味が分からない子どもは少なくない
味には「甘味」「塩味」「酸味」「苦味」「うま味」の五味があると言われ、各々が言わば信号・シグナルとしての役割を持ちます(図1)。味覚は、私たちが生きていくために必要なものを識別する大切な役割を担っているのです。
ここで、子どもの味覚の識別に関して興味深いデータがあるので紹介しましょう。
2014年に東京医科歯科大学の植野正之准教授の研究グループが報告した研究では、埼玉県内の小学1年生から中学3年生までの349人を対象として、「甘味」や「苦味」など基本となる4つの味覚を識別できるかどうかについて調査しました。
その結果、「酸味」を認識できなかった子どもは全体の21%を占め、「塩味」は14%、「甘味」と「苦味」は6%の子どもが分からないと答えました(図2)。また、いずれかの味覚を認識できなかった子どもは107人に及び、全体の31%を占めました。
さらに研究グループは、味覚を認識できなかった子どもは毎日ジュースを飲んでいたり、野菜の摂取が少なかったりしたほか、ファストフードなどの加工食品を好む傾向が見られたと報告しています。
子どもが味覚を識別できなければ、味覚が持つシグナルを正確に享受することができないため、様々な悪影響が危惧されます。
味覚は年齢とともに変化する
では、食べ物の味はどのようなメカニズムで感じるのでしょうか?
下画像のように舌の表面には舌乳頭と呼ばれる小さな突起物がたくさんあります。味覚は主に舌乳頭にある「味蕾(みらい)」という器官で味成分をキャッチし、味覚神経を介して脳に信号が送られることで感知します。
味蕾の数は乳児期が最も多くて約1万個あるとされますが、その後、毎日の生活における刺激物や喫煙などで消耗され、高齢者になると半分以下まで減少すると言われています。ですから、味覚に対して敏感な子どもの時期に正しい味覚を身に付けることが大切です。
味覚の発達のピークは3~4歳頃と考えられ、10歳頃までの味の記憶がその後の味覚の基礎になるとも言われます。
そのため、子どものうちに多くの種類の食材や料理で多彩な味を経験し、味覚の幅を広げることが味覚の良好な成長・発達へと導きます。子どもが味覚に接する機会で最も多い家庭料理が、味覚を覚える基本であることは言うまでもありません。
では、家庭の味が子どもの味覚に与える影響についての調査報告を見てみましょう。
味の好みは親子で似ている?
2013年に埼玉大学の島田玲子氏らが報告した研究では、家庭内における味覚嗜好の伝承の実態を把握するため、4種に味付けした(薄味、塩辛い味など)ひじき煮を用いて家族の嗜好の類似性を調査すると同時に、調査票による食生活調査を行いました。
69家族、277人の回答を分析した結果、おいしいと感じるひじき煮の親子間の一致率は、他人同士よりも高くなりました。また、嗜好の一致は父子間、母子間ともにありましたが、母子間(特に母・娘間、57%)により強く認められました(図3)。
しかも、味覚嗜好が一致する親子としない親子の食生活調査の結果を比べると、一致しない親子のほうが市販の惣菜類への評価が高く、家庭外の味に慣れてしまうと家族間での嗜好が伝承されない可能性が示唆されました。
いわゆる「おふくろの味」を伝承する母親と娘の間で高率になったのは、興味深い結果です。一方、種類が豊富なスーパーの惣菜や外食は調理の手間が省けて便利である反面、代々受け継がれてきた家庭の味を失わせる懸念があることも肝に銘じておきたいですね。
子どもの味覚を正しく育てるために
家庭の味を親から子へ受け継ぐならば、正しい味覚で伝えたいものです。では、健全に味覚を育むためのポイントを挙げましょう。
1.薄味を心掛ける。
薄味にすると味が区別できるようになります。日本の和食文化では昆布・鰹のだしは効果的で、だしの「うま味」は減塩にもつながります。
幼少期から日常的に濃い味付けの料理に慣れると食材が持つ本来の味や薄味の料理がおいしく感じられず、濃い味のものを好むようになります。その結果、塩分や糖質を摂り過ぎて、将来的に生活習慣病になるリスクが高まります。それを防ぐためにも、特に乳幼児期の味付けは薄味が大切です。
また、マヨネーズやケチャップ、ソース、ドレッシング等の調味料は味や風味が強過ぎて、食材本来の味を隠してしまうので、控え目に使いましょう。
2.多彩な食べ物にチャレンジさせる。
素材の味をたくさん経験することも大切です。味を識別する「味覚野」という脳の特定領域に、味覚情報を数多くインプットして記憶をストックすることが重要です。「食わず嫌い」ほど、もったいないことはありません。
子どもは味覚だけでなく、嗅覚(匂い)や触覚(舌触り、歯応え)、視覚(見た目)、聴覚(音)、温度感覚など五感をフルに活用して食べ物を感じ、おいしさを学びます。特に「匂い」は重要で、風邪をひいて鼻が詰まると食事がおいしく感じられない大きな要因の一つです。
また、歯で噛んだ時の「歯応え」も大切な要素です。この感覚を担うのは歯根周囲を覆う歯根膜で、歯を支える骨(歯槽骨)と歯の間に存在し、噛む力を判別するセンサーの役目を果たします。奥歯より前歯の歯根膜のほうが感度が高く、特に前歯で咀嚼した時の食感や噛み応えはおいしさを感じる大切な要素です。
味の引き出しが豊かになって好き嫌いが減ると食事が楽しくなり、栄養もバランスよく摂取できて健全な成長・発育、そして健康につながります。
3.嫌いな食べ物を食卓からなくさない。
子どもが好きなものばかり与えないことも大切です。子どもは初めて食べるものや見慣れないものには警戒心を抱きやすいため、根気強く食卓に出すことを心掛けましょう。
4.しっかり咀嚼させる。
唾液に溶け込んだ味成分をキャッチする味蕾細胞は、舌の奥のほう(奥歯の近く)に分布する舌乳頭の一種である有郭乳頭や葉状乳頭に特に多く存在します。
ですから、奥歯でしっかり噛むことで唾液分泌が促進され、唾液に溶け込んだ味成分は奥歯の近くの味蕾細胞を刺激しやすくなります。その結果、味に敏感に反応して正確な味覚を感知しやすいだけでなく、味わいが持続してより一層おいしく食べることができます。
5.食環境を整える。
食事をするシチュエーションもおいしさを感じるための不可欠な要素です。例えば、遠足で仲のいい友だち同士が集まってお弁当を食べると、楽しくておいしく感じるものです。
また、家族全員で食卓を囲んで楽しく食事する習慣は大切です。子どもたちに「食事は楽しいもの」であると教えると、「楽しい食事=おいしい」と関連付いて記憶に定着します。多忙な共働き家庭でなかなか家族がそろわない場合は、せめて朝食だけでも一緒に食卓を囲む時間を作りたいですね。
伝統的な食文化=味覚文化にも目を向けて
ところで、「美食の国」とも言われるフランスでは毎年10月中旬の1週間、食育を推進する「La semaine du gout(味覚週間)」が開催され、学校では「食」に携わるプロが料理や食文化などに関する特別授業を行うなど、子どもたちの味覚を養うイベントやプログラムが各地で行われます。1990年に始まり今年で34回目を迎える国の一大イベントで、これにちなんで日本でも『味覚の授業』などの体感できる取り組みが2011年から開催されています。
フランス料理と日本料理(和食;日本人の伝統的な食文化)はともにユネスコの無形文化遺産に登録されており、和食は世界に誇れる味覚文化でもあるのです。
この秋、長く受け継がれてきた食文化にも目を向けながら、おいしく旬の味覚を楽しんでみてはいかがでしょうか。
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参考資料:
・Ohnuki M et al.: Taste hyposensitivity in Japanese schoolchildren. BMC Oral Health 14: 36, 2014.
・島田玲子ほか:親子間における味覚嗜好の類似性.日本調理科学会誌46(2),114-120,2013.
・フランス味覚(美食)週間(La semaine du gout):https://www.legout.com.