します。

称制との違いは?

重祚と間違えやすい言葉としては「称制(しょうせい)」が挙げられます。どちらも天皇制に関連する言葉ですが、意味合いが違う点に注意が必要です。

称制は、天皇に代わって皇后・皇太子などの皇族が臨時的に政務を行うことを表します。あくまでも臨時の対応なので、正式に即位しない点が重祚とは大きく異なります。

称制の例として知られるのは、斉明天皇(皇極天皇)の息子・中大兄皇子です。斉明天皇が亡くなった後、中大兄皇子は「称制」の立場をとり、正式に即位しませんでした。5年以上にわたって皇太子として称制を続け、668年に天智(てんじ)天皇として即位したのです。

歴代の女性天皇は何人?

歴代の女性天皇は、合計で8人だといわれています。令和の天皇陛下は126代目にあたる徳仁(なるひと)天皇ですが、この126代のうち10代の天皇が、女性だったことが分かっています。

女性天皇の数が8人にもかかわらず、10代とされている理由は重祚にあります。35代目・皇極天皇が37代目・斉明天皇へ、46代目・孝謙天皇は48代目・称徳天皇へとそれぞれ重祚しているため、実際の人数よりも2代多くなるというわけです。

重祚から天皇の歴史を学んでみよう

重祚とは、一度は退いた天皇が再び即位することを表した言葉です。日本で重祚した天皇は2人の女性で、皇極(→斉明)天皇・孝謙(→称徳)天皇が該当します。重祚に至った背景は、皇極天皇の場合は継承争いや王位の空白を防ぐためだったといわれています。

似た言葉に「称制」がありますが、これは天皇に代わって皇族が即位しないで政務を行うことを表す言葉です。重祚という言葉をきっかけに、126代続く天皇の歴史をたどってみると、日本史への興味がさらに刺激されることでしょう。

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構成・文/HugKum編集部

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