子どもの持つ力を信じる
–内田さんの提唱する「待ちよみ」とは、どういうものですか?
「待ちよみ」は「待つ」と「読む」をあわせた言葉で、親から子どもへの言葉かけの一つとして絵本を読み、子どものことをよく見て、子どもの感じる力を信じて待ってあげることを提唱しています。
講演会などに来た方にお話を聞くと、「絵本の読み聞かせは子どもにいいって聞くから、たくさんやらなくちゃ」と強迫観念にかられている親御さんって多いんです。子育てがしんどい人は、親が子の幸せの台本を書こうとするから辛くなるんです。親は愛情を注ぐためにそばにいるだけで十分。もっと子どもの力を信じてほしいです。
子育てのプレッシャーが軽減し心が楽になる
–「待ちよみ」を実践すると、どんな効果がありますか?
待つということを意識すると、子どものことをよく見るようになって、その子ならではの感覚や気持ちに気づくことができます。「自分ががんばらないと」と子育てのプレッシャーが強い人ほど、周りの情報や声にふりまわされて、自分の子育てが正しいのか自信がなくなる時があるんです。子育てに大切なのは、自分の子どもをよく見て信じること。周りの評価を気にせず、ただ自分と子どもの幸せのためだけに絵本を読むようになると、子育てのプレッシャーが軽減し心が楽になります。
「待ちよみ」の大切さを実感したのは、絵本講師として「絵本を楽しむ会」を開催したときです。「読み方に自信がない」「自分から子どもにうまく話せない」と悩んでいるママがいました。でも、実際に読み聞かせをしている姿を見てみると、子どもをよく見て丁寧に絵本を読むことができて、子どもが何か言うまで待つこともできて、読みながらほほえみ合い、目がよく合う素敵な親子でした。何より子どもの表情が、親が自分を大事にしてくれているという安心感で満たされていました。
子どもをよく見て、子どもの望むことを出来る範囲で
–内田さんが作った、「きいろいおうちfarm」とは?
2019年11月に「株式会社きいろいおうち」を設立しました。一緒に経営しているのは、農園生産者の横田敬一氏です。平塚市で講演会をしたあと、「待ちよみって、ぼくが食用バラや野菜を育てる時と同じ考え方だね」と話しかけてくれたことがきっかけでした。
横田氏はバラや野菜を、無肥料無農薬で、そこにある土と水、光合成のみ、植物本来の力で育てています。その代わり、育つのには日にちが多くかかります。植物をしっかり見守り、待つスタイルです。これが、まさに「待ちよみ」と同じ考え方なのです。子どもにも植物のように、自ら育つ力があるということを信じ、親はできる範囲で、子どもの望むことをするだけでいいんです。
まずは環境を整えて、子どものことを見てあげてください。私は子どもを見守る思いを「場」として形にしたくて、食用バラの生産ハウスに、自由に手に取って読むことができる150冊の絵本を置いて「きいろいおうちfarm」を作りましたが、そこに来ると、はじめ子どもたちは絵本なんかそっちのけで、走り回ります。でも水たまりで泥だらけになった子が、ふとベンチに腰掛けたら、そこに絵本が置いてあるから、手に取って「読んで」って持ってくる。遊びの中に自然に絵本が入ってくるんです。
子どもが読みたい、読んでもらいたいと思ったとき、いつも手に取れるところに絵本があることが大事です。土で汚れたって日焼けしたっていいんですよ。私だって絵本が好きで、その価値はよくわかっています。でも、コレクションすることより、読まれて、使われたほうがずっと良いでしょう? 子どもにやぶられないように、本を本棚の上の方にしまっている方がいるんですが、もったいない。私は「後でメルカリに売りたいの?」って聞いたことがあります(笑)。汚れたら、お金を出せばまた買えます。
子どもは自ら育つ力を持っている
絵本を使った子育ての良さはどんなところにありますか?
「子どもにやるといい」と言われるいろんな育児法があると思うけれど、それが合わない子どももいるはずです。親がいいと信じているだけで、合わない子に続けるのは酷です。だけど絵本が嫌いな子どもは、今のところみたことがないです。もし物語に感情移入できない子なら、科学絵本や図鑑を見ればいい。どんな子にも読んであげられるものが必ずあります。
人間が生きていくのに、言葉は必要不可欠です。Youtubeではなくて、ちゃんとその子だけに話しかけてくれる言葉を欲します。それはたいていの場合親ですが、その親の話しかけによって子どもは言葉を覚えていきます。だけど、親になったばかりで「赤ちゃんによく話しかけましょう」と言われてもできない人っていっぱいいるんですよ。なんて声をかけていいかもわからない。でも絵本を読み聞かせすることによって、声が届けられます。うまく読もうとしなくていいんですよ。いつものあなたの読み方で十分です。
–内田さんは『まちよみ・またよみ』という著書の中で、読み聞かせや子育ての悩みについて、とてもわかりやすいQ&Aをのせてくださっていますね。
この本では、親御さんからよく聞かれることをまとめています。絵本の読み方に関しては、いろんな情報が独り歩きしすぎることがあって、親を返って悩ませてしまっている気がします。絵本を読んでもリアクションが薄いという悩みや、兄弟にどう読んだらいいかなどは、けっこう反響がありました。
反応がうすい
3人に読めない!
マタニティ期からできる「待ちよみ」
–この本で掲げているもうひとつの「またよみ」は、どういう意味ですか?
「またよみ」は、マタニティ期から「待ちよみ」を知ることを意味します。2021年に「マタニティ期から絵本読みきかせ推進協会」(略称:またよみ協会)を設立しました。子どもが生まれると、絵本の読み聞かせなど「子どもにいい」ことをやらないといけない、でもうまくできない自分は子育て失格と感じてしまう人がいます。もっと早いマタニティ期から「待ちよみ」の良さを知ってもらうことで、気持ちを楽に子育てできればと思って、勧めています。
–最後に「きいろいおうちfarm」についてもう少しおしえてください。
絵本は知識や教養でなくて、愛情を注ぐためにあると思っています。しつけや体験の予習復習のように絵本を読むのでなく、何か体験したことに呼応して子どもが絵本を選ぶのが理想です。もし「待ちよみ」を体験したくなったら、「待ちよみ」の考え方を反映した農園「きいろいおうちfarm」にもどうぞお越しください。農園に絵本が並び、黄色いかわいい小屋があり、広い畑にはヤギもいます。
無農薬無肥料の土は触るとふかふかしていて、敏感な子ほどその土の良さがわかりますし、そこで一日中虫の本を見ていても怒られない。畑で「待ちよみ」の子育てを実践したお母さんが、「どこに行っても周りが気になって、キィキィとイラだってしまう子が、ここでは自然にいられる」と喜んでくれました。子どもじゃなく親が絵本を読んだり、コーヒーを飲んだりして、過ごす人もいます。そこで本を読んでいたら自然と子どもも興味を持ちます。リラックスした気持ちで、子育てを楽しんでくださいね。
「待ちよみ絵本講師」の著者が提案する、絵本を使った子育て法を紹介。それは子どもの持つ力を信じて「ただ待つだけ」。これを親ができるようになると親も子どももどんどんいい方に変わっていく。
著者
待ちよみ絵本講師
取材・文/日下淳子
撮影/廣江雅美