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デジタル時代に、なぜ「つみき」なのか
みなさんは子どもの頃、つみきで遊んだ記憶はありますか? シンプルな四角い木を積み上げては崩し、また積み上げる。ただそれだけの遊びに、子どもたちは時間を忘れて夢中になります。その一方で、スマートフォン(以下スマホ)やデジタルのおもちゃに助けられるのも事実。「これでいいのかな…」と思いながらも、つい子どもに手渡してしまう人も多いのではないでしょうか。
そんな、デジタル全盛の時代に、「つみき」の持つ温かな魅力を発信している女性がいます。保育士であり、おもちゃコーディネーターでもある中川千裕(なかがわ ちひろ)さんです。2023年に立ちあげた「tsumiki salon KINDI」(つみきサロン キンディ)を通じて、親子と「つみき」の豊かな関わりを伝えています。

「つみきって、子どもだけじゃなく、お母さん自身も救ってくれるおもちゃだと思っているんです」
そんな想いを抱くようになったのは、自身が子育てで悩んだ経験があったからだと言います。子どもの心を育てるためにも、本物に触れることを大切にしたいと話す千裕さんに、詳しく伺いました。
「つみき遊び」が見直されている理由とは
「スマホや、デジタルのおもちゃを、決して否定しているわけではないんです」
千裕さんがそう前置きした上で話してくれたのは、「感性を磨く」ことの意味でした。
「『感性を磨く』と言ってもイメージしにくいと思うんですが、要は『いいものを知ること』だと思っています。例えば、おいしいものを知らなければ、そうでないものに気がつかないのと同じです。日常の中で『本物』や、『本当にいいもの』に触れていないと、その素晴らしさに気がつく目を養うことはできません。調和と不調和を知ること。それが人生の深みや感動につながっていくことを、いつも夫婦で話しているんです」
「能動的なおもちゃ」が育むもの
人工的な音や光、刺激的なものにはない、「つみき」ならではの穏やかな力に、千裕さんは魅了されたと言います。
「つみきは、手触り・重さ・匂い・音…まさに五感を使って感じることができるおもちゃです。1つずつ木目が違うし、木同士がぶつかり合う音も優しい。遊び方はレゴブロックにも似ていますが、プラスチックにはない心地よさが、つみきにはあります。
なにより、電子音が鳴り響くおもちゃに、私自身がイライラしちゃうんです(笑)。だからこそ、自然素材のおもちゃを選びたいな、と思います」

小さなお子さんの前に「音が鳴るおもちゃ」と「つみき」を並べると、多くの子はまず音が出る方へと引き寄せられます。それは、おもちゃ自体が強い刺激を発しているから。でも、子どもの心が「豊かに動いているか」というと、どうでしょうか? 千裕さんは、この違いを「受動的なおもちゃ」と「能動的なおもちゃ」という言葉で整理しているそうです。
「デジタルや、音、光が出るおもちゃは、子どもにとって『受け身(受動的)なおもちゃ』になりがちです。光ったから反応する、音が鳴ったから見る、というように。その一方で、つみきは『能動的なおもちゃ』です。形がシンプルですから、子ども自身が考え、想像して、手を動かさないと広がっていかない」
そこで、プラスチック玩具を排除するわけではなく、大事にしたいのはつみきとの「組み合わせ」だと言います。

「プラレールを組んで、走らせるだけでも楽しいですよね。でもそこに、つみきで『トンネル』や『駅』を作ってみる。そこにはストーリーが生まれ、想像力が広がります。トンネルをくぐるワクワク感や、景色が変わっていく躍動感を味わうことができる。そんなふうに、より深く心を動かすことで『感性』は磨かれていく、と思っています」
親も思わず夢中に!「tsumiki salon KINDI」の活動
千裕さんが主宰する「tsumiki salon KINDI」は、親子で参加するつみきサロン。ここでは子どもだけではなく、お父さんやお母さんも一緒に、つみきに触れることを大切にしています。

「子どもに遊び方を教えたいわけじゃないんです。私自身がこれまで育児の中で、つみきに救われてきたからこそ、親御さんにとっても『子育てする時間が幸せ』と感じてもらえればいいな、と思っています。実際に、つみきサロンでは、大人の方が夢中になることも少なくありません。そうやって親が心から楽しそうに遊んでいると、不思議と子どもが、より深く引き込まれていくんですよね」
いまや3児の母である千裕さんですが、かつては子育てに悩み、戸惑いを感じた時期もあったと言います。そんなとき、つみきに親子がそれぞれ向き合うことで、いつのまにか肩の力が抜け、良い循環が生まれるようになった経験がありました。
それまで気がつかなかった子どもの成長に、つみきを積む動作から気づかされたことも。さらに成長してからは、その子にしか作ることができない、力強い作品に出合うことも多くなりました。親が手を出さずとも、子どもには生まれながらに持っている「生きる力」がある。そう信じることができたと話します。
千裕さんのご長男は、現在小学3年生。ご自宅で、つみきを「船」に見立て、妹と一緒に遊ぶ写真をお借りしました。

手作りの魚釣りゲームと組み合わせ、物語を広げながら遊ぶ中には、発想への刺激だけでなく、そのアイデアを形にする力や、妹と共に力を合わせながら作り進める力も発揮されています。そうした作る面白さ、遊ぶ楽しさに加え、完成後には達成感と、家族に見てもらう大きな喜びも感じることでしょう。つみき遊びには、子どもたちの心を育む、さまざまな力が含まれています。
「つみきというと、幼児期のおもちゃというイメージが強いかもしれませんが、参加した小学生が夢中になって遊ぶ姿も、よく見かけます。人気なのは、ピタゴラスイッチタイプのつみきですね」
ビー玉を転がすコースも、レールのつみきを使えば簡単です。試行錯誤しながらコースを組み立てる過程が、小学生の探究心をくすぐるのでしょうか?

いつもはゲームばかりしているのに、「この子に、こんなに集中力があるなんて知らなかった」とつぶやく声も聞かれます。つみきによって、子どもも大人も前向きな気持ちになれる、それが千裕さんの目指す場です。
使うほどに育つ「漆」の不思議な魅力
千裕さんは、サロン活動の傍ら、漆職人であるご主人の仕事を支える役割も担っています。漆は木に塗り重ねることでさまざまな変化が生まれますが、中でも「肌に触れたときの感触」は特筆すべきものがあるそうです。
「漆の表面には目に見えない無数の微細な穴があり、そこに空気中の水分が取りこまれています。その潤いは、ちょうど人の肌と同じくらいの湿度。そのため、漆器を触ったとき、私たちの肌に『吸い付くような』心地いい感覚が生まれます」

また漆器といえば、「特別な日にだけ使う器」として大切にしまわれがちですが、それは、かえって傷んでしまうのだとか。
「使うほどに育っていく素材なんですよ」と千裕さんは言います。
「高価で敷居が高いイメージがあるかもしれませんが、日常の中で使うことこそが、一番のメンテナンスであり、大事に扱うことにもつながります。もしも傷んでしまっても、漆は塗り直して再生もできます。
赤ちゃんが生まれたときに贈った漆器を、その子が100歳になっても使い続ける、ということも十分ありえる話です。むしろ漆は、100年後には硬化が進んで、より丈夫に美しくなっていく素材ですから。古代の人が使っていた漆器が、遺跡から発掘されることも珍しくありません。
使い捨てるのではなく、漆器のように手入れをしながら長く使う方が、むしろ豊かな選択だと思ってくださる方が、増えています。本当にありがたいですね」
木に触れたことがない子どもたちへ。NICUの赤ちゃんへ届ける取り組み
漆職人であるご主人と一緒に、千裕さんが取り組んでいるのが「漆おもちゃプロジェクト」です。漆で塗った「つみき」を、病院のNICU(新生児集中治療管理室)へ届けるこの活動は、ある「衝撃的な事実」との出合いから始まりました。
「きっかけは、病院で過ごす子どもたちのためのオーナメント(飾り物)に、漆を塗ってほしいという依頼でした。その活動の中で、私たちはこれまで知らなかった厳しい現実に直面します。
NICUに持ち込むものはすべて、消毒が必要です。そのため、抗菌消毒処理ができない一般的な木のおもちゃは、持ち込むことができません。つまり、生まれてすぐに入院している子どもたちは、『木』という素材に触れたことすらないのです。木のぬくもりや漆の魅力を伝えたいと活動してきた私たちにとって、それは衝撃でした」

じつのところ、漆にはアルコールに強い特性と、優れた抗菌性があります。漆塗りなら、木のぬくもりを保ちながら、免疫力がとても低い赤ちゃんたちにも安心して触れてもらうことができる。ここから「漆おもちゃプロジェクト」が生まれました。
「実験では、24時間でほとんどのウイルスが抗菌されるというデータも出ています。もちろん、命を預かる医療の現場ですから、お医者様方もエビデンス(科学的根拠)を厳格に確認されます。1つの病院に寄付するためには、何度も対話を重ね、丁寧に信頼を積み上げていく必要がありました」

地道な取り組みは、少しずつ、確実に広まっています。現在、このプロジェクトには400人もの人々が関わっているそうです。つみきメーカーや、木のおもちゃを寄付してくださる方、漆塗りを行うボランティア、そして、それを届ける方々。たくさんの優しい想いが積み重なって、ゆっくりと形になっていきました。

「病気と闘う子どもたちのために、自分が何かできるのがうれしい」。関わってくれた方々の、そんな声が広がり、2026年6月19日には、日本大学医学部付属板橋病院への寄付が実現しました。

漆おもちゃプロジェクトへの参加・寄付について
「tsumiki salon KINDI」の公式ホームページでは、プロジェクトの詳細や、おもちゃの寄付・ボランティアに関する詳しい情報を発信しています。子どもたちの未来を応援したい方は、ぜひチェックしてみてください。
わが子の「好き」に寄り添う、家庭での取り入れ方
「つみきって、どうやって遊べばいいかわからない」もしも、そんな風に感じるなら、まずは「今、その子が夢中になっているもの」に寄り添うことから始めてほしい、と千裕さんは言います。
「つみきは、食事に例えるなら『白いご飯』だと思います。それだけでも十分に味わい深いけれど、子どもが今、好きなものに合わせて、どんなおかず(おもちゃ)とも組み合わせることができる。『どう組み合わせるか』という部分だけ、大人が少し手助けしてあげられるといいかなと、思います」

「でも、『寄り添う』ことと、『口出しをする』とはまた違うんです」そう言って千裕さんは微笑みます。
「子どもはつみき遊びの中で『こう積んだら倒れない』『こうしたらうまくいく』という小さな発見を、ゆっくりと学んでいます。大人はその試行錯誤を邪魔しないよう、あえて手を出さずに。ただ隣で一緒に楽しむだけでいいと思います」
また、趣味でヨーロッパの美しいつみきを集めているという千裕さんは、「大人自身がワクワクできるおもちゃを選ぶこと」も大切なコツだと教えてくれました。
「大人がおもちゃを大切にしている姿を、子どもたちに見せたい。短期間で不要になるからと言って、おもちゃを粗雑に扱うことより、何百倍もすてきなことだと思っています。美しいおもちゃは、散らばっているだけでも調和がある。どことなく癒される感じも好きです。

そもそも、自分がワクワクしていないと、子どもの遊びに寄り添うのも無理ですよね(笑)。一緒に遊ぶ時間が多いのも、最後に片付けるのも、たぶんお母さんが多いですから。だからこそ、自分がときめいて、好きになれるものを選んでほしいです。そのお母さんが感じている気持ちは、たぶん子どもに伝わっている、と思います」
おわりに
「木のおもちゃだったからこそ、日常の中に感動が生まれた」その気持ちこそが、千裕さんの活動の原点です。
ご主人の家業である漆を掛け合わせた「漆塗りのつみき」も、今、病院で過ごす子どもたちのもとへも届けられ、多くの人の心を温めています。
「わが子になにか、特別なものを与えてあげなきゃ」子育てに一生懸命になるあまり、そんな風に感じたときこそ、無心になってつみきを積んでみませんか。そのシンプルな遊びの心地よさに、きっと気持ちが軽くなるはずです。
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お話を聞いたのは
保育士・おもちゃコーディネーター、3児の母。「子育ては、幸せなもの。」そんな想いを込めて、木のおもちゃや食育を通して親子が笑顔になれる子育てを発信。220年続く塗師(漆塗り職人)の夫とともに、木のぬくもりを知らないNICUの子どもたちへ「漆のおもちゃ」で笑顔を届ける活動をしています。