世界が認めた実力派の新鋭監督が放つ最新作
『ぼくのお日さま』は、⽥舎街のスケートリンクを舞台に、吃⾳のある少年と、彼にスケートを教えるコーチ、そのコーチからスケートを習っている少⼥という3人が織りなす、とても繊細で少しビターな人間ドラマです。本作は、よくありがちなハンデを抱える少年の奮闘物語に留まることなく、思春期特有のナイーブさを生々しくも、非常に細やかに描きだしていきます。
鮮烈な映画監督デビュー作『僕はイエス様が嫌い』で注目された奥⼭⼤史監督は、是枝裕和監督総合演出のNetflixシリーズ「舞妓さんちのまかないさん」や、NHK夜ドラ「ユーミンストーリーズ」などに携わり、宮崎駿監督作『君たちはどう⽣きるか』(23)の主題歌である⽶津⽞師「地球儀」のMVの監督・撮影・編集も⼿がけたりと、すでに多⽅⾯で活躍しています。
その卓越した演出力は本作を観れば一目瞭然。演者たちの息遣いが感じられるような空気感や、光の美しい画作り、躍動感のあるカメラワークがとても印象的です。
また、奥⼭監督自身が⼦どもの頃、約7年間フィギュアスケートを習っていた経験から、「雪が降りはじめてから雪がとけるまでの少年の成⻑を描きたい」ということで始まった本企画。主軸は、淡くて小さな恋の物語ですが、タクヤが吃音であったり、多様性について描かれていたりと、様々な要素が入った奥行きのあるストーリーとなっています。
神々しいくらいに尊い少年と少女のスケーティングシーン
吃⾳のある少年・タクヤ(越⼭敬達)は、アイスホッケーをやっていますが、ある日、スケートリンクで、「⽉の光」に合わせてフィギュアスケートを練習する少⼥・さくら(中⻄希亜良)の姿に、⼼を奪われてしまいます。タクヤはその後、アイスホッケー靴を履いたまま、フィギュアのステップを真似て滑ろうとしますが、まったく上手く滑ることができません。
そんなタクヤの様子を見ていたのが、さくらのコーチである荒川(池松壮亮)です。彼は何度も転びながら、必死で練習をするタクヤに声をかけ、タクヤの練習につきあうことにた。さらに自分が使っていたスケート靴をタクヤに貸した荒川は、タクヤとさくらに、アイスダンスのペアを組んでみてはどうかと勧めます。
最初は乗り気ではなかったさくらですが、自分が憧れている荒川からの提案ということで受け入れ、2人は練習を開始。やがて3人は、スケートを通じて交流を深めていくことに。
特筆すべきは、越⼭敬逹、中⻄希亜良という手垢のついてないフレッシュな俳優陣です。越⼭くんは、ドラマ「天狗の台所」(23/BS-TBS)や『スイート・マイホーム』(23)、『かぞく』(23)などに出演していますが、本作が映画初主演作となりました。また、中⻄さんに至っては、本作で女優デビューした新星です。
2人とも4歳の頃からスケートを習っていただけのことはあり、一番の見せ場となるスケーティングのシーンに“嘘”がないんです。そこは本作においては、すごく重要なポイントで、特に「月の光」にのって展開されるシーンは、本作のハイライトとなっていて、神々しいほどの輝きを放っています。
そして、そのシーンが尊ければ尊いほど、あとにくる予想外の展開が実にエモーショナルな流れとなり、観る者の心を揺さぶっていきます。
また、そんな“光る原石”を見つめる池松さんの眼差しもすばらしい。コーチとしてだけではなく、俳優としても2人をサポートしてきたであろう懐の深さや人間力が画面にも溢れています。
多様性を織り込んだメッセージをどう受け取るか?
本作では三者三様に、いろいろな人生におけるハードルが用意されています。着地点としても、よくある予定調和なものではありません。現実の厳しさに目を背けることなく、きちんと現代社会の空気感を入れ込んだことで、とても厚みのある人間ドラマに仕上がりました。そして、そのメッセージをどう受け取るかを、観客にゆだねてくれている点が最高です。
本作は、今年の第77回カンヌ国際映画祭オフィシャルセレクション「ある視点」部⾨に正式出品され、約8分間ものスタンディングオーベーションで迎えられたほか、トロント、釜山、サンセバスチャンなどの映画祭からも招待されました。こういう質の高い映画こそ、多くの方に観ていただきたいのです。
例えば、思春期を迎えたお子さんと親子で観ていただければ、きっと多くのものを受け取れるのではないかと。ぜひこの週末は、映画館で本作を観ていただき、豊かな時間をお子さんと共有していただきたいです。
監督・撮影・脚本・編集:奥⼭⼤史 主題歌:ハンバート ハンバート「ぼくのお⽇さま」
出演:越⼭敬逹、中⻄希亜良、池松壮亮、若葉⻯也、⼭⽥真歩、潤浩…ほか
公式HP:bokunoohisama.com
©2024「ぼくのお⽇さま」製作委員会/COMME DES CINÉMAS
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文/山崎伸子