落語『死神』とは
幼い頃、落語『死神』のお話を一度は聞いた経験がある方も多いのではないのでしょうか? お話全体をはっきりとは覚えていなくとも、子ども心に「何となく怖い結末のお話」というイメージがある方もいらっしゃるかもしれませんね。
『死神』のお話は、貧しい男が死のうとしていたところ、死神があらわれて医者の仕事を薦め、男を助けたのです。男はたちまち医者として評判になり、お金持ちになったところ贅沢三昧してしまい、お金が無くなってしまいました。そこへ現れた大金の仕事のお話。その仕事を成功させるには、死神をだますしかない。男は知恵を絞って成功させたが、それは自分の寿命を縮めてしまう結果となったお話です。
『死神』の原話は、明治中期に落語家の三遊亭円朝(えんちょう)がイタリアの歌劇である『靴直しのクリピスノ』から翻案したものが始まりといわれています。『グリム童話集』の中のお話の一つ、『死神の名つけ親』も『死神』に似たような内容であるとされています。どちらも「死」をテーマにしながらも滑稽なテンポで描かれたストーリーです。
『死神』のみどころ
落語の終盤、死神と男のやり取りのシーンがあります。今にも消えそうな蝋燭が自分の命と言われた男は、恐ろしさで震えながら新しい蝋燭に火を継ぎ足そうとします。しかし、上手くいったのも束の間、男のくしゃみで蝋燭の火は消えてしまいました。
その場面で落語家が「火が消える!」とばったり倒れるのが、お決まりの演出。特に、工夫が凝らされているといわれた6代目三遊亭円生(えんしょう)の「しぐさ落ち」が好評だったとされています。

教訓
昔お金に困っていた男は、お金が手に入るとそのありがたみを忘れてしまいました。そして贅沢三昧してお金が無くなった上に、仕事を与えてくれた死神に一杯くらわし、まさに恩を仇で返したといえるでしょう。
初心を忘れずに感謝して日々過ごしていれば、自分の寿命を失うこともなかった。欲は時に原動力にもなりますが、「行き過ぎた欲は身を滅ぼしてしまう」という教訓をこのお話から学ぶことができます。
『死神』のあらすじ
江戸の町のある若い夫婦が、子どもを授かりました。しかし、家庭は日々の食べ物を買うのにも困る経済状況。耐えかねた妻はある日、夫に向かって「お金が工面できないなら、豆腐の角に頭をぶつけて死んでしまいな」と言い捨てました。
「本当に、死んでしまいたいよ」とつぶやいた男のそばに、いつのまにか黒い人影が現れたのです。誰かと尋ねると、死神だと言う。恐ろしいイメージの死神ですが、この死神はなんと男に仕事を世話してやるという。
「医者をやるんだ。お前は今日から死神が見えるようになる。人間にはみんな寿命があるんだ。重い病気の者には、必ず死神がいる。」
死神が言うには、病人の枕元に死神がいたらその者はもう寿命は長くはない。足元に死神がいるなら「あじゃらか・もくれん・きゅうらいす・てけれっつのぱあ」という呪文を唱えて手を二回叩けば、なんと死神が消えるという。

医者を始めた男
男は自宅に戻り、半信半疑で医者の看板を出しました。早速、何人もの医者が診てもお手上げというと病人の使いが来て、家へ行ってみると死神は足元に。「しめた!」と喜んだ男は呪文を唱え、手をたたくとたちまち病人は元気になりました。
その評判が評判を呼び、男はたちまち大金持ちになることができたのです。しかし、家族を連れて贅沢旅行で豪遊してしまい、お金はすっからかんに…。
医者の仕事も、お客さんがなかなか来ません。せっかく来てもいざ自宅を訪問すると、死神は枕元にいるパターンばかり。そんな焦っていた男の元に、大金持ちで有名な家のものが、「娘さんが病気だから治してくれ」と頼みに来ました。
大金のチャンスが
何とかこのチャンスを掴みたい男は、死神が足元にいることを祈りました。しかし、いざいくと、死神は枕元に。大金持ちの主人は、治してくれたら5千両渡すから何とかしてくれと頼み込む。男は「金で寿命は買えない」と言いながらも、知恵を絞りだし、力の強い若者を四隅に座らせて、死神が居眠りするのを待ちました。
死神がこっくり、居眠りしてきたら「今だ!」と男たちに目で合図し、布団を回転させてなんと死神を足元にくるようにしたのです。そして素早く、呪文を唱え手をたたくと死神はたちまち消えて娘は元気になりました。
上手くは終わらなかった
その帰り道、鼻水を出しながら歩いていると死神に声をかけられた男。死神は怒っているような口ぶりで、「付いてこい」というと男に自分の杖をつかませ、ひたすら歩きました。暗闇の道を下っていくと、蝋燭の並ぶ場所に連れて行かれた男。死神曰く、ここは人の寿命の蝋燭が燃えている世界だという。
死神は、その中の一つを指さし「この今にも消えそうな蝋燭がお前の寿命だ」というではありませんか。今にも消えそうな蠟燭は、病人の娘と入れ替えた男の命そのものだったのです。お礼のお金は返すから、何とかしてくれと頼み込む男。
男は何とか生き残れるのか
死神は、仕方なく「新しい蝋燭に火を移せれば、お前の命は延びるだろう」と言い、新しい蝋燭を渡してくれました。しかし、いざ生きるか死ぬかの瀬戸際になると恐怖からか、手が震えてなかなか火が燃え移りません。
死神が「消えるぞ、消えるぞ」と脅してくる中、手が震えつつ何とか新しい蝋燭に火を灯せたのです。男が成功したことに安堵し、「へへへ」と笑った次の瞬間「くしゅん!」。男のくしゃみが、蝋燭の火を消えてしまったところで物語は終わっています。

『死神』の登場人物
『死神』に出てくる登場人物を紹介します。どの人物も名前が付けられていません。
若い男
日々の生活に困窮し、死にたがっていたところ死神に医者の仕事を紹介され救われる。
死神
男に死神が見える力を授けた上で、医師として働くことを薦め、助ける。最後は男に寿命の終わりを告げた。
男の妻
男がお金がない頃、男を強く責めていた。
お金持ちの家の主人
娘の病気の治療を男に依頼し、成功したら大金を払うと約束。男はこの話に目がくらみ、死神をだましてしまった。
『死神』を読むならおすすめの本
『死神』の本は、子どもへの読み聞かせにピッタリの絵本から、小学校低学年から子どもが自分で読めそうなものまで揃っています。ぜひお気に入りの物を見つけてくださいね。
しにがみさん 教育画劇
こちらの絵本はなんと、作者の木版画で作成された渾身の力作です。人間の寿命が、蝋燭で描かれている世界観の表紙がインパクト大。死神と男のテンポのいい会話や絵を楽しめる、子どもにうけそうな1冊です。
決定版 心をそだてる はじめての落語101 (決定版101シリーズ) 講談社
こちらは、初めて落語に触れるのにピッタリの本。『死神』以外にもたくさんのお話が収録されています。物語によっては、少々文が長く感じるところもあるので、読み聞かせるには大人も練習が必要かもしれません。子どもが自分で読書として読むにもおすすめ。お話がたくさんあるので、長く楽しめる1冊です。
奥の深い落語の魅力
落語は、演じる落語家の人間性や時代が反映されるものと言われています。「楽しいお話だったな」と笑って終わるだけでなく、生きていく上での喜びや困難など、人生の奥深いところまで感じ取ることができれば、より落語を楽しむことができるでしょう。
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構成・文/吉川沙織(京都メディアライン)