事件の概要
ーー いきなり家を飛び出したんですか!?
【妻】
「はい…。私と娘2人(中学3年生・小学3年生)を残して飛び出しました。介護が必要な夫の父も同居してたのですが自分の父も残したまま飛び出しました」
自分の親を妻に押しつけて逃げる・・・サイテーです。夫は7年以上も逃げ回り、妻と話し合いもせずに離婚を求める裁判を起こしてきました。
ーーー 裁判所さん、こんなヤツからの離婚請求を認めていいんですか?
【地裁】
「はい。認めます」
納得いかない妻が控訴。
【高裁】
「妻の勝訴!逃げ回った夫からの離婚請求は信義誠実に反する」
ホッ。夫からの離婚請求が棄却されたので、妻は月額20万円の婚姻費用をもらい続けることができました。そのお金で子どもを育てていくことができます。
事件を分かりやすく解説します(東京高裁 H30.12.5)
※ 争いを一部抜粋して簡略化
※ 判決の本質を損なわないよう一部フランクな会話に変換
家族構成
夫が家を飛び出した当時の状況です。
どんなバトルか?
結婚して約18年後の出来事です。
▼ 単身赴任スタート
夫は1人で会社の近くに引っ越しました。理由は「自宅から会社まで遠いので始発バスに乗っても間に合わない」というものでした。まぁそれはいいんですが・・・
▼ 翌月、突然夫が離婚話を!
その翌月、妻の寝耳に熱湯です。夫が突然、離婚話を切り出してきたのです!
ーー どういう状況で伝えられたんですか?
「電話がかかってきて突然『離婚したい』と言われました。理由はまったく分かりません。子ども2人の世話も考えると受け入れることはできませんでした」
▼ 夫が蒸発
夫は子ども2人や実父の今後の生活について妻と話し合いをまったくしないまま蒸発しました。妻や実父が通院で使っていた車も使えないようにしました。自分が持っていたんでしょう。
それから別居生活が7年以上続いています。
夫は生活費用として月約20万円は振り込んでいました。判決文には【マンションを現金で購入した】と書かれていたので鬼高収入だったと推測できます。しかし、お金を払えばいいってもんじゃないですよね。実父の介護を妻に押しつけて蒸発するなんて。
▼ 実父の願いを無視
夫が離婚調停を申し立てます。実父は手書きの手紙を裁判所に提出しました。
・通院のための乗用車を購入してほしい
・家族がきずなを断つことなく今までどおり幸せに仲良く暮らしてほしい
しかし夫は無視しました。
▼ 妻の健康状態が悪化
妻の体調が悪化します。変形性頚椎症、脊柱管狭窄との診断を受けました。
▼ 妻や実父の連絡を無視
妻・Y子さんと実父は、子供の写真や手紙などを夫の弁護士や勤務先に郵送して連絡をとろうとしました。しかし、夫は直接の対応をすべて拒絶しました。
実父は、Y子さんと子供2人の将来を案じて、実家不動産を売却して余剰金をY子さんに贈与します。生命保険の受取人も子ども2人に変更しました。
▼ 実父死去
夫・X男が蒸発してから約4年4ヶ月後、実父は死去しました。
▼ 夫・X男が離婚を求めて提訴
ーー 奥さんの現状はどのようなものでしょう?
「無職で収入がありません。体調も芳しくありません。不整脈の診断を受け膝関節痛もあります…夫が正直に事情を話してくれれば、話し合いながら婚姻関係が改善すると思っています。私と次女がいる自宅に戻って暮らしていってほしいです…」
長女は就職して経済的に自立しており、長女は高校に進学しています。
ーー 娘さんはお父さんに対してどういう気持ちですか?
「父が家を出て行ってから母は苦労してきました。私たちもおじいちゃんの介護に協力してきました。父は強く離婚を求めているようですが、離婚には反対です」
裁判所のジャッジ
地裁のジャッジ
地裁では夫が勝ちました。地裁は「夫からの離婚請求を認める」と判断。理由は、別居期間が7年にも及んでいる、夫の離婚したい意思は強固だ、というものです。
妻はあきらめず控訴。
高裁のジャッジ
妻の逆転勝訴です!
高裁は「夫の離婚請求はダメ。許されない」と判断しました。
▼ 婚姻を継続し難い重大な事由あり?
少しマメ知識を。まず、離婚できるのは以下の5つのケースだけです。
民法 第770条
夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。
1. 配偶者に不貞な行為があったとき。
2. 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
3. 配偶者の生死が3年以上明らかでないとき。
4. 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
5. その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
地裁は「婚姻を継続し難い重大な事由がある」と判断したのですが、高裁は「婚姻を継続し難い重大な事由はナイ!」と判断しました。
〈理由〉
・夫からの離婚請求を認めて妻が放り出されると妻が婚姻費用をもらえない
・妻が経済的苦境に陥る
・次女も経済的苦境に陥る
・夫はまずは話し合いによって婚姻関係を維持するよう努力すべきだった
・なのに何の前触れもなく電話で離婚の話を切り出して、それ以降、話し合いを完全に放棄している
さらに高裁は「こんなヤツからの離婚請求を認めるわけにはいかん!」みたいなことを言ってます。正確には「夫からの離婚請求は信義誠実の原則に反する」と言い切っています。
介護が必要な実父を一方的に放置したまま蒸発し、妻や実父からの話し合いを完全に拒絶していたたことなどに焦点を当てた判断をしました。
▼ こぼれ話
「別居期間6年〜7年になれば離婚請求が認められる!」などとネットで書かれてることがありますが、フェイクリーガル知識です。お気をつけください。
この事件で、こんなことがありました。夫が家を飛び出してから6ヶ月後、妻のもとに夫の弁護士から文書が届きました。そこにはこんなことが書かれていました。
・別居期間が一定期間継続すれば、裁判により離婚できます。
・貴女が「離婚したくない」と主張したとしても裁判所は離婚を認めます。
・日本の法律のもとでは離婚が認められるのです。
ーー 高等裁判所さん、当時の弁護士さんがこんなこと言ってますが?
「シャラップ!別居期間が一定期間継続すれば必ず離婚できるですって?極端な見解です。当裁判所はこのような見解を採用しません」
別居期間の長さは、離婚請求を認めるかどうかを検討する際の1つの要素にすぎません。
マメ知識
離婚しなければ、妻は夫に対して毎月、婚姻費用を請求できます。婚姻費用とは、夫婦が通常の社会生活を維持するのに必要な費用のことです。たとえば、衣食住の費用・交際費・医療費・子供の養育費・教育費などです。
民法 第760条
夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。
今回、夫からの離婚請求が認められてしまうと、夫からもらっていた月20万円の婚姻費用が消え、妻と次女が経済的に苦しくなるところでした。妻が勝訴したことで婚姻期間中は婚姻費用をもらい続けることができます。
誠実に話し合いをせずに蒸発した男への金銭的鉄拳制裁です。
今回は以上です。これからもママパパに向けて知恵をお届けします。「こんな解説してほしいな〜」があれば下の公式HPからポストしてください。また次の記事でお会いしましょう!