「気が置けない」という語をどういう意味で使っていますか?
たとえば『デジタル大辞泉』(小学館)では、「遠慮したり気をつかったりする必要がなく、心から打ち解けることができる」と説明されています。皆さんはこの意味で使っているでしょうか。
なぜそのようなことをたずねたのかというと、ちょっと気がかりな調査結果があるからです。文化庁が毎年実施している「国語に関する世論調査」です。この調査では「気が置けない」の意味をどのように理解しているか、2002(平成14)年度、2006(平成18)年度、2012(平成24)年度と、頻繁に調査しています。
それによりますと、本来の意味(つまり『大辞泉』で説明している意味)を選択した人が、2002年度44.6%、2006年度42.4%、そして2012年度が42.7%とほとんど変化していません。
「気が置けない」は、誤った意味で使われる語の代表
それ以外の人は、この語をどういう意味だと考えているのでしょうか。この調査では、「相手に対して気配りや遠慮をしなくてはならない」の意味で使う人が、2002年度調査で40.1%、2006年度48.2%、2012年度47.6%という結果だったのです。この「相手に対して気配りや遠慮をしなくてはならない」という意味は、本来なかった意味で、誤用という人もいるくらいの意味なのです。その意味を選択した人の割合は、2006年度と2012年度では本来の意味で答えた人よりも上回っているのです。
それぞれの数字の細かな分析は省略しますが、たとえば2012年度調査では、10代と30代で本来の意味ではない方を選んだ人が特に多かったのです。
「気の置けない」は、誤った意味で使われる語の代表として紹介されることが多いのですが、複数回調査して結果があまり変わらないというのは、新しい意味がかなり広まってきていると判断せざるをえません。
誤った意味を俗な使い方として載せる辞書も出ているが…
実際、国語辞典の中にはこの「相手に対して気配りや遠慮をしなくてはならない」という意味を、俗な使い方とはしながらも載せるものが出てきています。ことばの実相を映し出す辞書としてはそれでいいと思うのですが、コミュニケーションという観点から考えるとちょっと心配になってきます。
教育現場ではどうでしょうか。「気が置けない」の意味をテストで聞かれて、「相手に対して気配りや遠慮をしなくてはならない」と答えたら、十中八九、×(バツ)にされるでしょう。
ことばの意味が変化することは当然ですが、意味が変化したり新しい用法が生まれたりするとどういうことになるのか、もっと真剣に考えるべきなのではないかと思います。
ところで、こちらのウンチクは知ってますか?気になる方はぜひ読んでみてください。
記事監修
辞書編集者、エッセイスト。元小学館辞書編集部編集長。長年、辞典編集に携わり、辞書に関する著作、「日本語」「言葉の使い方」などの講演も多い。文化審議会国語分科会委員。著書に『悩ましい国語辞典』(時事通信社/角川ソフィア文庫)『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信社)、『微妙におかしな日本語』『辞書編集、三十七年』(いずれも草思社)、『一生ものの語彙力』(ナツメ社)、『辞典編集者が選ぶ 美しい日本語101』(時事通信社)。監修に『こどもたちと楽しむ 知れば知るほどお相撲ことば』(ベースボール・マガジン社)。NHKの人気番組『チコちゃんに叱られる』にも、日本語のエキスパートとして登場。新刊の『やっぱり悩ましい国語辞典』(時事通信社)が好評発売中。