英語の「trump」には、カードゲームの「トランプ」の意味はない
室内ゲームの「トランプ」ですが、「トランプ」と言って通じるのは日本だけだって知っていましたか?
「トランプ」の英語のつづりは「trump」ですが、お手元に英和辞典があったら引いてみてください。ほとんどの辞書には、「切り札」という意味と、「トランプ」は 「card」というといった説明があると思います。
英語の「トランプ」には、私たちがふつうに使っている室内ゲームの意味はないのです。私たちが「トランプ」だと思っていたものは、英語ではプレーイング・カードplaying card(略してカードcard)といいます。英語の「トランプ」は英和辞典にもあるように「切り札」という意味です。アメリカの大統領候補ドナルド・トランプ氏の「トランプ」もこれから来ています。
なぜ、日本で「トランプ」と言うようになったのか?
では、なぜ「プレーイング・カード(カード)」が、日本では「トランプ」と呼ばれるようになってしまったのでしょう。
『日本国語大辞典』(小学館)では次のように説明しています。
「明治初期に来日した西洋人たちがカードでゲームを行なっている時、このことばをしばしば使ったため思い違えて使われるようになった」
つまり、カードで遊んでいた西洋人が「トランプ(切り札)」と言うので、それを見ていた人がこのカードが「トランプ」と言うのだと思い込んで、そのように呼ぶようになってしまったということのようです。
なんだかうそのような話ですね。
明治時代以前は、「西洋カルタ」と呼ばれていた
カードは「トランプ」と呼ばれる以前は、日本では「西洋カルタ」とも呼ばれていました。明治時代前期に「トランプ」という呼び名が定着するのですが、残念ながらそれがいつのころか、誰によってかはわかりません。
1885年に刊行された桜城酔士著『骨牌使用法 : 西洋遊戯』という本には、「トランプは西洋の佳留多(かるた)とも謂(い)ふべく」などと書かれていますから、おそらくこのころには「トランプ」と呼いう呼び名が広まりつつあったのでしょう。
ただ、おもしろいことにその3年後の1888年に刊行された自由居士著『花かるたトランプ引方並に秘伝』では、
『トランプ』即ち切札と称(となう)るものは勝利ある牌(ふだ)といふ意義にて
と述べています。ところがこの本の「自序」では「トランプ」を「紳士貴婦人のあひだに行(おこな)はるる高尚なる遊戯の具」とも言っていて混乱が見られます。このころが「トランプ」という呼び名が定着する過渡期だったのかもしれません。
ほぼ同時代には「トランプ」を「切り札」の意味で使っている小説の例があり、ゲームの中でこの語がどのように使われていたかもわかります。末広鉄腸(すえひろてっちょう)作の『花間鶯(かかんおう)』(1887~88年)という小説です。
是時かたへの『テーブル』にては輸贏(しゅえい=勝ち負けのこと)を争(あらそ)ふ最中にて、『それなら仕方がない「クイン」を出さう。「サア「キング」だ勝つたらう。『王様でも此「トランプ」にはかなふまい」(下・第五回)と描かれています。この少し前の文章には「四五人団(だん)を為しカードを闘(たたか)はして
とありますから、「トランプ」ではなく英語風に「カード」と呼ばれることもあったようです。
「ババ」ももともとはジョーカーのことではなかったように、「トランプ」そのものの呼び名もおもしろい変遷があったわけです。
こちらの「トランプ」ウンチクは知ってる?
辞書編集者、エッセイスト。元小学館辞書編集部編集長。長年、辞典編集に携わり、辞書に関する著作、「日本語」「言葉の使い方」などの講演も多い。文化審議会国語分科会委員。著書に『悩ましい国語辞典』(時事通信社/角川ソフィア文庫)『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信社)、『微妙におかしな日本語』『辞書編集、三十七年』(いずれも草思社)、『一生ものの語彙力』(ナツメ社)、『辞典編集者が選ぶ 美しい日本語101』(時事通信社)。監修に『こどもたちと楽しむ 知れば知るほどお相撲ことば』(ベースボール・マガジン社)。NHKの人気番組『チコちゃんに叱られる』にも、日本語のエキスパートとして登場。新刊の『やっぱり悩ましい国語辞典』(時事通信社)が好評発売中。記事監修