中東の国境線が定規で引いたように真っ直ぐなわけは?
世界地図を開いて中東地域を見てみると、他の国々と比べて少し不思議なことに気がつくかもしれません。国と国との境目である国境線が、まるで定規を使って引いたように真っ直ぐになっている場所がたくさんあるのです。
日本の都道府県の境目や、ヨーロッパの国々の境目は、くねくねと曲がっていることが多いですよね。これは、山や川などの自然の形に合わせて境目が決められているからです。
では、なぜ中東の国境は真っ直ぐな線なのでしょうか。その理由は、今から百年以上前の歴史に関係しています。
戦勝国が自分たちの都合で土地を分け合った
昔、中東の広い地域はオスマン帝国という一つの大きな国にまとめられていました。しかし、第一次世界大戦という大きな戦争で負けてしまい、国をまとめる力がなくなってしまいました。そのとき、戦争に勝ったイギリスやフランスといったヨーロッパの強い国々が、自分たちの都合で中東の土地を分け合う約束をしたのです。
ヨーロッパの人たちは大きな地図を広げ、相談しながら鉛筆と定規を使って線を引いていきました。中東には広い砂漠が広がっていて、目印になるような高い山や大きな川が少なかったため、地図の上で直線を引いて分けるのが簡単だったのです。アフリカにも国境線が直線になっている国々が多いのは、実は同じ理由です。

言葉や文化、宗教を無視して国が分けられてしまった
しかし、この真っ直ぐな国境線にはとても大きな問題がありました。ヨーロッパの国々は自分たちの利益ばかりを考えて、そこに住んでいる人たちのことを全く考えずに線を引いてしまったのです。
中東には、言葉や文化、信じている宗教が違う様々なグループの人々が、長い間それぞれの場所で暮らしていました。それなのに、遠く離れた場所から来た人たちが勝手に引いた直線のせいで、同じ仲間だった人たちが別々の国に分断されてしまうことがありました。
反対に、昔からあまり仲が良くなかったグループ同士が、無理やり同じ国の中にまとめられてしまうこともあったのです。

もし、みなさんの学校のクラスが、よく知らない大人の都合で突然半分に割られて、仲の良い友達と別々のクラスになり、ケンカをしたことのある子とずっと同じ班で過ごさなければならなくなったら、とても嫌な気持ちになりますよね。
それと同じようなことが、国という大きな規模で起きてしまったのです。勝手に引かれた線によって、そこに住む人々は自分たちのリーダーを自分たちで決めることが難しくなり、不満や怒りが溜まっていきました。
現在も争いが続く背景には、この分け方が深く影響している
現在、ニュースなどで中東での争いが激しくなっているという話題を耳にすることがあるでしょう。争いの理由は一つではなく、土地や水の問題、政治の仕組みなどいろいろな原因が複雑に絡み合っています。
ですが、その根本的な原因の一つとして、百年以上前に他の国の都合で無理やり引かれた真っ直ぐな国境線があることは間違いありません。
そこに住む人々の気持ちや歴史を無視した決定が、どれほど長く悲しい結果をもたらすのかを、この真っ直ぐな線は教えてくれています。地図を見るときは、その線がどうして引かれたのか想像してみることが大切です。
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この記事を書いたのは
国際政治学者として米中対立やグローバルサウスの研究に取り組む。大学で教壇に立つ一方、民間シンクタンクの外部有識者、学術雑誌の査読委員、中央省庁向けの助言や講演などを行う。