あの中学受験問題が小学生向けの算数謎解き小説に!東大卒作家・結城真一郎さんに聞く、計算力と読解力を同時に培うための算数に対する視点とは?

人気作家・結城真一郎さんが初の児童書『やらなくてもいい宿題』を発売しました、算数が好きで得意だったという結城さん。そう思える理由となった、算数を面白がるアイデアがこの本にはたくさんちりばめられています。さらに、国語力の礎となったお母さまによる読み聞かせなど、幼少期のお話もたっぷり聞きました。

初めて手がけた児童書はミステリー×算数の新感覚ストーリー

『やらなくてもいい宿題』の物語は、小学生5年生の主人公・数斗のクラスに謎めいた女の子・ナイトウさんが転校してきたところから始まります。
何を聞いても自分のことを語らないナイトウさんでしたが、算数が得意な数斗に「この問題が解けたら質問に答えてあげる」と算数の問題を出題するように。この問題がつるかめ算だったり旅人算だったり、かといって算数がわかっているだけじゃ解けないひねりの効いた問題で、正解がわかるとすっきり爽快です。

 謎に満ちたナイトウさんの正体も気になる、楽しく読めて算数力も読解力も鍛えられる一冊。そんな本作について、作者の結城真一郎さんにお話を聞きました。

『やらなくてもいい宿題』著者の結城真一郎さん
『やらなくてもいい宿題』著者の結城真一郎さん。算数のなかでも図形が好きだったそうで「どこに補助線を引けるのか、それに気づいた瞬間、今まで見えてた図形の形が一気に変わる瞬間がすごく好きでした」と教えてくれました。

算数は好きだったし得意でもあった。当時の文章題へのユニークな疑問を作品に反映

――作中には算数の文章題がいくつも出てきますがご自身は算数・数学は好きでしたか?

結城さん好きでしたし、得意でもあったと思います。今回この作中にあるような文章題を目にするときは、当時から(作中と)似たような疑問を持っていて、なんでこいつ鉛筆を最初から120本も持ってんだろうとか、鶴と亀が合計で何匹いて足の本数は?って、足を数えてる暇あったら本体数えたほうが早くない?みたいなのは思ってて。

そういう風に問題に茶々を入れつつ向き合ってたのが結果的によかったと思ってます。要は真面目に問題と向き合っちゃうと、“問題を解かなきゃ”となるなか、僕は結構はすにかまえて、“誰やねんこいつ”とか、“何のためにこんなことしとんねん”みたいな風に問題につっこみながら面白がってたんで、算数は嫌いじゃなかったですね。
問題が抱えている不自然さみたいなものを外からヤジって、それによって(算数と)友達感覚になってたと思います。

――初めて児童書を執筆することになった経緯や算数を題材にした理由を教えてください。

結城さん児童書をやりませんかとお声がけいただいて、僕自身もやりたかったですしすごく意義を感じることだったんで、それはぜひと。
算数を題材にしたのは、さっき話したような算数に対して思っていたことを思い出して、これをネタにしたら面白いんじゃないかなって。さらに算数に苦手意識を持っている子にも敷居が低くとっつきやすかったり、意外と算数って面白いかもっていう気づきになったらという思いもあったので、当時抱えてた算数の文章題の不条理さとか不自然さの面白さを前面に出した内容にしようかなと。

 ――算数とミステリーを掛け合わせたのも面白かったです

結城さん自分としてはミステリーを絡めたというより、算数の問題がはらんでいるおかしさを別角度から見ることで、違った答えを出せるということが形になったら面白いなと思ったんです。
動物が出てくる文章題に、強い動物を入れちゃえば食物連鎖が起きて・・・とか、ボートが出てくる文章題で川を下るのがモーターボートなのか手漕ぎボートなのかで本人の向いている方向が変わるよねとか、現実に即した情報を混ぜると、ガラッと答えが変わります。

作中でナイトウさんが出題した問題。おりの中の目は合計で20、足は合計で28。奴隷とライオンはそれぞれ何人、何頭ずつおりに入っているのでしょう?という問題です。これはただ計算するだけでなく、おりのなかにいる動物、人間の関係性もポイントです。
作中でナイトウさんが出題した問題。おりの中の目は合計で20、足は合計で28。奴隷とライオンはそれぞれ何人、何頭ずつおりに入っているのでしょう?という問題です。これはただ計算するだけでなく、おりのなかにいる動物、人間の関係性もポイントです。
答えが出てもまだ終わらない…!この問題の真の回答とは?
答えが出てもまだ終わらない…!この問題の真の回答とは?

結城さんだからミステリーを混ぜようと思ったというよりは、本来の算数の文章題では考慮しないんだけど、現実と照らし合わせるとおかしいよねっていうところが、最後の答えに効いてくるみたいなものを入れると面白いだろうなって思いましたね。

 ――中学受験に登場することが多いつるかめ算、旅人算が出てきたのは意図がありますか?

結城さん中学受験には単元ごとにいろいろな文章題があって、僕自身も経験者なので問題を思いつくだけなら無限に出ます。それに、小学校でやる文章題よりも、より、“そんなことあるかいな!”みたいな状況の問題が多いと思います(笑)。
中学受験を狙ってるご家庭にはウケるだろうし、そうじゃなくても算数のおかしさみたいなのは伝わるなと思ったので、中学受験の問題から引っ張ってくるのが一番いいかなと。

 ――想像力が豊かですよね

結城さん(文章題の)背景にある思惑みたいなところを自分で想像して、勝手に面白がってるだけで、ちょっと特殊ですけどね。でも、それぐらいの姿勢は持ってた方が、算数が特に顕著ですけど、理科とかでも楽しく取り組めるかもしれません。

 ――今回書き進める中で、楽しかったことと、逆に大変だったり苦労したことは?

結城さん楽しかったのは、当時の感覚を思い出したところ。自分自身も童心に帰って、こういうのをやっていた、こんなこと思ってたなと当時がよみがえってきました。
あの頃の自分が思っていた算数の不自然さを世に発信できるという喜びと、文章題にどうやれば自然な形でいろんな条件を紛れ込ませられるかを練ってるのも楽しかったです。苦労したことは実はあまりなくて、苦労や難しさは感じず、楽しく書き進められました。

時速120キロで移動する泥棒一家。2時間後に時速140キロで追いかけ始めた警察が、追いつくのは出発してから何時間後?という問題。正解のカギは、泥棒一家のある特性。漫画形式のイラストでわかりやすく、勉強になります。
時速120キロで移動する泥棒一家。2時間後に時速140キロで追いかけ始めた警察が、追いつくのは出発してから何時間後?という問題。正解のカギは、泥棒一家のある特性。漫画形式のイラストでわかりやすく、勉強になります。
計算の答えは出ましたが、その通りに警察は泥棒を捕まえられるのでしょうか?
計算の答えは出ましたが、その通りに警察は泥棒を捕まえられるのでしょうか?

 ――どんなところに注目して読んでほしいなと思ってらっしゃいますか。

結城さんやっぱり、ここまで話してきた算数の問題がはらんでいるおかしさみたいなもの、そういう姿勢でもっと問題に取り組んだらいいんじゃないっていうメッセージを僕は込めたつもりではあるので。算数の問題を題材にしている小説だ!と肩肘張らずに、気やすく本の世界に足を踏み入れてほしいなと思いますね。

自分は文系でもあり理系でもある。結局どの問題も国語力に直結すると思う

結城さんは開成中学、高校を経て、東京大学法学部を卒業し、現在は作家として活躍しています。そこで、どんな幼少期を過ごしたのか、お母さまからしてもらったことで印象的なことはなにか、気になることを聞いてみました。

――続いては子ども時代についてお聞きします。得意科目はなんでしたか?

結城さん中学受験のときの偏差値でいうと一番よかったのは国語ですね。国語、算数、理科、社会の順番かな。

 ――一般的に皆さん文系と理系ときっちり分かれるイメージですが、今回の本は文系でも理系でもあります。ご自身はどっちだと思いますか?

結城さんどっちもあるのかなと思いますし、少なくとも中学受験の段階においてはそこの差はほぼなくて、結局どの問題も国語力に直結とか最終帰結すると思ってるんで。国語力が強い人が(受験も)強いだろうなっていう感覚ですね。

 ――親は我が子は文系なのか理系なのかって、つい分けてしまうことがありますが・・・

結城さん全然分ける必要ないと個人的には思いますし、“この段階でこの子はこうなのでは”みたいに決めてしまうことって、逆に危険なんじゃないかなと。こと中学受験なんて長い人生でも入口ぐらいのところなので、そんなのにとらわれず、とりあえず志望校に受かるために必要なことをやればいいと思います。

――中学受験はご自身の意向でしたか?

結城さん親の意向です。(言われたときが)続けていたスイミング教室で選手コースに誘われたタイミングで、それをあきらめなきゃいけなかったし、小学校の同級生と同じ中学に行けないこと、土日に模試や夏期講習に行かなければいけないことに納得いってなかったんです。
でも開成中学校の運動会に連れて行ってもらい、ここにいきたいなって思ってからは大局的に見れば、すごく前向きで、受験自体は抵抗なくやっていました。

『ハリー・ポッター』も読んでくれた母親の読み聞かせが国語力を育んだ

――お母さまとはどんなかかわり方をしてきましたか?

結城さん塾の宿題関係はあまりあーだーこーだ言われませんでした。ある程度信用してもらってたとは思いますね。なんで信用されていたかって言ったら、やっぱり僕が開成に行きたいと思って、本気でやろうっていう姿勢だったからかなと。 あとは小さい頃から本の読み聞かせをしてもらっていました。

――先ほど国語力のお話が出ましたが、読み聞かせが国語力につながったと感じますか?

結城さん めちゃくちゃ大きいと思います。小さいうちは自分の目で文字を追うのは負担もあって大変だと思うんですけど、読み聞かせは聞いてるだけなので、そんなに苦なくその時間を過ごせますし、聞いたことを脳内で映像に変換するまでを自然にやっていて、そういう発想力が、さっきお話した(算数問題に対する)ツッコミにつながったり、国語が1番得意だったのも読み聞かせの効果のあらわれかなという風に今、思いますね。

 小学3年生の頃には、『ハリー・ポッターと賢者の石』を読み聞かせしてもらって。最初はこんなに長いのを読み聞かせされるなんてふざけんじゃねぇよ!くらいに思っていたのが、(聞いていると)おもしろ!ってなって、『秘密の部屋』からは自分で読むようになりました。

 ――ご自身で本を読むのも好きでしたか?

結城さんよく読んでいましたね。『ハリー・ポッター』もそうですし、『ズッコケ三人組』とか『かいけつゾロリ』とか王道系が好きでした。
読書以外では外遊びをすることが多かったです。特に好きだったのは、何人かで近所の下水道の中に懐中電灯を片手に入っていくとか、探検とか、雑木林の中に入って行って秘密基地を作るとか。それが自分のワクワク感の原体験みたいなところかなっていう風に思います。

――お母さまとは普段から会話も多かったんですか。

結城さん多かったと思います。もともと母親が記者をやっていたので、言葉にも厳しかったです。
小学3、4年生くらいのとき、授業参観で読書感想文を発表して家に帰ってから「今日の文章は、~と思った。嬉しかった。楽しかった。ばっかりで、何がどうなるかが全く伝わってこない、情景が浮かばない」みたいな厳しいことを言われたり。逆にアサガオの観察日記に、アサガオが何日目かになって枯れ始めて、年老いて、しおれていって、朽ち果てていくように感じたと書いたら、「これをこの歳で書くのがいいね」と褒めてくれたことも。これ以外も普段からとにかくよく喋っていたと思います。

――先ほど読書の話が出ましたが結城さんが小学生におすすめしたい本を教えてください。

結城さん一番推すのはやっぱり『ズッコケ三人組』ですね。小学生のわくわく感を一番詰め込んでいる作品だと思います。なかでも『参上!ズッコケ忍者軍団』は、秘密基地を他校の子に取られて、それを奪還するために戦うお話なんですが、秘密基地の攻防をめぐる戦いが見開きで絵になっていて、それを見てやりたいなぁとすごく思って。それもあって秘密基地作りをやってた側面もあります。一方で『花のズッコケ児童会長』は物語としてのオチのクオリティが半端じゃないなって当時から思っていて。こういう決着なんだ!うまいなって感動した記憶が。
いろんなわくわく感、面白さが詰まっていて、視覚的な面白さもあれば、物語としてのオチのつけ方が綺麗みたいな面白さもあって。人によってはハマるものもハマらないものもあるとは思うんですけど、シリーズ通して読んだ時に絶対刺さるものがあるので小学生に推したいですし、僕自身も大好きでいまだに忘れられないです。

 

結城さんの国語力、さらにはそれを土台にした算数・数学の力を育んだのは、お母様による読み聞かせ。長編小説『ハリーポッター』まで読み聞かせしていたとは驚きです。それが確実に実を結んだことが、結城さんのお話からよく伝わりました。

算数の問題にはツッコミを入れて面白がって!自分が子どもを育てるときは試したい

――最後に、本書は算数がテーマということで、算数が苦手なお子さんを持つパパママにメッセージをお願いします。

結城さん: 算数を好きにさせる方法っていろいろあると思うんですけど、僕の1つの答えは、最初からお伝えしている、ちょっとはすに構えた視点から問題をちゃかして楽しむ。僕はそれが性に合っていました。これは算数に限らず勉強全般に言えると思うんですけど、ちょっと余裕あり気に、上段から眺めて面白がれるような考え方が見つかるといいですよね。
勉強など正義として掲げられてるものに対して、ツッコミを入れるのって子どものわくわく心にも響きそうですし、つっこむために粗さがしというか変なところを見つけようとすると、問題をしっかり読むようになると思うんです。ぜひドリルを眺めながら問題に茶々を入れつつ楽しんで取り組んでもらえたらいいかなと。自分が子どもを育てるときも試そうと思っています。

 

 

本作は算数好きでなくても最後の最後まで謎解き感覚で読み進められる作品。ぜひ親子で読んでみてはいかがでしょうか。気になる次回作については構想を練っている最中だそうで、どんな内容になるのか、今から楽しみです。

 

結城真一郎 著
定価:1,320円(税込)
発行:主婦の友社
取材/長南真理恵

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