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デジタル環境が進んだ現代、子どもと絵本との接し方はどうあるべきか?
本・絵本は想像力を喚起し、子どもの発達にたいへん重要な役割を持っています。
しかし、スマートフォンやタブレットなどデジタル環境が急速に発達した中、子どもの読書環境にも大きな変化が起きています。
去る2024年2月28日、デジタル時代の子どもたちのために、いかに絵本・本の新たな可能性をひらくことができるかを考えるシンポジウムが東京大学CEDEP※×ポプラ社の共同研究プロジェクト発表の場として開かれました。
※CEDEP(東京大学大学院教育学研究科付属 発達保育実践政策学センター)
「絵本・本の新たな可能性をひらく」シンポジウム登壇者
・遠藤利彦(東京大学大学院 教授/CEDEP センター長 )
・高橋翠(CEDEP 助教)
・大久保圭介(CEDEP 特任助教)
・佐藤賢輔(CEDEP 特任助教)
・秋田喜代美(学習院大学教授/東京大学名誉教授)
・千葉均(株式会社ポプラ社取締役会長)
絵本・本の価値とは
デジタル時代の子どもの読書について、CEDEP助教・高橋翠先生より、絵本・本の子どもの発達への効果と子どもたちの読書環境の現状について説明がありました。
読み聞かせは、非認知能力の発達にも効果がある
髙橋先生:多数の研究を通じて、読み聞かせ頻度が高い子どもは文字の読み書きや発話能力等の言語能力が高くなることが今まで明らかにされてきました。最近では、読み聞かせ頻度が高いほど子どもの感情理解力や集中力、向社会的行動(思いやり行動)という非認知能力も高い傾向になることが注目されています。
髙橋先生:しかし、子どもを取り巻く読書環境は大きな変化の中にあります。
・共働き家庭の増加に伴い、家庭以外の場(保育園・学童保育という)で過ごす時間の増大
・家庭の経済格差や書店・公立図書館のない地域であることの地域格差の増大
・低年齢からデジタルデバイスを長時間利用するようになった環境変化
こうした変化の中、絵本・本の新たな可能性、価値を考え、研究発表を行いたいと思います。
子どもの読書と発達の関連性について
次に、CEDEP 特任助教・大久保圭介先生より、子どものデジタル環境の実態と読み聞かせの発達における影響について報告がありました。
大久保先生:2022年度
2022-2023年度調査(のうち2022年度のデータ)
大久保先生:また、幼児のデジタルメディア(特にテレビ、タブレット)に触れる時間は多くなっていますが、デジタルメディア(ゲームやスマホ)の使用時間が長いほど読み聞かせ時間が短いとい
読み聞かせの量よりも質が子どもの発達に影響
大久保先生:読み聞かせのどんな点が子どもによい影響を及ぼすのか、読み聞かせの「量・質・開始時期」についても調査しました。
この調査では、子どもの3歳から4歳にかけての発達において、読み聞かせがどう成長に影響するか分析したところ、
・言葉の理解
・情動理解
どちらにおいても、「読み聞かせの質」がよりよい影響を及ぼしたことが分かりました。
大久保先生:「読み聞かせの質」とは、読み聞かせの際、問いかけたり声色をまねたり、読み聞かせの際にどう工夫して読むかということです。読み聞かせでは、よけいなアドリブをせず集中して読んだほうがいいという意見もありますが、この調査からは工夫して読み聞かせをすることは決して悪い影響はないということが言えます。
今回の調査から、読み聞かせの「質」が発達に非常に有効であることが分かりました。
子どもの読書の新たな可能性
次に、CEDEP 特任助教・佐藤賢輔先生より、デジタル環境による子どもの読書の現状説明とその活用への提言がありました。
佐藤先生:現状、未就学児の保護者には「子どもの読書には紙の絵本・
そこで、紙とデジタルでは子どもの内容理解がどう変わるか、直接比較する実験を行いました。
佐藤先生:結果、紙とデジタルでは絵本の内容理解に差はなく、幼児は初めて出会ったデジタル絵本でも紙の絵本と同じように楽しむことができました。
また、デジタル読書の特徴とはどのようなものか、ポプラ社の電子書籍サービス“MottoSokka!”を導入している小学校の教職員を対象にインタビューを実施しました。
佐藤先生:デジタル読書の特徴として、
・本の表紙を一覧で見ることができるなど、視覚的に子どもの興味・関心を惹きやすい
・読みたいときにその場で読めて、アクセスが容易である
・一つの資料に同時にアクセスできるなど、本に多様な方法でアクセスできる
というメリットがあります。
これをふまえ、子どもの読書の新たな可能性をひらくための鍵を3つ提案したいと思います。
1.子どもと関わる大人がデジタル・メディア・リテラシーを獲得し、子どもとのかかわりに活かす。
2.紙とデジタルのメリットをふまえ、個別最適な学びへとつながるよう子どもの読書環境をデザインする。
3.子どもの読書を取り巻くデジタル環境変化に対応していくため「子どもと絵本・本」に関する研究を継続していく。
佐藤先生:子どもと関わる大人が、それぞれの立場から考え、実践していくことが、子どものよりよい読書に結びつくと考えます。
読み聞かせはコミュニケーションを生み出す
報告を受け、東京大学CEDEPセンター長・遠藤利彦先生が、今後の研究課題についてコメントしました。
遠藤先生:デジタルデバイスは基本的に一人で使用することが多く、それは子どもがただ一人で過ごす時間だと考えられます。しかし、絵本の読み聞かせは一つのトピックを二者が共に見ることで共通の話題で会話をしコミュニケーションが生まれます。
遠藤先生:一つのトピックを二者が共に見ることを「共同注意」と言いますが、これは子どもの発達にきわめて重要な意味を持ちます。
子どもの読書時間は15年前に比べると約半分に減っています。読書時間の現象と読書機会の格差の拡大、デジタル機器への接触の増大が、子どもの発達に長期的にどう影響がどうなるのか、長期的検証が必要です。
デジタルによる読書は子どもたちの多様性を支える
次に、学習院大学教授/東京大学名誉教授・秋田喜代美先生からのコメントがありました。
秋田先生:子どもは本に出会う権利があります。絵本は、最初の学び方との出会いとなります。そうした意味で、読み聞かせの「質が大切」ということは、“対話”が起き、学ぶことにつながるからだと思います。
また、デジタルか紙かではなくその活用の仕方が論点です。
秋田先生:デジタルは、電子書籍だけでなく様々な形で、障害を持った子や外国籍の子など多様な子ども達の読書を支えるツールになります。デジタルネイティブとして生まれてきた子どもは今後どうなっていくのか、子どもの目線から絵本・電子書籍はどう読まれるのかを今後考えていくべきだと思います。
出版社として本はどうあるべきか
最後に、東京大学CEDEPと共同で研究を行ってきた児童書出版社・ポプラ社会長・千葉均さんのコメントがありました。
千葉さん:弊社の学校向け電子書籍サービス“Yomokka!”は全国の普及率は1%足らずです。
一番の理由は、地方自治体が子どもにかける予算を取りづらい点です。明石市の市長であった泉房穂さん曰く「子どもにお金をかけると町が発展する」と言われ、公約にされていました。それに感銘を受け全国の子どもにお金をかけている地域を取材し、
「子どもの学びが未来をつくる」という記事にまとめています。
子どもは刺激を受け、インスパイアされ行動するということが大事な体験になります。出版社としては、いいコンテンツを提供するということよりも、子どもにとって良いインプット、良いコミュニケーション、良いアウトプットの場を作ることが大事だと考えます。どういう場、時間、環境、価値観を子どもたちに提供することができるのか考えることが、これからの出版社の責任であると思います。
子どもの読書環境は大きく変化している
今回の研究報告から、急速に変化していく読書環境の中で、大人がどう紙の絵本とデジタルの絵本のメリットを考えて有効に使用していくべきかを考えさせられました。
CEDEPと児童書出版社ポプラ社との5年間の共同研究はいった
筆者は特に、絵本の読み聞かせは非認知能力の向上につながることがデータからも明らかになった点、デジタルデバイスの利用は有用な面も多いが、一人で使用してしまうことにより「コミュニケーション」による効果が生まれにくい点は子育てにおいて重要であると感じました。デジタルネイティブの時代の子どもをよりよい読書環境に導けるよう、常に考え続けたいと思います。
過去の研究発表もチェック
文・構成/徳永真紀