しっかり噛むことは、目の健康に良い?
2007年に北里大学の浅川賢氏らが報告した研究では、噛むこと(咀嚼)と目の機能に関連性があるかどうかを調べるため、学生を用いた実験を行いました。
この研究では、20歳代の学生10名が10分間(毎分80回)ガムを噛み、目の結膜(白目の部分)や眼輪筋(目の周りの筋肉)の「酸素化ヘモグロビン」の変化を測定し、血流量を調べました。
その結果、ガムを噛んだ後に結膜にある血管の酸素化ヘモグロビン濃度が10名中9名で上昇し、血液量が1.67倍増加していることが分かりました(図1)。
また、ガムを噛んだ後に目の瞳孔が小さくなり、ピントの調整がしやすくなったことも明らかになりました。
このことから、顎でしっかり咀嚼することが自律神経に作用し、目に至る血液量が増えてピント調節にも効果的に働くなど、目の機能面にプラスの役割を果たすことが示唆されたのです。
噛む力が弱いと、視力が低下する?
視力の強弱は、水晶体(目のレンズ)の厚みを調節して遠近の焦点を合わせることが大きく関与します。そのレンズの調整をするのに働く筋肉が毛様体筋(もうようたいきん)であるため、毛様体筋の働きが弱まると、視力低下をもたらす可能性があります(図2)。
目にある毛様体筋ですが、咀嚼筋(顎の開け閉めに作用する筋肉)群などの顔面筋と連動しているため、よく噛んだり、表情を豊かにしたりすることは毛様体筋の働きを維持するのに効果的です。
近年はファストフード食品に代表されるように、食事の傾向として軟らかくて、飲み込みやすい食品が増加しています。
食べやすい食事によって噛む回数が少なくなってしまうと顔面にある筋肉の筋力は弱まる傾向にありますから、視力にも影響を及ぼすことが懸念されます。
視力低下の対策として、スマホやテレビゲームなどで目を酷使するのを控えて目を休めることも重要ですが、幼少時からよく噛む食習慣を身につけることも大切なのです。
唇の力が弱いと、視力が低下する?
2007年に岡山大学の岡崎好秀氏らが報告した研究では、小学5・6年生における口唇閉鎖力(唇を閉じる力)と視力との関係について調査しました。
その結果、口唇閉鎖力の強い児童の平均視力が1.27であったのに対し、弱い児童では0.94となり、0.3以上の差があることが明らかになりました(図3)。
ところで、口唇閉鎖力が弱い子どもの多くは、いつも口を半開きにした「お口ポカン」の症状を示しており、「口唇閉鎖不全症」の一つの病態を表しています。
約3割の子どもに認められる口唇閉鎖不全症ですが、視力低下以外にも様々なデメリットや他の病気との関係性があることが判明しています。
・唾液が蒸発して口腔内が乾燥しやすくなり、虫歯や歯周病のリスクが上がる。
・唾液の減少は、口臭の原因にもなる。
・歯の周囲にある口唇や頬・舌の力のバランスが乱れることで、歯並びや噛み合わせが悪くなる。
・口呼吸により、風邪やインフルエンザなどの感染症にかかりやすくなる。
・慢性鼻炎やアレルギー性鼻炎と関係する可能性がある。
・顔貌や姿勢に歪みが生じる可能性もある。
ですから、この「お口ポカン」状態を見つけたらそのまま放置せず、歯科や耳鼻科などの然るべき医療機関を受診しましょう。また、口の周りの筋肉を鍛えることも「お口ポカン」を予防・改善するのに効果的です。
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学校では、視力は虫歯よりも疎かにされている?
現在、日本では虫歯が年々減少傾向にあるのに対し、裸眼視力は年々低下し、1.0未満の割合が増加傾向にあります(図4)。
視力低下と虫歯は、子どもにとって重要な健康問題であり、幼稚園や学校などにおいては保健指導等の予防対策を行うことが求められています。
2017年に弘前大学の髙橋つかさ氏らが報告した研究では、大学生が過去に受けてきた視力に関する保健指導と虫歯に関する保健指導について比較して検討し、どのような傾向が認められるかについて質問紙を用いて調査を行いました。
その結果、学校において視力に関する保健指導が「あった」と回答した者は303名中52名(17.2%)となり、虫歯に関する保健指導が「あった」と回答した者の148名(48.8%)と比較して、統計学的に有意に少なくなりました(図5)。
つまり、学校での保健指導について「あったかどうか覚えていない」「なかった」と回答した者が視力については実に8割以上もいたわけで、目の健康管理が当たり前のように放置されていたのです。
この研究より、視力に関する保健指導が学校で十分に行われていない実態が明らかになりました。学校現場においては視力低下を予防するため、今後は視力に関する保健指導をさらに強化して、継続して取り組むことが不可欠だと言えるでしょう。
歯を目に移植して視力回復!?
重度に低下した視力の回復には、長年にわたり角膜移植などの手術が実践されてきましたが、この移植でも歯が立たないような難しいケースに用いられる革新的な治療法として「歯を目に移植する手術」があるのをご存じでしょうか?
「ええっ!?」と目を疑った方がいるかもしれませんが、重症のスティーブン・ジョンソン症候群などの病気で視力を失った患者さんに対して、欧米を中心に日本でも行われています。
正しくは「歯根部利用人工角膜(OOKP)」と呼ばれるもので、日本では近畿大学・眼科の福田昌彦氏らが実践してきました。
OOKPの術式を簡単に説明すると、患者さん自身の犬歯を骨ごと取り出し、形を整えた後で穴を開けて人工レンズをはめ込み、それを目に移植します。つまり、歯はレンズを固定するために使うのです。
全身麻酔下で8時間に及ぶ手術を2回行うなど、大手術が必要になりますが、自分の歯を利用するために移植手術でありがちな拒絶反応がないという利点があります。
赤っぽい色の目になるなど見た目(審美面)の課題もありますが、経過良好な場合は0.8~1.0程度の視力まで回復が期待できるとのことです。
これからも“目新しい”医療技術の開発に期待したいですね。
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以上より、よく見える視力を維持するためにも毎日の歯磨きに励んで大切な歯を守り、噛み応えのある食品をしっかり噛む食習慣を実践しましょう。
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記事執筆
島谷浩幸
参考資料:
・岡崎好秀ほか:発達期における口唇閉鎖力と視力の関係について.口腔衛生学会雑誌57(4),443,2007.
・浅川賢ほか:咀嚼による眼自律神経系への影響.自律神経44(2),98-103,2007.
・文部科学省:学校保健統計調査.
・髙橋つかさほか:大学生の視力に対する意識と保健指導に関する研究ーう歯との比較ー.弘前大学教育学部紀要115(1),105-112,2017.
・福田昌彦:OOKP(歯根部利用人工角膜).臨床眼科66(11),226-230,2012.