2歳からの言葉がけで「数学力」が伸びる?子どもが生まれつきもっているチカラを引き出すための親の言葉がけを算数を楽しむプロ 植野義明先生に訊いた

子どもは生まれながらにして数学をおもしろいと感じられる感性を持っており、環境次第でその力を伸ばすことができるといいます。『子どもの「数学力」が自然に育つ2歳からの言葉がけ』の著者・植野義明先生に、幼児期からの親の関わり方や、数学に苦手意識を持ってしまった子どもへの対応などについてお話を伺いました。

直観力と論理力からなる、その子だけの「数学の世界」

――著書のタイトルにもある「数学力」とはどのようなものでしょうか。

私の考える「数学力」とは、全ての人が生まれながらに持っている「直感力」と、ある程度の年齢になったときに仲間や指導者との触れ合いによって身に付く「論理力」からなるものです。

子どもの「数学力」は日常のちょっとした事象への興味から始まり、それぞれの年齢に応じた、その子だけの「数学の世界」を心の中に作り、少しずつ広げていきます。そしてこれは、親御さんのちょっとした言葉がけをきっかけにぐんぐん伸びていきます。

『子どもの「数学力」が自然に育つ2歳からの言葉がけ』の著者・植野義明先生

――「数学力」を伸ばすと将来どのように役立つのでしょうか。

数学は抽象的なものなので、想像によって頭の中だけで計画したり物を組み立てたりする能力が育つと、いろいろな分野の創造的な活動につながります。また、ものを分類したり整理して考えたりすることの基礎になるので、コミュニケーションの役にも立ちます。

英語などの国際的なコミュニケーションに関しても、数学力がある人はたとえ表現がカタコトでもなぜか通じるということがあると思います。英語の単語や文法よりも、話の組み立て方や思考力が通じ合うので伝えたいことの察しが付くのです。

――「数学力」は小さい頃からの働きかけが重要なのでしょうか

子どもは元来生まれつき数学力を持っていますが、小さい時に親から働きかけがあった方がよく伸びます。子どもは、もともと持っている能力を発揮することに根源的な喜びを感じるので、そのための環境を整えることが親の仕事だと思います。

 「数学力」を伸ばすための具体的な声掛け

――2歳からの言葉がけで数学力が伸びるということですが、2歳の子にはどのようなことから始めればよいでしょうか。

まず重要なことは、子どもの話を聞いてあげるということです。子どもは身の回りのことはなんでも珍しい、毎日発見の喜びに満ちた生活をしています。

言葉はまだあまり発達してないかもしれませんが、少ない語彙力の中で「これは面白いな」とか「不思議だね」という話をしていると思うので、その言葉を逃さずに聞いてあげて、「そうだね」と共感してあげることがとても大切です。

――日常生活のなかでできる言葉がけを教えてください。

家の中で

自分の子どもが小さな頃、壁に1から10までの数字を書いて貼っていました。そうすると数字を覚えて、牛乳瓶の蓋とか、同じ形のものを集めてきて、一列に並べて1,2,3…と数えるんです。

小さい子どもは数にとても興味があります。特に親が教えなくても家の中にあるものを使って自分で工夫して数えるので、積み木や同じ形のおもちゃといった、数えやすいものを手の届くところに置いてみてください。環境を整えてあげると子どもは自然にやりたいという意欲が生まれ、数や形についての興味が自然にわいてきます

同じ形の並べやすいおもちゃを手の届くところに置いておく

食事の時

食材は、物による形や大きさ、重さなどの違いに興味を持つのに適しています。「どっちのおまんじゅうが重たい?」「何種類の具材が入っているかな?」など、数や量についての会話をしてみてください。

もう少し年齢が上がってくると、「切ったらどんな形が出てくるかな?」と聞いてみるのもいいですね。お豆腐は四角いけれど角を切ると三角が出てくる、にんじんも丸く長い形だけれど真ん中で切ると三角になる。いろいろな食材に触れてよく見ることで、立体感覚が育ちます。

準備やお片付けをさせるのもいい経験になります。子どもは、自分が役に立つ存在だと思いたいもの。できる範囲でやらせてあげてください。

食材を切った断面に注目することで 立体感覚が育つ

お出かけの時

外には色んなものがあります。例えばアジサイが咲いていたら「どうしてこっちの花は青で、こっちは赤紫なんだろうね?」とか、月が出ていたら「お月様が出たね、大きいね!」「お空の上のほうにいったね、あれ?小さくなったね!」など、ちょっとしたことでも気がついた事を言ってみて、「どうしてだろうね」という言葉を付け加えてあげると、子どもも疑問を持つ楽しさが経験できます。

正しい答えが説明できなくてもいいんです。「どうしてかな?」と言うだけで子どもも自分で考えます。「お月様がダイエットしたのかな?」と答えるかもしれません。答えがない方がさらに知りたいという気持ちが強まるので、簡単に正解が出せないような問題の方がかえっていいと思います。

正解を教えることだけが良いわけではない

――子どもの考えに対してどのように答えればよいでしょうか。

よくないのは「これが答えだよ!知らなかったの?」という対応です。これを続けていると、子どもは誰かが正解を教えてくれると思ってしまいます。

「どうしてだろうね。今度誰かに聞いてみようか。」と答えてみるのもいいですね。誰かに聞くと1人ひとり意見が違うということもわかるし、大人でもわからないことがあるんだということを肌で感じられます。

予想を躊躇せず言えることが大事

――子どもが間違ったことを言った時はどう対応すればよいでしょうか。

「予想してごらん」といった時に子どもが違うことを言うと、大人は知識があるので「それは違う」と言いたくなります。でも、もしかしたら間違ってるけれどいいアイディアを含んでいるかもしれません。予想は間違っていても、むしろ間違っている時の方が後で役に立つこともあります。

予想を躊躇せずに言えるようになってほしいので、「それは間違っている」と頭ごなしに言うのではなくて、「なるほど、そういう考え方もあるね」「それももしかしたら一理あるかもしれないね」と答えた上で、「こういう意見があるよ」と伝えてみてください。

――言葉がけをするときに親が気をつけることはありますか。

「さあ言葉がけするぞ!」と構えないでください。教えようと考えてしまうと上手くいかないと思います。普段の生活の中で子どもを一人の独立した人間として認めてあげることから始めてみてください。対等な人間としてお互いにいろんなことを発見し、それをシェアして互いに共感することが大切だと思います。

苦手意識を持ってしまった小学生でも間に合います

――小さい頃に働きかけができなかった小学生くらいのお子さんはどうすればよいでしょうか。

幼少期に数学力を十分に伸ばせなかった子どもは、「○年生だからこれをやらなければならない」といった学年ごとの単元にはとらわれず、基礎から訓練することが大切です。幼稚園の時にこれをやっておけば良かったということがあれば、今からやっても遅くはありません。子どもは柔軟性がありますので訓練すれば時間はかかってもできるようになります。

――算数の成績が良くなかったり、すでに苦手意識を持ってしまったりしている小学生でも伸ばせるのでしょうか。

そもそも学校のテストというものは、先生がきちんと教えられたかどうか、教えたことが生徒に定着しているかをチェックするためのもの。テストの結果は先生が反省するための材料というのが主な目的なのです。ですから、テストの点が悪かったからといって気にする必要はない、というのが私の考えです。テストで測れない能力はたくさんあるので、テストの点数でやきもきするのは心のエネルギーの無駄。それよりも子どもが「数学を理解できている感覚」や、「点数にはならないけれども持っている能力」があることが大事です。

苦手意識は「学校教育のものさしによって社会的に押し付けられた理不尽なもの」という面もあります。数学とは個人的な体験であり、発達させていく楽しさも個人個人のものなので、他人の目に左右されないように周りの大人が子どもを守ってあげることが重要だと思います。

そのためには、自分の子を兄弟や友達など周りの子と比較しないことと、先を急がないことです。「できたから次にいこう」「もうちょっとできるんじゃない?」といった欲を出さないで、しっかり理解できるまで充分時間をかけることが大切です。

――ちなみに、先生はいつから数学がお好きだったんでしょうか?

小学生の頃から好きでしたね。小学校2年生の時、繰り下がりの引き算でつまづいてしまった私は、母に質問をしました。すると、学校では習わない別の計算方法を教えてくれ、試してみるとスイスイ解けたんです。その計算方法がなぜ成り立つのか、1年かけて考え続けたのを覚えています。

小学校4年生ぐらいの頃には数学者になりたいと思っていたのですが、周囲からは将来性がないと言われ子どもながらに悩みました。でも、古代ギリシャの数学者ターレスの伝記を読み、「数学者も社会の役に立つ重要な仕事だ、数学を作り出す人になりたい!」と自信を持ちました。

 幼児から大人まですべての人に開かれた数学教室を主宰

2021年、国立市に設立された「くにたち数学クラブ」

――先生の主宰されている「くにたち数学クラブ」では、どのようなことを行っているのでしょうか。

幼児から大人まで年齢に応じたクラスがあり、計算や図形、統計など数学のいろいろな分野から毎月テーマを決めて取り組んでいます。内容はさまざまで、幼児では絵を描くことも想像力につながりますし、工作もします。

工作では、まず何を作りたいか考え、作り方の展開図を考えるために数学が必要です。たとえば小学校5 6年生のクラスではお皿を作るという課題に取り組むのですが、お皿の周りの部分の角度は何度にしたらいいか、サインやコサインを使わずに分度器だけで考えていくというようなことをやっています。

決まったやり方で機械的に解ける問題でも、小学生の段階ではまだまだ子どもにしかない直感力があるので、何も手がかりのないところから試行錯誤して作り上げていくことを大切にしています。

植野先生作「ペンペンのおはなし」

また、幼児クラスでは、数学につながる想像力や表現力を育てるために物語を取り入れています。ペンギンたちが問題を解決しながら冒険するという、くにたち数学クラブで作ったオリジナルの物語を語り聞かせています。

先日から、幼児期のお子さんを持つお父さんお母さんに向けの講座を始めました。これはくにたち数学クラブでやっていることをご家庭の中でできるように、実際の教え方をデモンストレーションするものです。この講座により、遠くて通えないというご家庭でも、オンラインで学んでいただけるようになりました。

ママは先生 おうちで数学クラブ

 親は環境を整えてあげるだけで良い

――数学を好きな子になってほしいと思う親御さんも多いと思いますが、数学好きな子に共通点はありますか?

教室に来ている子を見ていると、数学に生き生きと取り組んでいる子には一つの共通する特徴があります。それは「探究心に突き動かされている」ということです。親にやれと言われたからとか、宿題だからではなく、自分自身の探究心に突き動かされていなければ上達はしません。

人間は生まれつき、数学をおもしろいと感じられる気持ちを持っています。親御さんは教えるのではなくて、「子どもがもともと知ってる感覚を呼び覚ます」ような環境を、整えてあげるだけで良いと思いますよ。

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数学力が自然に身に付く2歳からの言葉がけ

子どもの「数学力」が自然に育つ2歳からの言葉がけ
作・植野義明日本実業出版社1,500(税別)

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お話を聞いたのは

植野善明氏
植野義明|くにたち数学クラブ代表

東京大学非常勤講師、日本数学会会員、数学教育学会代議員。東京大学理学部数学科卒、東京大学大学院で数学を専攻、理学博士。1986年より東京工芸大学講師、准教授。2021年4月、定年退職と同時に国立市で3歳から100歳までの人たちが数学の美しさに触れ、数学で遊び、数学が好きになれる場所として「くにたち数学クラブ」を設立、代表。

著書に『考えたくなる数学』(総合法令出版)、『子どもの「数学力」が自然に育つ2歳からの言葉がけ』(日本実業出版社)がある。

取材・文/酒井千佳 構成/HugKum編集部

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