世界終末時計「残り89秒」の意味とは? 過去の記録を更新したカウントダウンの背景【親子で学ぶ現代社会】

「終末時計」という名前から何か不穏な雰囲気を感じる人は多いでしょう。終末時計とは何を意味しているのか、どうやって時間を決めるのか、誰が何のために作ったのか順番に説明します。2025年の時刻やこれまでの歴史も押さえておきます。

終末時計の意味と2025年の時刻

まずは気になる終末時計の意味と2025年の時刻から見ていきます。終末時計の時刻を誰がどのように決めるかも併せてチェックします。

終末時計は人類滅亡までのカウントダウン

終末時計は「世界終末時計(ドゥームズデイ・クロック)」ともいい、人類滅亡(ドゥームズデイ)を意味する「0時」までどれくらいかを比喩的に示すものです。アナログ時計の左上1/4を切り取った形で象徴的に表されています。

終末までのカウントダウンなので、危機が去ったと判断されると針が巻き戻るところが普通の時計とは異なる点です。

1947年から、アメリカの『The Bulletin of the Atomic Scientists(BAS:原子力科学者会報)』が、核問題や世界情勢を反映した終末時計の「人類滅亡までの残り時間」を毎年発表しています。

この終末時計をかたどったオブジェは、アメリカのシカゴ大学に置かれています。

世界終末時計 RicHard-59, CC 表示-継承 4.0,Wikimedia Commons

2025年は今までで最短の89秒

2025年1月28日に、今年の終末時計の時刻が「人類滅亡まであと89秒」と発表されました。残り89秒は終末時計ができてから最も短い記録であり、世界的危機の高まりを示しています。

1947年に初めて世界時計が発表されたときは、終末の7分前でした。最短記録を更新した2023~2024年からも1秒進んだ時刻です。

針が進められた理由には、核戦争の脅威やAI(人工知能)の発展と悪用、気候変動などが挙げられます。

BASの「科学・安全保障委員会」は、今回の時刻は世界的な危機への警告であり、できる限り早く何らかの手を打たなければ世界規模の災害が起こる可能性がそれだけ高まると発表しました。

1947~2023年の世界終末時計の推移 Wikimedia Commons(PD)

終末時計の数字はどうやって決める?

終末時計の時刻は、BASの「科学・安全保障委員会」や複数のノーベル賞受賞者によって決められています。

この「科学・安全保障委員会」は、アメリカの有名な科学者たちで構成されたもので、終末時計の時刻にはおよそ過去1年間の国際情勢を分析した結果が反映されます。

ただし、終末時計ができた1947年からしばらくは、当時のBAS編集主幹だったユージン・ラビノウィッチが、専門家のアドバイスを参考に時刻を決定しました。

BASの編集部が、ノーベル賞受賞の科学者や安全保障の専門家とともに毎年改定するようになったのは、1973年以降のことです。

2025年の時刻が進められた理由

2025年の時刻が進められた理由を詳しく解説します。人類滅亡の原因として、終末時計が作られた理由である核の恐怖だけでなく、AI技術のネガティブな影響力や気候変動の問題も見過ごせません。

ウクライナ侵攻や中東紛争による核の脅威

2025年の時刻が進められた理由の一つに、高まりつつある核の危機が指摘されています。2025年3月現在、ロシアによるウクライナ侵攻は3年目に入り、何らかの事故や判断ミスからいつ核戦争が起こっても不思議ではない状態です。

長崎大学の「核兵器廃絶研究センター」によれば、2024年6月1日時点で、ロシアの使用可能な核弾頭は4,380発、いつでも使える作戦配備中が1,710発あります。イスラエルの使用可能な核弾頭は90発、作戦配備中は0発です。

2023~2024年の終末時計は、ウクライナ侵攻や、イスラエル対ガザの武力衝突などを受けて、当時の最短記録であった90秒と発表されました。現在、状況はますます悪化しています。

出典:世界の核弾頭一覧(2024年6月)|長崎大学 核兵器廃絶研究センター(RECNA)

AI技術の軍事転用とフェイク情報

また、近年の急速なAI技術の発達も針を進めた要因の一つです。例えば、ウクライナ侵攻やイスラエル対ガザの武力衝突における、AI技術の軍事転用が挙げられます。

BASは、他の複数の国でもAI技術を軍事的に利用しようとする動きが見られることにも危機感を抱いています。

また、高性能なAI技術によって、本物と見間違えるような偽情報の作成・拡散が簡単になりました。いわゆるディープフェイクによる情報操作や不安の助長は、社会的混乱や分断を引き起こしかねない危険性があります。

気候変動対策への遅れ

近年の気候変動も、さまざまな社会的影響を引き起こすと心配されています。例えば、気候の変化や海面の上昇によって自然の生態系が変化したり沿岸部が水没したりするでしょう。

それにより農業や林業・水産業への被害、高潮や台風の被害増加、感染症の拡大などが予想されています。2016年に発効された「パリ協定」では、温室効果ガス排出削減に関わる国際的な枠組みが作られました。

終末時計を発表したBASの「科学・安全保障委員会」は、パリ協定などの努力はあるものの、温室効果ガスの排出量はいまだ増加しており、長期的解決の見通しは立っていないと指摘しています。

出典:2020年以降の枠組み:パリ協定|外務省
地球温暖化の感染症PDF5|環境省

終末時計の由来と歴史

終末時計のような不安をかき立てるシンボルは、誰が何のために作ったのでしょうか?  終末時計の歴史や、これまでの大まかな過去記録とターニングポイントを紹介します。

終末時計はアメリカの原発開発者たちが作った

終末時計はアメリカの原発開発者たちによって作られたものです。アメリカの原発開発者たちの一部は、日本への原爆投下前に、核の非人道性と核開発競争の危険性を訴えた「フランク・レポート」を軍部に提出しましたが、結果的に無視されます。

その後、「フランク・レポート」に関わった科学者たちが、BASの前身である「シカゴ原子力科学者」という組織をつくり、会報を創刊します。目的は、核兵器の恐ろしさや核の管理責任について一般市民に広く伝えるためです。1947年には、その表紙に初めて終末時計が登場しました。

BASの編集主幹だったラビノウィッチは、核兵器と戦争の廃絶を訴える「パグウォッシュ会議」を開催した1人でもあります。

『原子力科学者会報』の表紙(1947年) Wikimedia Commons(PD)

終末時計の主な過去記録

終末時計の時刻が2024年までに動かされたのは計25回です。核の危機や気候変動など、人類滅亡に関わる危険が高まったと判断されたときに進められてきました。

終末時計ができたときの針の時刻は残り7分でした。アメリカとソビエト連邦が対立する冷戦中の1953年には残り2分まで進められます。

そして、アメリカとソビエト連邦による部分的核実験禁止条約が締結されたときには、針が残り12分まで巻き戻ります。さらに冷戦終結時には17分前まで戻りました。

ところが、インドやパキスタンが核兵器保有宣言を行ない、イランの核開発が始まってから、再び針は終末に向けて動き出します。

2011年3月の東日本大震災における福島第1原発事故や、世界的な核拡散問題から2012年には残り時間5分になります。そして2025年現在は、最短の残り89秒を記録しました。

終末時計に関わる課題

最近は終末時計に対して批判的な意見もあります。核の危険性を示すシンボルである終末時計の変化と問題点を説明します。終末を防ぎ針を戻すためにできることも考えてみましょう。

さまざまな要因に配慮した結果あいまいに

終末時計の時刻は、あくまでもニュアンスであり数字に科学的根拠がないという批判もあります。

もともと終末時計は核戦争の脅威を示すために作られましたが、1989年からは核以外の問題にも配慮するようになりました。

人類を脅かす原因はさまざまですが、特に気候変動についてはリスク増減の因果関係が分かりにくいといわれます。

その結果、時刻とリスクの因果関係も見えにくくなり、終末時計の時刻に対する説得力が薄れたと考える人もいます。

針を戻すにはどうすればいいのか?

終末時計の意味を知ると、世界的な危機を前にして不安や無力さを感じるかもしれません。時計の針が進むのを止め、巻き戻すにはどうすればいいのでしょうか?

終末時計はいたずらに恐怖をあおることが目的ではなく、各国の指導者たちがリスク回避のために協調することを呼びかけるものです。

人類滅亡の危機の可能性をできるだけ予測し伝えることで、どのような対処が必要か多くの人が知るようになるでしょう。一般人もまた、世界の危機について学び自国の指導者に働きかける行動によって、終末回避に協力できます。

終末時計の役目は分かりやすい警鐘

「人類が選択を間違え続ければ、そう遠くない未来に滅亡する」という終末時計の内容はショッキングなものです。

ロシアによるウクライナ侵攻やイスラエル対ガザの武力衝突は、いまだに終結のめどが立たず核の危機も高まっています。

2025年1月には、アメリカのトランプ大統領が「パリ協定」から再離脱する大統領令に署名しました。世界的な協力体制が取れなければ、気候変動対策はますます遅れてしまいます。

終末時計の役割は、このような人類の危機を分かりやすく示し、未来をよくするために今できる行動は何か考えるきっかけになることです。BASの発表を手掛かりに、核の問題や気候変動、誤った情報の危険性について親子で考えてみましょう。

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構成・文/HugKum編集部

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