教育の未来スペシャルトーク・茂木健一郎×井本陽久×星山麻木【多様性を生きる子ども達へ4】

2020年5月24日、脳科学者・茂木健一郎さんと、カリスマ数学教師「イモニイ」こと井本陽久さん、特別支援教育の専門家・星山麻木さんよるオンライン講演会が行われました。

茂木健一郎さん
イモニイこと、井本陽久さん
星山麻木さん

 

 

 

 

 

 

テーマは「多様性の尊重と受容について」。子どもたち一人一人の多様性や学びについて、そして未来を生きる子どもたちにとって必要な教育について、理解を深めることのできる内容で、それぞれの立場からのお話は大変盛り上がりを見せました。第2部の3人での鼎談シンポジウムの様子をダイジェストでご紹介します。

世の中には多様な価値観があって、あなたらしい良さが必ずあると伝えたい~星山麻木

井本:僕はずっと教育の現場にいて、何度も失敗し、何人もの子どもたちを傷つけて、ようやくいろいろな子どもたちを理解できるようになってきました。今日は、茂木さんが子どもたちの本質を見抜いてくださったことに驚き、嬉しく思いました。

星山:茂木さんのお話の中でギフテッドとLD(学習障害)は似ているというお話がありました。私もほとんど同じだと思っています。私は教育界で長年やってきましたが、平均的にできる子やテストで高い点数をとれば評価されるという一元的な価値観にずっと疑問を感じてきました。

茂木:「一元的価値観」というのがやはりネックですよね。井本さんのお話も、「東大にたくさん進学する栄光学園の子どもたちだから」など、世間の方から言われることはありませんか。

井本:よく言われます。しかし子どもたちはみんな本質は同じで、栄光学園だからということではありません。生徒が違えば授業の内容は異なりますが。コントロールして押し付けるような教育が可能なのは、子どもがそれを我慢しているから。今の学校の多くは、できないことに焦点を当てて学ばせようとします。我慢できる子は学校でうまくやれますが、そうでなければ進学校に行っても潰れる子はたくさんいます。

茂木:子どもの頃って、サッカーが上手い子、絵が得意な子、おもしろい子、いろんな子がいて、これは俺が得意だけどあれはあいつがすごいというように、関係性が不安定だった。あのざわざわした「不安」な感じが本来の実態に近いですよね。でも、有名大学に入った時点で、偏差値が上とか下とか出てきて一列に並んだように言われるでしょう。あれはおかしな捉え方だと思います。

星山さんがおっしゃった「虹色な子どもたち」って本当に素晴らしい。そこには優劣がありません。それが人間の実態に近い気がするんです。

星山:不得意なところばかり焦点化されて子どもたちが自信を失っていくのはもったいない。だから、多様な価値観があって、あなたにはあなたらしい良さが必ずある、「違いは強みだよ」って伝えたいと思ってきました。日本の教育では、運動やアートなどはまだ評価される場もありますが、そのほかにも、感受性が高い、人の気持ちに敏感、ボランティア活動が好きなど、さまざまな良さがあります。でも、数値化しにくいところは評価されないのが残念です。

「評価」が子どもたちの輝きを奪ってしまう。本来学びに対して自発的じゃない子どもはいないんです~井本陽久

井本:子どもたちのキラキラを奪うのは「評価」なんですよね。

「大きい字を書くんだね」とか「その考え方面白いね」と、そのままの子どもに目を向けてあげるだけで、勝手にどんどん伸びていく。大人が自分の価値観を横に置いて、子どもをそのまま見ることが大切だと思います。

「できること」を求められるから、子どもたちは自分のやり方でやらなくなる。なぜなら、自分のやり方でやると間違えるかもしれないからです。だから、教えてもらってやり方を覚えてできるようにする。さらに、大人に「できないこと」ばかりに焦点を当てられるので、すっかり萎縮して答えを当てにいくようになる。こうして子どもたちの学びから試行錯誤が奪われ、躍動は消えてしまうのだと思います。

本当はいま難なくできていることを言葉にしてあげるだけで十分なんです。できたら褒めるのではなく、いまできていることを言ってあげる。

だからこそ、自分一人で完璧を目指すのではなく、自分はある意味不完全で、いろいろな色、デコボコがあるけれど、違う色や違うでこぼこを持ったキラキラ輝く人たちに出会うことが大事なんだと思います。

 

人工知能が出てきてこれまでの能力の価値観が変わっていく。子どもも大人も学びを楽しめるといいよね~茂木健一郎

井本:例えば授業では、簡単に解き筋がわかる問題は子どもはあまり楽しくない。子どもたちが躍動するのはそうではないときです。「どうしてうまくいかないの?」というモヤモヤをどうやって置いてあげるかが大事。うまくいかない気持ち悪い状況を作る。ある意味「不安」な状態から、自分で考えることがおもしろいようです。

茂木:それはすごく大切ですよね。今は、人工知能というものが出てきて、これまで重宝された能力がどんどん陳腐化しています。だから一生学び続けなきゃいけない。それを苦と思わずに楽しいと思える子どもたちになったら素晴らしい。「道筋があると思わせない」とか「評価はそう簡単にできない」とか、それが実際の世の中に近い状態です。そういうところに投げ込まれないと、人間って学びを楽しいと思えないんじゃないかな。

井本:本来、学びに対して自発的じゃない子どもなんていないですよね。だって、赤ん坊って誰も教えないのにハイハイをしようとするでしょう。初めて見たものは触ってみる。子どもは勝手に自分のやり方や考え方で取り組み、学びます。それなのに、学校に入った途端に、その生き生き感がなくなってしまう。学びの提供の仕方が雑だから、その子が持っている自発の芽を摘み取っているんじゃないかとさえ思います。

星山:私はいろいろな学校にうかがうことが多いのですが、そこで目につくのは、「ダメなところを見つけてそこを頑張る」の繰り返しです。教員も親御さんも、自分の素敵なところを潰されてきてしまったというか、「みんなと一緒がいい」という教育を受けてきたので、子どもたちにもそう接するしかないと思っているように見えます。

私は学習障害の子どもたちは「進化系のレアタイプだよ」と伝えていますが、そのレアタイプの子どもたちを一生懸命多数派に近づけようとしていることが多い。「あなたがあなたらしく生きる」ということを、これから先生や親御さん、そして子どもたちにどう伝えればいいのか、どうサポートしていくのかが、今とても難しい課題です。

自分の不安を子どもにぶつけてしまわないように、親や先生がまず安心できる環境を~星山麻木

 

茂木:僕の親は、僕に「健一郎」と名付けたくらいですから、「健康ならいい」という親でした。あれやれこれやれと言わないし、「別に大学なんてどこでもいいよ」と言われました。親が子どもに勉強を押し付けたり、プレッシャーをかけたりすると、とても辛い状況を生み出すこともあるんじゃないかと思います。

星山:一生懸命なお母さんたちは、みんな真面目で、優等生で、いい人ばかりです。適当な親のほうが、ある意味「あそび」の部分が多く、子どもはのびのびと育つかもしれません。親だけでなく先生もそうですが、自分の不安を子どもにぶつけてしまわないように、親や先生がまずリラックスできて、安心できる環境を整えることが必要ですね。

井本:「子どもにはみんなと同じことができるようになってほしい」と願う方も多いのですが、そもそも子どもたちは一人一人違います。そこは揺るがない事実。同じように見える子も、実はみんな全然違いますよね

茂木:今、思い出したけど、僕、小学校のとき書道がすごく苦痛でした。お手本通りに書かなくちゃいけないでしょう。ただ言われた通りにやるのは本当に苦痛です。日本は、必ず正解があると思っている学生が多いですね。僕は大学でも教えていますが、大学は留学生がいると活気づきます。留学生は思ったことをすぐその場で言うことが多いから。日本の学生は正解か、先生が求めている答えを言おうとするんです。

井本:本来、子どもは自分のやり方でやるし、自分の考えるように考えるし、感じるように感じる。でもそうするとダメだと言われ、大人に言われた通りやると評価されます。つまり、「自分で考えない方が得」だと擦り込まれてしまうのです。「水、飲んでいいですか」「この問題やっていいですか」って、なんでも許可をとる子が増えているのも、自己判断でやっちゃダメだと教育されてきたからじゃないかな。自己判断ほど素晴らしいものはないのになあ。

星山:ダメ出しをされると大人も輝きを失っていく。大学院で現職の先生を教えていたときも、大学の学生たちにも、ダメなところ探しはやめて、先生がもともと持っているいいところを伝えるようにしています。それだけでみんな生き生きするんです。教員がそうやって育てられれば、きっとその教員が子どもたちにもそう接してくれるんじゃないかと希望を持てるようになりました。

 大人が子どもにしてあげられることは、世界の広さを教えあげること~茂木健一郎

星山:これから教育が多様になっていく中で、子どものことの前に、先生や親、ご自身が自分の理解を深めることからスタートすることが大切だと思います。自分を知ることで、自分ができないことは得意な人と一緒にやろうと思える。それが強みになるんじゃないかと思います。

チームワークや協働は、人と違う自分が必要とされます。茂木さんがお話しされたビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズも、周りにその人を理解して、不得意なところを助けてくれる人とチームを組んだから素敵な仕事ができたんですよね。

茂木:大人が子どもにしてあげられることって、世界の広さを教えあげることなんだよね。僕も、子どものとき、蝶々の学会で出会った大人たちが折に触れていろんなことを教えてくれました。学会に入っている大学院生につなげてくれたのは僕の母なんだけど。そういう、自分の好きなことをとてもよく知っている大人とのチームもすごく大事。

星山:子どもが好きなことを親が好きとは限らないから、そこで、蝶が好きな人を見つけてきて紹介するのが親や先生の役割かもしれませんね。私の世界を押し付けるのではなく、その子の持っている世界を大事にすること、尊重することですね。

子どもは予測不可能です。こうなってほしいと思うとうまくいかない~井本陽久

 

井本:教員をやっていてすごく思うのは、「この子にこうなってほしい」と思うとうまくいかないということ。目的を持って見てしまうと、子どものそのままを見ることができなくなる。子どもはみんな違うからおもしろい!今は受験があって、受験の評価が人生を変えるように見えてしまうから難しい。でも僕は、受験はどうでもいいと思っています。正解か不正解かなんて本当につまらないこと。

子どもたちが自分のやり方や感じ方を発揮している姿が可愛くて仕方がないんです。子どもはちゃんと本質的なことに響き、おもしろがる。だから、そこに寄り添ってあげるだけでいい。そこをなんとか変えていきたいですね。

星山:今日は3人でお話しできて良かったです。本音トークでしたね。

井本:やっぱり、一人一人「みんな違って、みんないい」ですよね。そういう風が今吹いていると思います。こういうイベントをどんどんやりたいな。

茂木:僕も楽しかったです。本当にありがとうございました。

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構成/太田美由紀

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