否定形でない「全然大丈夫」はおかしいの?
「全然大丈夫」という言い方は誤用だと思っている方はいませんか?だって、「全然」は「全然・・・ない」のように、否定形で受けなければならないと習ったんだから、否定形でない「全然大丈夫」はおかしいと。
ところが、「全然」は否定の言い方でなければならないという根拠は、歴史的にみると全然存在しないのです(この「全然」はたまたま否定形で受けていますが)。
「全然」の本来の意味は、「残るところなくすべて」という意味です。この語は江戸時代後期に中国から入ってきた語ですが、古くはあとに肯定・否定どちらの表現でも使われていました。
このことを具体的な使用例を元に指摘したのが、国語学者の松井栄一(まついしげかず)先生でした。松井先生は『日本国語大辞典』(小学館)という日本最大の国語辞典の編集委員だった方で、その辞典の編集部にいた私は、先生から日本語に関して実に多くのことを教えていただきました。
夏目漱石も使っていた、否定形でない「全然」
それはさておき、松井先生はたとえば夏目漱石の小説『それから』には、
「腹の中の屈托(くったく)は全然飯と肉に集注(しゅうちゅう)してゐるらしかった」
という、否定形で受けていない使用例があると指摘しています。さらに、国定読本(とくほん)(太平洋戦争前まで小学校で国語の授業に使用した国が定めた教科書)には3回「全然」が使われているが、「全然移住して」「全然忘れられて」のように後ろには肯定表現が来る例ばかりだとも述べています。
「全然」+否定形がダメと言われた根拠とは?
では、なぜ「全然」+否定形でないとダメだということになったのでしょうか。
実は昭和20年代後半に、「本来否定を伴う」という規範意識が急速に広まるのです。そしてその頃から、国語辞典に「必ず打ち消しを伴って」という注記のあるものが増えてきます。
これについて国立国語研究所の新野直哉氏らの研究班は、「最近“全然”が正しく使われていない」といった趣旨の記事が、昭和28~29年(1953~54年)にかけて、雑誌『言語生活』(筑摩書房)に集中的に見られると指摘しています。
この『言語生活』こそが原因だったらしいのですが、この雑誌の中心メンバーは、なんと当時の国立国語研究所の所員だったのです。
国民の言語生活についての調査・研究機関である国語研究所の研究者達がどうしてそのように思い込んでしまったのか、今となっては謎です。でも、これを元に辞典における「全然」の記述が変わり、さらにそれによってこの語の使い方を教わってきた一定の世代が存在したわけですから、ちょっと罪作りなことでした。
最近の国語辞典は、否定形と結びつく「全然」もあるので、「否定形を伴って」と注記する辞典もありますが、さすがに「必ず」という表現は使わなくなっています。
そのようなわけですので、みなさんも安心して、「全然大丈夫」と言ってください。
ところで、こちらのウンチクは知ってますか?気になる方はぜひ読んでみてください。