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お金がない学生でも躊躇なく検査を受けられるように
――パーソナルヘルスクリニックでは、10代の学生を対象にHIV+梅毒のワンコイン(500円)検査などを実施していますが、理由を教えてください。
塩尻先生:私は、親の仕事の都合で9歳からケニアに住み、現地の大学医学部を卒業して医師になりました。
2023年の報告※1では、現在ケニアでは約140万人のHIV陽性者がいます(日本では約3万6千人※2)。その他の性感染症も多く見られる国です。
ケニアでは、NPO団体やUNAIDS(国連合同エイズ計画)などがHIVやその他の性感染症の検査受診を積極的に推進しており、若者の間でも自発的にHIV検査を受ける習慣が根付いています。また、匿名・無料で検査が受けられる体制が整備されていることも、検査受診の促進につながっています。

塩尻先生:私が院長を務めるパーソナルヘルスクリニック上野院では、10代の学生を対象にHIVおよび梅毒検査を500円で受けられる取り組みや、特別価格での診療、匿名での受診といったサービスを行っています。
私自身も学生時代には経済的に厳しい状況を経験しました。その経験から、「学生が安心して医療にアクセスできる場を作りたい」という思いで、このような仕組みを設けています。
「もしかして性感染症かもしれない」と感じたときに、「お金がないから検査や診療を受けられない」と諦めてほしくはありません。誰もが気軽に相談でき、必要な医療を受けられる環境を整えていきたいと考えています。
※1 2023年世界のエイズの状況より
※2 国立健康機器管理研究機構 感染情報提供サイト
10代の受診は、1日10~15人。そのうち中高生は4〜5人
――パーソナルヘルスクリニックでは、10代の受診はどのぐらいいますか?
塩尻先生:当クリニックの10代の受診は、1日当たり10~15人ぐらいです。そのうち4〜5人は中高生です。大半は1人でクリニックを訪れます。
受診のきっかけは、女の子は「おりものが多くなった」「おりものがにおう」「おりものの色が気になる」「陰部がかゆい・痛む」などが多く、男の子は「排尿時に痛みがある」「分泌物が出る」などです。

塩尻先生:10代の子どもたちからは「親に知られたくないのですが、自宅に検査結果が届きますか?」「自宅に電話したりしますか?」と質問されることが多いです。「検査結果はすぐにわかるし、検査は匿名で受けられます」と説明すると安心しています。
10代は細菌性膣炎が多い傾向が
――10代に多い性感染症を教えてください。
塩尻先生:10代は、膣内に細菌(雑菌)が増殖して起こる細菌性膣炎が多い傾向があります。原因として考えられるのは、性行為のときに不衛生な手で陰部を触られたりすることです。シャワーがあるような環境で、性行為をしていないことが一因だと思います。
ほかにはクラミジア感染症や淋病も多いです。
無症状だと、将来の不妊症につながることも
――クラミジア感染症や淋病は気づきにくいのでしょうか。
塩尻先生:クラミジア感染症や淋病に罹っていても無症状の方は意外に多いです。クラミジアの場合だと、3割から5割程度しか症状は出ないと言われています。無症状だと、気がつかずにパートナーにうつしてしまうので注意が必要です。
また、自覚症状がないまま過ごしてしまうと、将来的に女の子の場合は子宮内膜炎、卵管炎などが悪化して、不妊症につながるケースもあります。
性行為をするようになったら、1年に1~2回は検査を
――性感染症を防ぐには、どうしたらいいのでしょうか。
塩尻先生:パートナーができて性行為をするようになったら性感染症の症状があるかないかに関わらず、1年に1~2回は性病の検査を受けたほうがいいです。当クリニックでもパートナーが外国人で、一緒に検査を受けに来るカップルがいます。話を聞くと、外国人のパートナーに「お互いを守るため」と促されて、検査を受けに来ているんです。日本人同士のカップルでも、こうしたことが当たり前になってほしいと思います。

塩尻先生:女性の場合、性感染症の検査は自分でおりものを採取する形でも可能です。実際、私のクリニックでは内診台で医者が診たり、看護師が見たりはしない形で検査をしています。検査結果も20分程度で出ます。内診台に乗るのはハードルが高いと思っている方も、さまざまな方法があるのでまずは受診してみていただきたいです。
学校の性教育では、性感染症については深く教えない
――学校の性教育で、子どもたちは性感染症について教わっているのでしょうか。
塩尻先生:学校の性教育は主に妊娠や避妊についてです。性感染症は、性行為についてかなり踏み込んだ話になるので、学校では深くは教えません。
だからといって親が子どもに性感染症について教えたり、性について話したりするのは難しい家庭もあるでしょう。お子さんも恥ずかしがって聞かないかもしれません。
私は大学で非常勤講師をしていて、学生に性感染症の予防や検査について講義をしたり、何度か小さい子向けにもお話をさせていただいたりしたこともあるのですが、真剣な話はちゃんと聴いてくれます。専門家によるそうした講座やイベントがあれば、親子で参加したり、子どもに参加を勧めたりしてみると良いと思います。
SNSだと誤った情報もあるので、専門家から正しい情報を得る機会を作ってあげてほしいと思います。
「性交=悪いこと」と子どもに植え付けないで!
――子どもに性感染症についてオープンに話せない場合、親はどのようなことを心がけるとよいでしょうか。
塩尻先生:「性交=悪いこと」と、子どもに植え付けないことが大切です。
以前、当クリニックでクラミジア感染症と診断された10代の女の子がいました。その子は1人でクリニックを訪れたのですが、話を聞くとお金がないので特別価格で診療しました。すると後日、その子と母親が一緒に来て、母親からお礼の言葉を伝えられました。親子関係がうまくいっている証しだと感じました。

塩尻先生:一方で、当クリニックで処方した薬が娘さんのカバンの中から見つかり、10代の娘さんが性感染症に感染していることを知った母親からお電話をいただいたこともありました。母親は取り乱した様子で、強い口調でお怒りでした。
私は一通りお話をうかがった後、「お母さま、今お話しされた内容をどうか娘さんには絶対に言わないであげてください」とお伝えしました。親から強く叱責されると、子どもは次から事実を隠すようになり、結果として悪循環を生む恐れがあります。そのことをぜひ親御さんには理解していただきたいと思っています。
彼氏・彼女ができたら「相手を傷つけちゃダメ」と伝えて
――子どもに「性交=悪いこと」と植え付けないためには、どうしたらいいのでしょうか。
塩尻先生:子どもから彼氏や彼女の話を聞いたときには、「相手を傷つけないようにね」「望まない妊娠には気をつけてね」といった言葉をかけてあげるだけでも十分だと思います。
見て見ぬふりをしたり、頭ごなしに叱ったりすることは避けることが大切です。子どもとの信頼関係を保ちながら、必要なことは自然に伝えていく姿勢が望ましいと考えます。
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記事監修

医学博士。パーソナルヘルスクリニック上野院院長。医療法人社団マキマ会 理事長。NPOアフリカ児童教育基金の会ACEF 医療部長兼理事。ケニア国キトゥイ県立病院産婦人科勤務、国立国際医療研究センター病院 エイズ治療・研究開発センターACC医員などを経て、2019年パーソナルヘルスクリニック設立。日本内科学会会員、日本感染症学会会員、日本エイズ学会会員、日本性感染症学会会員。
取材・構成/麻生珠恵