運動上達のポイント①「失敗から学ぶ」小脳の調整能力を繰り返し使う
「運動神経」は最初から備わった能力ではない
――スポーツが苦手で、たとえばボールが上手く投げられない、バットを振っても空振り……、「どうせ運動神経がダメだから」と子どもはスポーツをすること自体がキライになりがちです。
柳原先生 そうですね。でも「運動神経」と言うときに、「最初から備わった身体能力」「よし悪しは決まってしまっている」と思っていませんか? 運動をつかさどるのは脳の高度な制御機能の仕組みです。
小脳がもつ「失敗から学ぶ」調整能力
――脳の何が運動と関係があるのですか? たとえば、「さあボールを投げよう」と構えて投げてもうまくいかないときは、脳がどのように関係するのでしょうか。
柳原先生 ボールを投げるときには、大脳から「こうやって身体を動かそう」という運動のコマンド情報が出されます。まず、ボールを投げる構えをする、そして腕を上げる、前に向かって手首でスナップをきかせて投げる。このとき、「思ったところに投げよう」という意識はあるし、筋肉も「まずはこの筋肉」「次はこの筋肉」「さらにこの筋肉」と、順序立てて動くわけです。ところが、うまくいかない。そんなときは、「今、失敗した」という情報が、小脳に入ってきます。実はこの情報がとても大事なんです。
専門的には「誤差信号」と言うのですが、その誤差信号を使って、小脳が「この投げ方だとちょっと遅れてるね」「もっと左だね」みたいに改善策を瞬時に出す。つまり、最適化と思われる運動プログラムを、小脳が自動的に作り出すんです。
大脳からの指令にうまく対応できなかったとき、小脳が調整して新たな運動プログラムを作り、それを視床を介して大脳皮質に送る。そしてまた大脳からコマンドが来て、という繰り返しを絶えずすると、スマートで無駄のない動きができるんです。

――なるほど! 小脳の調整能力によって、運動能力が上がっていくんですね! 運動は、運動神経が悪い、つまりもともとある反射神経みたいなものが大きな意味を持つのかと思っていましたが……。
柳原先生 たしかに反射は生まれながらの現象として存在するわけですが、運動の場面ごとに大脳と小脳がやりとりする中で、反射の利得をコントロールできるんです。つまり、小脳の「失敗から学ぶ学習」が大事なんですね。この学習についてはサー・チャールズ・スコット・シェリントン先生が、ずいぶん前に研究していまして、1932年にエドガー・エイドリアン先生とともにノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
運動上達のためには、臨機応変に対応するための多様な動きの学習が必要

――たとえばボール投げが上手になるには練習が必要、投げるうちに動きが洗練されて、ますます上手になる、ということですね?
柳原先生 そうです。練習して小脳の「失敗を検知する」能力をどんどん使えば動きは洗練化されます。ただ、同じ条件で同じ動きをすると、その動きは上手になっても、臨機応変に投げることはできませんよね。
ボールを投げるときにはいろんなシチュエーションがありますよね? 投げる相手が受け止めるのが上手なこともあれば、そうでないこともある。うまく取れない人にボールを投げるなら、あえてゆっくり投げる必要があります。また、風の流れだとか自分の疲れ具合だとか、さまざまなことが影響してきますから、臨機応変に対応するには、多様な動きを学習する必要があります。この多様性が、運動の上達には大切です。
運動上達のポイント②予測を意識する
――ほかにも運動の上達に必要なことはありますか?
柳原先生 ボールを受け取るのが苦手な人は、ボールが投げる人の手を離れたらどういう動きをするのか予測できていないことが多いです。たとえばボールをすごく上から投げているから低いところで取ろうとか、投げた人が右に身体が流れていたから右のほうで待っていようとか、上手な子は瞬時に予測しているんですよね。そして、予測が上手ではない子は、無駄な動きをしがちです。
飲み物が入ったマグカップをトレイの上に置き、片手で支えます。

それなりに重いので、バランスを取りながら支えるわけですが、マグを急に取り去った場合、何の予測もしていなかったら、トレイを支えている手が無意識に上に上がってしまい、バランスを失ってトレイは落ちてしまいます。でも、「今から重いマグがなくなる、重いマグの分の重量だけ力を弱めて、トレイが上がらないように……」と予測して構えていればトレイは落ちません。

ですから、漫然とボールを待っているのではなくて、予想からフォームの微調整やタイミングのズレを意識するといいです。その練習が、小脳の働きを活性化させ、運動学習を加速させます。
運動上達のポイント③力を抜く練習をすることで適切な動きができる
スムーズにできる選手は、力の抜き方を知っている
柳原先生 運動をするときには、「グッと力を入れて!」と言いがちですし、苦手だと思って身構えるとおのずと力が入りすぎます。でも、力を入れなさい、入れなさいと強要するとうまくいきません。「いかに力を抜くか」を考えることも大事なんです。
サッカーでは飛んできたボールを胸で受け止めてそれを続けてドリブルしますよね。これをスムーズにできる選手は、胸で受け止めるときに力を抜くんです。力を入れすぎたらボールが足元でなく遠くへ飛んで行ってしまうこともあります。

子どもが力を抜く体験ができるよう大人は声かけを工夫して
柳原先生 小脳は、無駄な力を入れないように小脳のプルキンエ細胞(抑制性の神経細胞)を作用させます。抑制性の細胞はとても大事なんです。無駄な活動をおさえて的確な動きができるようになります。小脳研究の世界的権威として知られる伊藤正男先生が、こうした抑制性のプルキンエ細胞の働きを解明しています。
冒頭でお伝えした大脳と小脳の神経回路は生まれながらに機能しているわけではなく、5~8歳になってはじめて機能することがわかっています。また、このような神経回路の発達過程は、小学生や中学生の時期で終わりではなく、成人に至るまで続きます。専門的に言えば、「神経線維の直径の増大や神経線維の髄鞘化による活動電位の伝導速度の増加などが生じているであろうと推測される」のです。少し難しいですね。
これを平易に言えば、例えば「東京ー名古屋間に高速道路を整備して、さらに、第1東名と第2東名を整備していくことにより、交通量を増やすことができる」と。特に、小学生くらいまでの子どもは神経の発達がめざましいときです。力を入れることももちろん大切だけれど、力を抜く体験をするといいですね。

相手と向き合い、両手を押し合う手押し相撲でも、わざと腕の力を抜いて、めいっぱいの力で押してくる相手の力をいなして勝つことができますよね? そういった発想です。早いボールがきたときにすばやく受け止める時、力を使うのはほんの一瞬で、むしろ入れた力を抜いて受け止めるとうまくいきます。
予測や力を抜くことは、最初は難しいかもしれないので、大人がボールを投げるときに「行くよ!」と言って予測のタイミング、準備のタイミングをわかりやすくしてあげたり、ゆるいボールを投げてあげたりして予測しやすくしてあげてください。また、ボールを受け取るときも、「力を抜いたほうがうまくいくよ」と声をかけてあげるといいですね。
――予測し、身体に力を入れすぎず多様な練習をしたら、運動は上達するのですね! 親子で試してみるとよさそうです。
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お話を聞いたのは
東京大学大学院総合文化研究科・広域科学専攻・生命環境科学系教授。博士(体育学)。1964年生まれ。東京大学教養学部前期課程では「身体運動・健康科学実習」
取材・文/三輪 泉
