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赤ちゃんは学ぶためのメカニズムをもって生まれてくる
20世紀の初め頃まで、赤ちゃんは「真っ白な紙」のような状態で生まれてくると考えられていました。どの赤ちゃんにも違いはなく、個性や能力の違いは成長する段階で生じるものとされていたのです。
でもその後、赤ちゃんに関する研究が進み、今では、赤ちゃんには生まれたときから「学ぶためのメカニズム」が備わっていることがわかっています。
触っただけでものの形がわかる!?

生後間もない赤ちゃんを対象とした、有名な実験があります。
赤ちゃんに目隠しをして、おしゃぶりを与えます。用意されたおしゃぶりは、表面がツルツルしたものと、凹凸のあるものの2種類。赤ちゃんにはどちらかひとつだけを与え、しばらく時間をおきます。その後、おしゃぶりを取り上げ、もうひとつのものと一緒に赤ちゃんの前に並べます。そして目隠しを外すと、赤ちゃんは自分が吸っていたほうのおしゃぶりに興味を示すのです。
赤ちゃんの感覚は五感が混じり合ったような状態
大人が目隠しした状態で何かに触れたとき、「これはボールペンだな」などと見当をつけられるのは、これまで多くのものに触れたり見たりしてきた経験があるからです。
でも、実験に参加した赤ちゃんには、おしゃぶりを見たり使ったりした経験がありません。それなのに、皮膚でしか感じていないおしゃぶりを、見て区別することができた。こうした実験などから、赤ちゃんには「無様式知覚」が備わっていると考えられるようになりました。
無様式知覚とは、五感がはっきりと分かれていないような状態の感覚のこと。ものごとを見分けたり理解したりするための、赤ちゃん独自の仕組みだと捉えられています。
9か月ごろから人とのかかわり方に変化が表れます

人間のコミュニケーションは、非言語的なコミュニケーション(ノンバーバルコミュニケーション)からスタートします。
最初に成立するのが、「見つめ合い歌い合う」関係。赤ちゃんが世話をしてくれる大人にだっこされて見つめ合い、お互いの声や体の動きに同調するような関わり方を指します。また、赤ちゃんとおとなというふたつの要素だけで成り立つことから「二項関係」とも呼ばれます。
「見つめ合い歌い合う関係」から「並び見る関係」へ
他人との関わり方に大きな変化が見られるのは、生後9か月頃からです。この時期になると、「見つめ合い歌い合う関係」に、「並び見る関係」が加わってきます。これは、相手の横に並んで一緒に同じものを見るような関わり方のこと。
赤ちゃんと大人、さらに「一緒に見るもの」という3つめの要素が加わることから、「三項関係」とも呼ばれます。二項関係から三項関係への移行は、身近なおとなとの関わりの中で自然に起こります。おとなが赤ちゃんの視線を追って「ワンちゃんがいるね」と話しかけるなど、日常的な言葉がけの積み重ねによって、新しいコミュニケーションの形が生まれていくのです。
子どもの社会性が大きく伸びる「9か月の奇跡」

三項関係が成立するようになると、他人との関わり方が大きく変わります。それに伴い、言葉の獲得が進み、ものごとの意味を理解する力も伸びていきます。生後9か月頃は、生まれたときから備わっていた学ぶためのメカニズムが、アイドリングを終えて本格的に動きだす時期。
子どもの社会性が大きく伸びることから、「9か月の奇跡」などと呼ばれることもあります。
誰かと一緒に同じものを見る「共同注意」
子どもが目の前にあるぬいぐるみに興味を示していると親もそれに目をやり、子どもも親が自分と同じものを見ていることに気づきます。このようなシチュエーションで成り立っているのが「共同注意」です。この場面で、親が「くまさんだよ」と声をかけると、子どもは「今、自分たちが見ているものは“くまさん”というんだ」と学びます。
ものごとの意味を効率よく学ぶ「社会的参照」
共同注意によって得られるものは、言葉だけではありません。子どもは、一緒に見ているものに対する相手の評価も感じとっています。
自分が知らない食べ物を見て親がニコニコしていれば、子どもは「安全なもの・食べてよいもの」と感じます。反対に、眉間にしわを寄せていたら、「危険なもの・食べてはいけないもの」と思うでしょう。
三項関係が成立しているとき、子どもは話題になっているものだけでなく、相手の視線や表情にも注意を向けています。視線には「何に関心をもっているか」、表情には「今の気持ち」が表れます。子どもはこのふたつをかけ合わせて、「今、見ているのがどんなものなのか」ということを知ります。
つまり、「実際に食べてみる」というリスクを冒さずに、「これは食べないほうがよさそうだ」などと判断することができるのです。こうした現象を「社会的参照」といい、この力によって、人の赤ちゃんはものごとの意味を効率よく学ぶことができると考えられています。
言葉を効率よく覚えるために赤ちゃんに備わったメカニズム
学ぶためのメカニズムの中には、言葉の獲得を支えてくれるものもあります。どれも生まれつき備わっている力であり、赤ちゃんが「教えられなくても知っている」ことです。
ものの名前はひとつ
赤ちゃんの目の前に、コップとペンがあるとします。赤ちゃんは「コップ」という言葉はすでに知っているけれど、「ペン」という言葉は知りません。こうした状況で「ペン」と言うと、赤ちゃんは迷わず「ペン」という言葉とペンを対応させることができます。
「ものの名前はひとつ」という原則ができ上っているため、「これは“コップ”とも“ペン”ともいうのかもしれない」などと混乱せずにすみます。
名前は物全体を指す

うさぎを指さして「うさぎ」と言うと、赤ちゃんは、目の前の生き物を「うさぎ」なのだと理解します。仮に、指さしたのがうさぎの耳のあたりだったとしても、「うさぎ」という言葉が耳を指すものとは受け止めません。
名前は一般化される
最初に指さして「うさぎ」と言った生き物の隣に、やや体が小さいうさぎがいた場合、赤ちゃんはサイズの違いを理由に「別の生き物かもしれない」とは考えません。全体的に似ていれば、小さいほうも「うさぎ」だと理解します。
言葉を視線の先に関連づける
近くにいる人が「箱」と言うと、赤ちゃんは言葉を発した人の視線の先にあるものを「箱」だと考えます。「箱」という言葉が聞こえたときに赤ちゃんが別のものを見ていたとしても、「自分が見ているもの」ではなく、「言葉を発した人が見ているもの」と言葉を関連づけることができます。
おとなが感情を込めて話すことで言葉の獲得が進みます

子どもは、言葉の意味や使い方を自然に覚えていきます。そして言葉の獲得を早めるのが、感情を込めて言葉をかけることです。
わかりやすい例が、危ないものを教えること。たとえば、子どもが熱したアイロンにさわろうとしたら、親はとっさに強い口調で「ダメ!」と止めます。子どもは驚いて泣き出すでしょうが、その1回の経験で「アイロン=危ないもの」と学習します。
本心から出た言葉には、子どもにもはっきり伝わるパワーがあるのです。
心のこもった言葉のやりとりが親子の絆を深める
三項関係が成り立つようになると、親子で同じ猫を見て「猫ちゃん、かわいいね」などと言い合うことが可能になります。お互いの表情や反応を見ながら気持ちのこもった言葉をやりとりすることは、とても貴重な体験。親密な時間を通して親子の情緒的な絆が深まり、結果的に言葉の獲得にもよい影響を及ぼします。
こちらの記事ではコミュニケーション力が育つ親のかかわり方を解説

記事監修

取材・構成/野口久美子