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自分を守るために攻撃的になって「いじめる」、自分に自信をなくして萎縮して「いじめられる」
近年、生まれてから間もない幼児に「いじめ」はあるのか、という質問をお母さん方から受けることがありますが、「いじめ」は人間の本質的な心の問題から起こるもので、幼児だけでなくあらゆる年齢で存在し、誰もが体験する可能性があります。
興味深いのは「いじめる子」も「いじめられる子」も、その背景になるものはよく似ていて、どちらも「欲求不満が強い子」だという点です。欲求不満があるというと、否定的に受け取られがちですが、欲求不満のない人間というのはいないと思いますし、欲求不満があるからこそ人間は向上心が出るという側面があるんですね。人間というのはひとつの欲求が満たされると、必ず次の欲求を目指すものだからです。そして、それが努力の原動力となるのです。だから人間の欲求不満と、向上心や努力というのは紙一重なのです。
問題は、欲求不満が大きすぎると、人間は攻撃的になってしまうということです。欲求不満の度が大きくなったとき、幼い子どもは他の子どもに乱暴をしたり、いじめたりします。そして、そういう子どもは、攻撃的になると同時に赤ちゃん返りをします。
自分がちょっとなにかされると「痛い、痛い」と言って大騒ぎをするくせに、他の子どもには激しく攻撃をするのです。
そうした子どもの生育環境を見てみると、親から希望や願いが受け入れられていなかったり、過剰な要求をされていることが多いんですよね。例えば、親から「忙しいんだから、あっちへいって」とか、「早くして」「どうして、いうことがわからないの」などと言われて、「ああしてほしい、こうしてほしい」と指示や命令ばかりされていたりするわけです。
このような環境で育つと、子どもは欲求不満が強くなり、自分を守るために攻撃的になって「いじめる人間」になるか、もしくは自信をなくして萎縮してしまい「いじめられやすい人間」になってしまうのです。こういった両者が、いじめ、いじめられるの関係になると思うのです。
自分の能力や素質、個性や存在そのものを認めてもらえていない子どもは、お友だちのことも認めることができずに、うまく人と関わることができなくなってしまうんですね。私は何人ものいじめる子どもや、いじめられた子どもに会ってきましたが、どちらもいい友だち関係を持っていないで、孤立している子どもだと感じました。
「いじめ」が起こったら、まず子どもを受容する努力をしてください。親子のふれあう時間もしっかりとること
ですから、もし幼稚園や保育園で「いじめ」が発覚したら、まず親子関係を見直しましょう。前述したように、「いじめ」の根底にあるのは過度の欲求不満ですから、その不満を和らげることが必要です。
お母さんやお父さんは、子どもの心に耳を傾けて、それを受け止める努力を少しずつでいいので始めてください。子どもと一緒にゆっくりおしゃべりをしながらお風呂に入るとか、子どもをひざに載せながらゆっくりテレビを観るとか、親子でふれあう時間をしっかりとっていただきたいのです。
成果はすぐに現れませんが、努力の結果は必ず現れます。時間がかかることを頭に留めておいてください。欲求不満がある程度満たされ、自分が人から愛されているとわかると、自分自身に自信も持てますし、やがてお友だちのことも思いやることができるようになります。
園では大人同士が仲良くする姿を子どもに見せてあげてください
また、園では親同士、親と先生同士が子どもたちの前で、仲良くすることが必要です。といっても、一緒にご飯を食べたり、どこかへ行って遊んだりして長時間の付き合いをする必要はありません。園の送迎時に「おはよう」「さようなら」などと、挨拶を交わす程度でいいのです。
できたら、そのとき相手の子どもにも声かけをしてください。「今日のお洋服すてきね」とか、「元気?」などと言って、微笑みかけるだけでいいのです。自分の親が他の親や先生と親しくしている姿を見たり、また、周囲の大人たちから自分が受け入れられていると感じると、子どもの心が安定し、お友だちともうまく付き合うことができるようになるんです。
そうはいっても、「いじめ」の当事者である親の場合は、親同士で親しくするのが難しい場合もあるでしょう。そんなときには、園の先生に相談して、先生と親しくする姿を子どもに見せてください。親や先生のそうした姿を見るだけでも、子どもは落ち着きます。
「いじめ」の当事者になる子どもの親は、なぜか自分に自信がなく、対人関係が苦手な人が多いのですが、ひとりで悩まないことが肝心です。園の先生や親たちに相談して解決の道を探ってください。大変ですが、子どものために一念発起して臨んでほしいと思います。
「いじめ」からわが子を守りたいなら、日頃から子どもの話を聞いてあげましょう
とても痛ましいことですが、近年、「いじめ」によって、子どもが自殺にまで追い込まれてしまうケースが後を絶ちません。
子どもを失った親の悲しみは計り知れませんが、児童精神科の医師としてあえて言わせていただきますが、「死にたい」と思うほどのいじめに遭っても、子どもが親に相談しようとしないのは、そこに至るまでの年月の中で、親に話を聞いてもらった経験の量が大きく不足していたからではないかと私は思います。
もし、「いじめ」に遭遇するずっと前に、子どものいうことを親が日々十分に聞いてあげていれば、本当に困ったときは相談できたのではないか。私はそのように思うのです。
日常生活の多くにおいて、親から細部にわたって指示や命令をされ、子どもが何か言うと「そうじゃないでしょ」「こうしなきゃダメです」などと言われて、自分の言い分を聞いてもらった経験が少なければ、安心して親に相談しようとは思わないでしょう。
そう考えると、学校だけに責任を押し付けてしまうことはできないのではないかと思うのです。
「いじめ」からわが子を守りたかったら、日ごろから子どもの話を聞いてあげてください。日々のささいな、つまらないと思えるようなことも、話し合えるという雰囲気が、家庭の中にあることが大切だと、私は心から思います。
教えてくれたのは
1935年、群馬県生まれ。新潟大学医学部卒業後、東京大学で精神医学を学び、ブリティッシュ・コロンビア大学で児童精神医学の臨床訓練を受ける。帰国後、国立秩父学園や東京女子医科大学などで多数の臨床に携わる傍ら、全国の保育園、幼稚園、学校、児童相談所などで勉強会、講演会を40年以上続けた。『子どもへのまなざし』(福音館書店)、『育てたように子は育つ——相田みつをいのちのことば』『ひとり親でも子どもは健全に育ちます』(小学館)など著書多数。2017年逝去。半世紀にわたる臨床経験から著したこれら数多くの育児書は、今も多くの母親たちの厚い信頼と支持を得ている。
構成/山津京子 写真/山本彩乃