【保育者・柴田愛子さんが語るコロナの今】行動が不自由だからこそ、心と頭は自由でいたい

とうとう緊急事態宣言が出される事態となり、一層の緊張を強いられる日々です。先行きが読めず、きままに外にでられない日常は、殊に小さいお子さんを育てていらっしゃるみなさんには、相当なストレスですよね。「今、コロナばかりに集中して、他がみんなくすんでしまっている」というのは、「愛子先生の子育てお悩み相談室」でおなじみの、自主幼稚園「りんごの木」の代表を務める柴田愛子さん。常に子供とお母さんたちに寄り添ってきた愛子さんが、今思うことを寄稿いただきました。

「起こるべきこととして起こった」と理解したことで気持ちが落ち着きました

桜は散り緑の葉が日々育っています。木々も草も新しい芽を出し、花は咲き、春の息吹を感じるというのに、目に見えないコロナくんはテレビに毎日出演。今や世界の主役となり、地球の上を縦横無尽に駆け回っています。
長引く状況に心が宙を浮き、足下がおぼつかなかったとき、毎日新聞(東京版)のこんな記事が目にとまりました。3月27日、100年前のスペイン風邪と類似しているということで当時の新聞記事が出ていました。そして、環境ジャーナリスト石弘之さんのコメントの最後に--

「人類の歴史はせいぜい20万年ですが、ウイルスは遺伝子を目まぐるしく変異させながら40億年も生き残ってきたつわもの。役者が何枚も違います。今後も新手の感染症が現れ、人類は同じようにあたふたとして後追いする事態が続くと思います」

もうひとつ、4月5日の「時代の風」というコラムのなかで、自然人類学者の長谷川眞理子さんは、

人類が農耕と牧畜からはじまったことから端を発し、都市に集まって住むことの異様さ、今回の広がり方は現代社会が格段に都市化し、交通手段の発達によって、人々の移動がこれまでにないほど容易で活発になったから

と書かれてています。

この二つの記事が「そうなのか、起きるべくしてなったことなのだ」と、私の気持ちを落ち着かせてくれました。
そういえば両親の時代は関東大震災、戦争があったけど、戦後生まれの私は比較的大きな事態に出くわさないできました。このところの自然災害や福島の震災はそれにあたるかもしれませんが、逃げ道があった気がします。地球に生まれた人として、受け止めざるをえないことがとうとう起きたのでしょう。そんなふうに思えます。

今の自分が苦痛にならないためには、発想を変える以外にないのです

それはそれとて、とうとう緊急事態宣言となりました。すでに子どもたちは休校になり、親は自宅勤務になる人も多く、家族がいっしょに過ごす時間が長くなっています。「家族は元気で留守がいい」とつぶやいていた人がいましたが、確かに家族みんなが三度の食事をいっしょにするというのは、あまりなかったかもしれません。

日常が変わるのですから、どこかぎくしゃく歪な関係にもなるでしょう。フランスではすでにDVも多くなっていると言いますが、日本も然り。今の状況を不快、イライラしながら過ごせば、そりゃあ、子どもに手を上げたくなってしまいます。力ある強者は弱者に感情のはけ口を向けてしまいがちです。

テレビの街頭インタビューで「子どもが家で静かに過ごしてほしいために、ゲームやらいろいろ買わなくちゃならなくて、お金がかかります」と答えていた人がいました。

なんか変? 制限のある空間の中で自分であそびを作れないということですよね。商業的に作られた物でおもりしてもらわないと、どうしていいかわからないなんて豊かな人間に育っていないですよね? もしかして、お金持ちになったぶん、子どもからその力を奪っていた?

そうそう、テレビの専門家という人に「歯医者を予約しているんですけど、行ってもだいじょうぶですか?」と聞いた人がいました。自分のことを自分で考えて結論を出すのが自分を生きるということでしょう? 見ず知らずの専門家に判断を委ねるって、なんか変じゃないですか?
いろんな変を感じる日々になりました。

人をあてにせず、自分の力をつけることに向けていくいいチャンスかも!
今の自分が苦痛にならないためには、発想を変える以外にないのです。

自分の子供時代にやって楽しかった遊び。それをお子さんとやってみませんか

そこで思い出したのが、私の子どもの頃のこと。
メンコやベーゴマが男の子中心に流行っていました。屋外のほんの少しのスペースで、やっていました。勝ったらもらえる勝負だったので学校では禁止になりましたけどね。
ケンケンパーって知っていますか? 家の周りでもいいし、家の中にビニールテープではってもいい。
縄跳び、石蹴りの種類は豊富でした。おとなになってやってみると、案外運動になり楽しいですよ。
室内では、紙と鉛筆があれば遊べることが結構あります。
‘戦争’というゲームをやりました。紙の四方にそれぞれ自分の基地を作り、鉛筆の芯を紙にあてて、鉛筆の頭を押して走らせ、行った地点からまた走らせ、敵陣に乗り込んで勝ち負けを競うものです。
紙に井の字を書き、かわりばんこに○をつけて三個なら並んだ方が勝ち。
あみだくじや、くじ引きづくりをして「片づけの人」を決めたり。
お手玉、おはじきは日常的にやっていました。リリアン編みも流行りました。
二人でジャンケンをしながら勝ったら一筆かき、またジャンケン。植木鉢に花の絵が先に仕上がった方が勝ち。コックさんの絵とかもあったっけ。
トランプはババ抜きとか七並べ、神経衰弱、ページワンもやりました。
カルタや花札(家族で)、包み紙を切って折り紙。
腕相撲に指相撲、ジャンケンで「あっち向いてホイ!」「セッセーのヨイヨイよい! おてらのおしょさんが・・・」
腕を伝わりながら「おなべふ、おなべふ・・・」、指で「びんぼう、だいじん、おおだいじん」なんてのもあった!
テレビがまだなかったので、家族でラジオを聞く。さらに父が言い出してラジオを作ったこともありました。
母は絵を描くのが好きだったので、みんなで花を描いたり。
おやつもみんなで作りました。伸ばした生地をお椀で型抜き、中心は小さいコップで型抜きしてドーナツ作り。今川焼きも作りました。
こうやって思い出すと、どんどん思い出されてきます。

みなさんは私と世代が違うからちんぷんかんぷんだったかしら? でも、皆さんの世代だってなんかやったでしょう? ノートの端でペラペラまんがとか、それを子どもとやってみたらいいですよ。「今時の子どもはそんなことで、喜ばない・・・・」なんて思う必要はないですよ。面白いことはいつの時代だっておもしろい。知らないだけなのですから、絶対のってきます!

家族が一緒に過ごした時間が、その家の文化になっていくのだと思います

家族が一緒にあそんだ時間、過ごした時間。それが家の文化になっていくように思います。私の時代は今よりずっと狭い家でしたけど、息は詰まらなかったです。まあ、開け放たれてもいましたけどね。
面白そうなことをやってみようと気持ちを起こしてみてください。きっと、子どももついてきます。いえ、子ども自身も考え出します。行動が不自由だからこそ、心と頭は自由にしましょうよ。
ところで私、家にいる時間が多くなったので、45年も前に購入した「古典童話」を読み始めました。最初はその世界に入っていきにくくて、なんだかねぇと思ったのですが、読み進めるにどんどんファンタジーの世界が広がってきました。そして、こういう世界であそばなくなって久しいと、ちょっと後悔さえしています。

どんなに空間が狭かろうと、時間があるのはありがたい。自分の中から生まれる遊びや感性を引き出してみましょう。そこには暮らしを楽しむという新しい芽がでてくるのではないでしょうか?

柴田愛子 しばた・あいこ

保育者。自主幼稚園「りんごの木」代表。子供の気持ち、保護者の気持ちによりそう保育をつづけて46年。小学生ママ向けの講演も人気を博している。ロングセラー絵本『けんかのきもち』(ポプラ社)、『こどものみかた』(福音館書店)、『あなたが自分らしく生きれば、子どもは幸せに育ちます』(小学館)など、多数。Hugkumで、「愛子先生の子育てお悩み相談室」を連載中。

写真/繁延あづさ

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