お笑いの才能と世渡り術は両立させる必要があるのか?
新年早々、能登半島地震や羽田空港事故などが起こり、波乱の幕開けとなった2024年のお正月。被災地の方々におかれましては、今まだ大変な思いをされているかと思いますが、1日でも早い復興と、皆様が少しずつでも笑顔になる機会が増えていくことを心から願うばかりです。
そんな中、1人の若者ががむしゃらに自分が信じた道を諦めずに進んでいく映画『笑いのカイブツ』をご紹介させていただきます。“伝説のハガキ職⼈”ツチヤタカユキの類まれなる半⽣を描いた同名私⼩説を、岡山天音主演で映画化した本作は、新春の書き初めならぬ“映画初め”におすすめしたい映画です。原作はWeb連載で注目され、書籍化された話題作で、笑いを生み出すほうの立場である芸人や構成作家は、常に才能と向き合わざるを得ないシビアな職業なんだなと、この映画を観て再確認しました。
お笑い芸人の舞台裏を映画化した作品といえば、又吉直樹の原作小説を菅田将暉、桐谷健太を迎えて映画化した『火花』(17)や、大泉洋と柳楽優弥共演のNetflix映画『浅草キッド』(21)など傑作も多いです。ただ、『笑いのカイブツ』の主人公は芸人ではなく構成作家ということで、華やかな“芸”を披露するパートを見せ場に持ってきていない分、砂をかむような地道な努力や、先の見えない未来への不安などを徹底的に描きこんだ、かなりどろ臭い仕上がりの映画となりました。でも、そのぶん、生々しい人間ドラマが見る者を圧倒します。
だからこそ、一度でも大きな夢を抱いたことのある大人が観ると、忘れかけていた過去の情熱を思いかえし、ちょっぴりセンチメンタルになりつつも、若さならではの情熱やエネルギーにほだされ、心に熱いものが込み上げそう。
ちなみに、劇中の漫才などのネタは全部、原作者のツチヤさんが映画用に書き下ろしたものだそうですが、ベーコンズのネタに関しては「こういう風に動いたらもっと面白い」とか「この流 れよりこっちを入れ替えた方が面白いのでは」と、なんと昨年末に行われた「M-1グランプリ2023」で優勝を果たした令和ロマンがツチヤ さんのネタを元に練習の際にアレンジを加えたとのこと!この映画、笑いの神様に愛されているなと、改めて実感しました(笑)。
岡山天音を援護射撃する菅田将暉や仲野太賀の存在感
岡山さんが演じる主人公のツチヤタカユキは、笑いに人生を捧げようとしている若者です。ただ、何をするにも不器用で、コミュ力も皆無なため、壁にぶち当たってばかりの毎日です。ツチヤの生きがいは、「レジェンド」になるべく、テレビの大喜利番組にネタを投稿すること。毎日狂ったようにネタを考え続け、気がつけば6年も経っていました。
そんなある日、ようやくその実力が認められ、念願叶ってお笑い劇場の作家見習いになることに。ところが好きな笑いだけを追求すればいいというわけではなく、他者を寄せ付けず、空気を読まない行動を続けたため、ツチヤの理解者はゼロで、志半ばで劇場を去ることになります。
ツチヤは自暴自棄になりながらもお笑いを諦め切れず、ラジオ番組にネタを投稿する“ハガキ職人”として再起をかけます。やがてその才能に光が当たり、尊敬する芸人・西寺(仲野太賀)から声が掛かることに。ツチヤは構成作家を目指し、大阪から上京しますが、そこでも厳しい現実が待ち構えていました!
もう少し上手く立ち振る舞えばいいのに、多少の嫌なことは目をつむればいいのに……。ツチヤを見ていると、才能があるからこそ、世間とのやりとりで疲弊していく様がなんとも痛々しい。それはお笑い業界だけに限ったことではなく、いわば社会の縮図なんです。
昨今、社会の不寛容さがよく取り上げられますが、まるでハリネズミのようなツチヤを、そっとサポートしてくれる緩衝材のような人がいてくれたらいいのに。舞台はシステマチックな組織である企業ではなく、お笑い業界だからこそ、見ていてはがゆい気持ちになりました。
メガホンをとったのは井筒和幸、中島哲也、廣⽊隆⼀など名だたる名匠のもとで助監督を務め、本作で待望の劇場監督デビューを果たした気鋭監督の滝本憲吾。リアルな体験を描いた原作をしっかりと受け止め、尖っている部分も削ぎ落とすことなく、若者のもがきや葛藤を力強く活写しました。
どこまでも出口が見えずにあがくツチヤの苦悩を、岡山さんが渾身の演技で体現。岡山さんは主演でも脇でも、彼ならではの個性をバランス良く発揮できる逸材だと思います。
特筆すべきなのは、ツチヤの才能を見抜く人気芸人ベーコンズの西寺役の仲野太賀や、ツチヤと大阪で出会う飄々としたキーパーソンのピンク役を演じた菅田将暉の存在感でしょうか。とってつけたような善人ではなく、「こういう人、いそう」という軽やかなリアリティーをまとっていて、とても好感が持てます。そして、ツチヤが想いを寄せるヒロインのミカコ役を、松本穂香がこれまたフラットな空気感で演じています。
見ていてヒヤヒヤするような常に空回りしてしまう人間関係と、西寺やピンク、ミカコのように、自分の信じるわが道を突き進むツチヤの背中を押す人たちとの交流が併走して描かれていくなか、いつしかツチヤの真っ直ぐさに心惹かれていき、彼にエールを送りたくなってしまいます。
常に息子を応援し続けてくれるオカンというありがたい存在
本作を、Hugkumの親世代が観ていると、なんとも刺さるのが、常に息子のことを心配し続けるツチヤのおかんの親心でしょうか。いつまでも夢を諦められず、地団駄を踏んでいる息子に悪態をつきながらも、心の中では応援し続けるおかん。
子どもが子どもなら、親も親。愛情表現はどこかぎこちなく、不器用ですが、やはり子を思う母の心は、ダダ漏れしてしまうもの。演じる片岡礼子が、絶妙な塩梅でそこを演じています。
最後まで観ると、いろんな想いが交錯するであろう本作。個人的には常に傷だらけになってしまうツチヤを、きらいになることはできませんでした。そして、ある意味、まぶしくも見えてきてしまいますが、人それぞれの着地点があるところが、本作の最大の魅力なのかもしれません。
ビターな青春映画のドラマパートとともに、本気で笑わせてくれるお笑いシーンもめいっぱい楽しんでいただきたいです。
監督:滝本憲吾 原作:ツチヤタカユキ「笑いのカイブツ」(文春文庫刊)
出演:岡山天音、片岡礼子、松本穂香/菅田将暉、仲野太賀…ほか
公式HP:sundae-films.com/warai-kaibutsu
文/山崎伸子