
誘いを断りたいとき、遠慮したいときに「大丈夫です」と言ってますか?
たとえば、年上のママ友や学校のPTAの集まりで食事に誘われたけれど、都合が悪かったり気が進まなかったりしたとき、みなさんは何と言って断っていますか?
「大丈夫です」
でしょうか?
最近よく使われる言い方ですが、実はこのようなときに「大丈夫です」と言うと、50代以上の世代にはあまり評判がよくないようなのです。
「大丈夫」だったら行かれるんじゃないのか、とか、いったい何が大丈夫なのか、断っているのか承諾しているのかどっちかよくわからないじゃないか、といったような。
年配者が戸惑うのは無理もない話で、このような「大丈夫」の意味は少し前の国語辞典には載っていなかったのです。たとえば、2000~2001年に刊行された『日本国語大辞典 第2版』も、この形容動詞の「大丈夫」は以下の二つの意味しか載っていません。
(1)きわめて丈夫であるさま。非常にしっかりしているさま。非常に気強いさま。
(2)あぶなげのないさま。まちがいないさま。
「大丈夫」が「差し支えない様子、遠慮したい様子」として使われるようになったのは21世紀になってから

別に『日本国語大辞典』が怠慢だったわけではなく、21世紀の初頭には断るときに使う「大丈夫」の意味はあまり広まっていなかったのです。
では「大丈夫」をこのような意味で使うようになったのはいつごろからなのでしょうか。『三省堂国語辞典 第8版』(2022年)にはその辺の事情がけっこう詳しく説明されています。『三省堂国語辞典』はこの新しい「大丈夫」の意味を、二つに分けて説明しています。
一つは、「おさらをおさげしても大丈夫ですか」「〔電話で〕木下さんのお宅で大丈夫ですか」というようなときの「さしつかえがない様子」「かまわない様子」という意味。
もう一つは、「〔店員が〕レシートは大丈夫ですか」「『飲みに行かない?』『大丈夫です』」というようなときの「いらない様子」「遠慮したい様子」という意味です
そして、前者の意味は21世紀になって広まった用法で、後者はさらにそのあとに広まった用法だとしています。
つまり比較的新しい用法で、そのために現時点では国語辞典の扱いもまちまちです。私の手元にある小型の国語辞典では、『岩波国語辞典 第8版』(2019年)、『明鏡国語辞典 第3版』(2021年)などもこの意味について触れています。
ただ『明鏡国語辞典』はこの意味について、「本来は不適切」と言っています。もともとなかった意味で使うのは適切ではないということなのでしょうか。年配者がこの意味で「大丈夫」を使うのを好ましく思わない気持ちが、図らずも解説に出てしまったのかもしれません。
かくいう私はどうかというと、年配者ではありますが、無意識に使っているようですし、新しい意味として辞書に載せてもいいと考えています。
記事監修

辞書編集者、エッセイスト。元小学館辞書編集部編集長。長年、辞典編集に携わり、辞書に関する著作、「日本語」「言葉の使い方」などの講演も多い。文化審議会国語分科会委員。著書に『悩ましい国語辞典』(時事通信社/角川ソフィア文庫)『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信社)、『微妙におかしな日本語』『辞書編集、三十七年』(いずれも草思社)、『一生ものの語彙力』(ナツメ社)、『辞典編集者が選ぶ 美しい日本語101』(時事通信社)。監修に『こどもたちと楽しむ 知れば知るほどお相撲ことば』(ベースボール・マガジン社)。NHKの人気番組『チコちゃんに叱られる』にも、日本語のエキスパートとして登場。新刊の『やっぱり悩ましい国語辞典』(時事通信社)が好評発売中。