目次
子どもは遊びながら育ち合うことで、社会性を身につけます
本来、人間が健全に育っていくには、他者といっしょに育ち合うことが必要です。そして、子どもを育てるということは、豊かな心を育むと同時に、その子の年齢にふさわしい社会性を身につけてあげることだと私は思います。
そのためには、まず乳幼児期に親からたっぷり愛されて受容され、自分自身に揺るぎない自信を持つことが必要です。なぜなら、自分に自信を持った子どもは、相手のことも信じられ、その人の気持ちを思いやることができるようになるからです。
また、自分に自信を持った子どもは誇りを持っているので、反社会的な行為や人の嫌がるようなことはしません。「自律性」や「社会性」を身につけて、家族はもちろん、家族以外の大人やお友だち人と上手に付き合うことができるようになるんです。
精神医学の世界では、この自分自身に対する揺るぎない自信を「基本的信頼感」と呼んでいて、乳幼児期に獲得することがとても重要だと考えています。
これは、友だちとの関係を築く上でも大切な資質になってきます。
子どもの友だち関係に口出しをしていませんか?子どもは子どもの中で育つのです
私が気になっているのは、いまの親御さんたちは、子どもの友だち関係について、自分の物差しであれこれ意見を言って、つきあいを制限することが多いこと。学童期の子どもは、さまざまなタイプの仲間とふれあう中で、ルールを守る大切さや、役割を分担する重要さを学びながら、社会の中での自分のあり方を学ぶのです。そう、正に、子どもは子どもの中で育つのです。
あるときは自分の意見を通し、またあるときは相手の主張を認めるなど、相手の能力や性格を観察しながら、自分のとるべき態度や役割を理解していきます。まさに、子どもたちは遊びながら育ち合うのです。
また、この時期にたくさんの友だちと遊んだ子どもは、やがて思春期になったとき、友だちを見る目が育っているため、自分に適した友だちと上手につきあうことができるようになります。
お母さん自身も思春期を思い返してみてください。中学生から高校生にかけては仲間や親友と呼べるような友だちができて、長電話をしたり、学校で放課後ずっと話をしたりして、親密な関係を持っていませんでしたか。
それは、児童期や学童期にたっぷり遊んだからこそ、そうした友だち関係を築くことができたのです。
子どもに劣等感・優越感を植え付けてしまう「比べる子育て」
精神科医のエリクソンは、仲間と道具や知識や体験の社会を共有し合うことは、ひいて言えば、友だちから何かを学ぶこと。友だちに何かを教えることだと言っています。
友だちから学び、自分が友だちに与えられたという経験を十分にしていないと、人間は優越感と劣等感を体験しながら生きていくことになります。
例えば、自分と親しくしている友だちが自分の能力や個性に対してどのような評価を下してくれるのか、その反応をみることで少しずつ自分がどんな人間なのかがわかってくるのです。
優越感や劣等感は、表裏一体ともいえる感情です。人間はだれしもある程度、そういう感情は持っているものですが、劣等感のない人に優越感はありませんし、優越感のない人には、劣等感もありません。
親が競争原理の中で育てすぎると優越感と劣等感が強くなりすぎるのだと思います。
過剰なまでに、他の子より優れた子になってほしい。自分の子どもだけうまく育てばいいというような思いでいると、それは、自ずと「比べる子育て」になり、子どもの中に優越感や劣等感を強く育ててしまうことになるのです。
優越感を自尊心に、劣等感を自分への反省にできる大人に
優越感や劣等感が強く育ってしまうとどうなるのでしょう?
優越感はとても怖いものです。人を見下げる感情ですから。そして、優越感が劣等感を生むことになります。
愛され受容されて育ってきた子どもは、自分よりも優れた面を持つ子に対して、評価する気持ちと、ほれぼれする感情を抱けるのですが、劣等感を育てられてしまうと、何かしら自分より優れた子どもに対しては、妬みや敵意から攻撃性が生まれ、いじめの感情が生まれてしまいます。劣等感を覆い隠そうとして、より劣った対象に対して非常に敏感になるのはよくある事です。
思春期を迎え、自分より勉強ができる、スポーツができる、そういうクラスメートに出会ったときに、嫉妬や敵意を感じ、劣等感を感じることの恐れから孤立してしまう。なかなか友だちと良い関係を保ちにくくなってしまい、結果、孤立をまねきます。
優越感と似たような感情に、誇りの感情があります。人間が持っているプライドとか、自尊心とかいうものは優越感ととても近い感情ですが、似て非なるものです。自尊心というのは、誰からも侵されてはならない個人の人格的な尊厳があるという誇りの感情です。
他の子と比べない、子どもを信じて見守る子育てができていれば、豊かな友人体験が自ずとできる子になります。そして、優越感ではなく、自信のある健全な誇りの気持ちをもち、劣等感ではなく、自分への反省の習慣にすることができることにつながっていきます。そういう子は、ひきこもるような大人にはなりません。
教えてくれたのは
1935年、群馬県生まれ。新潟大学医学部卒業後、東京大学で精神医学を学び、ブリティッシュ・コロンビア大学で児童精神医学の臨床訓練を受ける。帰国後、国立秩父学園や東京女子医科大学などで多数の臨床に携わる傍ら、全国の保育園、幼稚園、学校、児童相談所などで勉強会、講演会を40年以上続けた。『子どもへのまなざし』(福音館書店)、『育てたように子は育つ——相田みつをいのちのことば』『ひとり親でも子どもは健全に育ちます』(小学館)など著書多数。2017年逝去。半世紀にわたる臨床経験から著したこれら数多くの育児書は、今も多くの母親たちの厚い信頼と支持を得ている。
構成/山津京子 写真/山本彩乃