過ちを謝罪する姿を息子に見せて改心した父を、学校ぐるみで応援。息子の高校の卒業式の後、久々に大空小に来た親子は…【みんなの学校・木村泰子さんに聞いた親子の物語・後編】

「どんな子にも居場所をつくる教育」を実践する大阪市立大空小学校の日常を追った映画『みんなの学校』。2015年に公開されてから2万人以上を動員して今も感動の輪が広がり続けています。居場所が必要なのは、子どもだけではありません。地域に開かれた学校は、粗暴な父親をも変えました。初代校長を9年間務め、今春、お母さんたちに向けたメッセージ本を刊行した、木村泰子さんが語ってくれた、大空小で出会った、忘れられない親子のリアルストーリーの後編です。

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離婚で母・妹と離れて、父と暮らすことを決めた小学生の息子。ところが父は有名なトラブルメーカー。息子を守り、父を変えたのは…【みんなの学校・木村泰子さんに聞いた親子の物語・前編】
「先生、大空小に入れてくれ」と、息子を連れて突然現れた父親 ふとした瞬間に、目の前にぶわっと立ちのぼってくるように思い出さ...

大変な父ちゃんも一緒だけど、僕は僕で、ここに居場所を作っていく

 

父ちゃんに「この子を守るから」と豪語しましたが、校長の私ひとりがこの子を守ったという訳ではありません。大空小にはいつもいろんな大人がいて、一歩入ったら、教職員も、友だちの父ちゃんも母ちゃんも、地域の学校のサポーターも、どんな子にも笑顔で「おはよう」って言って、「大丈夫か?」「困ってないか?」って関わるような環境ができつつある学校だったんですね。みんなが学校を作る当事者。先生に言われたからやるんじゃなくて、一人ひとりが自分の学校を作ろうとしていた。

だから息子も、毎日学校に来られたんです。「大変な父ちゃんも一緒だけど、僕は僕で、ここに居場所を作っていく」という風に学校という場所を受け止めていたのだと思います。

困り感を抱えた父親を持ったからと言って、子どもが不幸になるのはおかしい。“親ガチャ” なんて言葉、最近よく言うけれど、子どもは親を決められないのです。だから、親のために安心して学べない子がいるなんて、人権侵害だと思うんですよね。

「オレ、ちゃんと働いて、仕事せなあかん」心を入れ替えた父ちゃん

校長室で父ちゃんを徹底的に叱り飛ばしてから、少しずつ、父ちゃんは変わっていきました。

不摂生が高じて医者に「いつ死ぬかわからん」と言われていたくらい不健康だった父ちゃん。「じゃ、あんたが死んで、どうすんの? 父ちゃんと生きていくってついてきた子は、どうすんの?」こんなことも厳しく言いましたね。

そうしたら、父ちゃんは、ボロボロだった自分の体を治すために、通院して治療を受け始めました。そして、「オレ、まずは健康になる。それでちゃんと働いて、金稼いで、仕事せなあかん」とまで言うようになりました。本当に、人が変わったようになっていったのです。

父ちゃんは息子にごはんの用意は当たり前のようにしていたから、けっしてネグレクトではなかったんです。親子の絆は、間違いなくあったんですね。ただ、色々と問題のある父ちゃんでしたから、場合によっては虐待を疑われて父子が引き離されていたかもわかりません。

大空小の職員室は「安全基地」。父ちゃんもふらっとよく来ていました

父ちゃんが、職員室にふらっと現れることもよくありました。「こんちわー!」って言いながら、ぬーっと顔を出す。そうしたら教職員も学校のサポーターも「父ちゃん、こんちわー!」って返します。

職員室は、地域のすべての人の安全基地なんです。「こんなん、どうしよ?」「誰が関わったら、あの子安心できる?」「あの母ちゃん、どうやったら落ち着く?」とか、地域の人がいつでも相談に来ていたし、いつも誰かがそこにいて、いろんなことを共有していました。

困ったことがあったら、誰もがやってきて、ひとしきり話したいことを話す。それは、子どももこの父ちゃんも同じです。話してスッキリしたら「また来るわー」みたいな感じて帰っていく。

来るたびに、少しずつ変身していく父ちゃんを、教職員も、地域の人も、みんなが見ていました。父ちゃんも、こうして自分が心を入れ替える様子を認めてもらえることが、嬉しかったのではないでしょうか。もしかしたら、それを認めてもらいたいだけで、職員室に来ていたのかもしれないです。「困ったら職員室に行けばいい。これが大空小で唯一の安心やった」こう言って卒業していった子もいたくらいですから。

人を寄せ付けないような雰囲気だった父ちゃんも、心身ともに少しずつ健康になっていきました。小学校の卒業式の頃には、身なりも言動もすっかり見違えました。

 迷惑をかけた親御さん一人ひとりに謝罪する姿を息子に見せた父ちゃん

実は、子どもの親御さんを相手にお金の問題を起こしたのは一度だけではありませんでした。でも、父ちゃんはすべて返しました。そして、迷惑をかけた親御さんを息子と一緒に一軒一軒訪ね、謝る姿を息子に見せたのです。

普通、反対ですよね? 子どもが悪いことしたら、親が子どもを連れて「この子がこんなことして申し訳ありませんでした。お前も謝りなさい」はよくありますけど(笑)。

それで、謝られた方も恐怖心がなくなっていきましたね。本人が変わったことを周囲もよくわかったから、もう必要以上に怖がったり、避けたりなんていうこともなくなりました。「謝りに来て、お金も返してくれた」とわざわざ校長室に報告してくれる親御さんもいました。

謝罪した父ちゃんのこと、息子は私に誇らしげに話してくれましたよ。「父ちゃん、昨日こんなんして謝ったで」って。息子にとって、やり直しする父ちゃんは、誇りであり、自慢だったと思います。

 「息子が立派に高校を卒業したんや! 先生、オレをほめて!」

卒業して中学校に行くとまた音沙汰はなくなって、「ちゃんと生きてるかな」と心配はしていました。

それが、私の退職前の大空小での最後の年の3月。高校の制服を着て、卒業証書を手にした息子が父ちゃんと一緒に職員室にやってきたのです。

父ちゃんは「立派に高校を卒業したんや」と満面の笑顔。私が「すごいなー、あんた頑張ったなー」と息子のことをほめたら、父ちゃんがなんて言ったと思います?「頑張ったの、オレやし! オレをほめてー」ですって(笑)

はい、ほめてあげましたよ。息子は就職先が決まって翌日から働くとのこと。「よかったな、父ちゃんもこれで安心やなー」そして息子に「これから難儀な父ちゃん、養わなあかんもんなー」と言ったら、父ちゃんの答えは「いい加減やめてくれ、オレはちゃんと生きてるから」でした。

ひと月後、息子の初めてのお給料で、親子で大空小の子どもたちに「みんな、これ飲んでくれなー!」って、ジュースを買ってきてくれました。その時の、段ボールいっぱいのジュースを抱えた父ちゃんと息子の嬉しそうな笑顔は、ずっと胸に刻まれています。それを見守る教職員も、とても幸せそうでした。あの光景は、生涯忘れることはないでしょうね。

何度もやり直しをして息子のために変わった父ちゃん。人はいくつになってもいくらでも変われるのです。この父ちゃんが、その事を教えてくれました。

教えてくれたのは

木村泰子さん|大阪市立大空小学校・初代校長
大阪府生まれ。大阪市立大空小学校初代校長として、障害の有無にかかわらず、すべての子どもが共に学び合い育ち合う教育に力を注ぐ。その取り組みを描いたドキュメンタリー映画『みんなの学校』は大きな話題を呼び、文部科学省特別選定作品にも選ばれた。2015年に45年間の教員生活を終え、講演活動で全国を飛び回る日々を送っている。『「みんなの学校」が教えてくれたこと』『「みんなの学校」から社会を変える』(小学館)など著書多数。新刊に母親に向けたメッセージ本『お母さんを支える言葉』(清流出版)がある。

 

『お母さんを支える言葉』(清流出版) 木村泰子・著

何度でもやり直せばいい。子育ても、自分の人生も。お母さんを支える言葉は、人を支える言葉です。

取材・構成/渡辺のぞみ イラスト/本田 亮

*本記事は『お母さんを支える言葉』に所収のエピソードを元に新たに取材・再構成したものです。

 

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