「Life is Tech(ライフイズテック)」の讃井康智さんによる連載「アフターコロナ時代の教育クエスト」。東大を卒業後、ライフイズテックを起業しつつ、研究者としては教育政策や学習科学を研究し、各地の学校変革へ携わってきた讃井さんの想いは、「これからの教育は150年に一度の大きな変革期にある」ということ。この想いをもって、教育界のキーマンと新時代の教育について熱い対談を繰り広げます。アフターコロナ時代の子育ての羅針盤となる対談をお届けします。
目次
第2回のキーマンはTech Kids Schoolの上野朝大さん
第2回のキーマンは、小学生向けの人気No.1プログラミング教室「Tech Kids School(テックキッズスクール)」を運営する、株式会社CA Tech Kids(シーエーテックキッズ)代表取締役社長の上野朝大さんです。
上野さんは、プログラミング教育を通して「子どもたちがテクノロジーを手段として用いることができれば、世界の見方が変わってくる」といいます。今回は、Tech Kids Schoolで小学生が学べるプログラミングの話、プログラミングが将来どう役に立つのか、さらに現在の日本のプログラミング教育の課題と展望まで、たっぷりお話を伺いました。
急速に高まる小学生のプログラミングへのニーズ
讃井:サイバーエージェントが小学生向けのプログラミングスクール「Tech Kids School」を設立したのが2013年。この7年間で、世間でのプログラミングの認知度は大きく変わってきていますか?
上野:ガラリと様変わりしています。潮目が大きく変わったのが、プログラミングの必修化が発表された2016年です。そこから4年経ちましたが、Tech Kids Schoolにくる子も、半分以上が「Scratch(スクラッチ)」を経験済みです。子どもによっては「Unity(ユニティ)で3Dゲームを作りたい」とやってくる子もいます。僕が小学校へ行って「プログラミング知ってる人?」と聞くと、ほぼ全員手が挙がりますし「やったことある人は?」って聞いても1/3くらいの手が挙がります。
初めてのパソコン体験は「スクラッチ」という時代に
讃井:子どもたちが最初にプログラミングを体験するのは、家、学校、習い事、どこが多いですか?
上野:ほとんどの子はちょっとやってみたことがあるという程度ですが、学校の授業や、自治体やNPOのワークショップが多いですね。2016年を契機にプログラミング教室が爆増しているので、その無料体験会で初めてやったという子も多いです。
讃井:Tech Kids School はプログラミングが全く初めてという子が来ても、大丈夫ですか?
上野:もちろんです。そもそもパソコンを触ったことがないという子も2~3割程度はいます。プログラミングが初めてパソコンに触れた機会という子も多い。今の時代の特徴ですね。
讃井:なるほど!昔は初めてのパソコンといえばワープロの一太郎でしたね(笑)
上野:それが今はスクラッチになっている。時代を感じる話ですね。
必修化で、プログラミングを習わせる正当性が生まれた
讃井:体験に来た子どもたちが、毎週プログラミングスクールに通ってみようとなる動機は?
上野:子どもって「楽しい!」となればそのまま続けたいし「もっとやりたい!」となるのは自然なことです。保護者も「子どもが本気だったらやらせます」という場合が多いですね。
「ゲーム作りたいか?」と聞くとほとんどの子たちがYESと言います。しかし、今までだったら親御さんがそこに教育的な価値はあまり見いだせなかった。でも小学校でのプログラミングが必修化になったことで子どもにプログラミングをやらせてみることにある種の正当性が与えられました。親御さんは今までは子どもがゲーム作りたいと言っても、それにどう答えていいのかわからなかったのですが、今はプログラミングが必修化になっているし、学んでみるのもいいねとなるわけです。
プログラミングを学ばせる親の目的は?
讃井:小学校のプログラミングは、必修化にはなりましたが、教科化はされませんでした。中学受験でも一般的には扱われません。それでも子どもにプログラミングを学ばせようという保護者の目的はどこにあると思いますか。
上野:小学校でのプログラミング教育はまだ始まったばかりですし、受験など何かに有利だから続けるという短期的な目的の方は少ないです。漠然と大事だから、この子が大人になる頃にはもっと大事になっているであろうから、という声が多いですね。もっと具体的な理由としては、せっかく学び始めたんだから、作品を作り上げるなどキリがいいところまではちゃんと終わらせたいという考えもあります。あとはお子さん自身の意思ですね
Tech Kids Schoolで学べるプログラミングの内容
讃井:Tech Kids Schoolはどういうカリキュラムで、どのレベルまでプログラミングができるようになるのか教えてください。
テックキッズのカリキュラム
上野:進み方にはかなり個人差がある前提ですが、3年生以上は同じカリキュラムでスタートします。最初の1年間は全員スクラッチをやります。厳密には、スクラッチだけではなく、スクラッチをベースに当社が開発した「QUREO(キュレオ)」というソフトも使い、全員がビジュアルプログラミングからスタートします。
ビジュアルプログラミングは、キーボードでプロラミング言語を打ち込むテキストコーディングと異なり、ブロックを組み合わせて簡単にプログラミングができるのが特徴です。
それを終了したらiPhoneアプリ作成か、3Dゲームが作れるUnityか、どちらかを選んで、もう2年間取り組むというのが当社のコースです。iPhoneアプリコースは実際に世の中にアプリをリリースするところまでカリキュラムとして用意しています。iPhoneとUnityの割合は3:7で、3Dゲームを作りたい子が非常に多いことがわかります。
3年生以下については、最近1年生から参加できるコースを作りました。1年生は計算や文字をまだ習っていないので、発達的に3年生以上とは別に捉える必要があるためです。
讃井:小学生でアプリのリリースまで行くんですか?それはすごい!
上野:はい。現にアプリをリリースしている子も多数います。ただユーザーに実際に使い続けてもらえるレベルかと言うと、そうではないものの方が多いです。しかし、作品のレベルを別にすれば、小学生がアプリを作ってリリースするまで行こうと思えば誰でも行ける時代になっていることは確かです。本人のコミット次第で実現できる目標です。
讃井:iPhoneアプリかUnityか、そこの選択はUnityが人気なんですね!
上野:そうですね。Unityはゲームを作れて、見た目にも3DCGで面白いものが作れるので人気です。プロにも広く使われている開発環境ですし、ゲームを作りたい子たちが学ぶにはとても良いコースです。
讃井:スクラッチはビジュアルプログラミングですけど、UnityとiPhoneアプリのコースでは、キーボードを使ってテキストコーディングをやっていくのですか?
上野:はい、iPhoneアプリ制作はSwiftという言語で書いてもらって、UnityはC#を書いてもらいます。
テキストコーディングに必要な3つの前提条件
讃井:ズバリお聞きしたいのが、小学生でテキストコーディングは何年生ぐらいからできるという感覚をお持ちですか。
上野:学年というよりは経験によります。まずテキストコーディングをやる上で3つぐらいハードルがあります。
1つは、大前提としてアルファベットの理解です。これがd、これがeであるといった理解がまず必要です。もう1つはタイピング。我々も昔は全くの未経験の子にいきなりJavaScriptを書かせていた時期もあったんですが、今思うと申し訳ないことをしたと思ってまして。タイピングができないので、スムーズに書けないんですよ。それが苦痛で辞めていくという子もいました。やっぱりアルファベットが理解できて、かつタイピングもある程度はできる。その上で3つめのプログラミングの文法の理解が必要になります。
スクラッチを全員が最低1年間やるカリキュラムになっているのは、この3つを準備したうえでテキストコーディングに移れるようにするためです。最初の1年間でタイピングの練習も行います。最初はアルファベット表を見ながらやるんですけど、この助走期間がなくいきなりやると苦痛を伴うことになっちゃう。
讃井:小学生でもそういった経験を積んでいけば、3〜4年生でもiPhoneアプリを作れるんですね。
上野:はい。逆に言えば、それらのハードルを全部クリアしていれば、1年生からSwiftを学ぶことも可能ですし、現にそういう子もいます。ただ、そもそもですが全員がテキストコーディングまで学ぶべきなのか、学ばなければいけないのかというと、必ずしもそうではないとは思っています。
スクラッチは子ども向けのものだと認識されていますが、大学の情報処理の基礎授業でも通用するソフトですし、スーパーファミコンぐらいのゲームであればスクラッチで作れてしまう。スクラッチをバリバリ使いこなせるだけでも、小学生としては超十分だと私は思っています。ただ本人の意欲がさらにあれば、それを止める理由もないですし、時間があればもっと先に進めばいいと思っています。
「デジタルネイティブ」の次は「テックキッズ」世代
讃井:Tech Kids Schoolでは、どういう子たちを育てたいというお考えですか?
上野:当社の目指す育成人材像がありまして、
テクノロジーを武器として、
自らのアイデアを実現し、
社会に能動的に働きかけることができる人材
この3行で表されています。それを我々は「Tech Kids(テックキッズ)」と呼んでいます。
テクノロジーを手段として使える「テックキッズ」世代
上野:たとえば、生まれながらにしてiPadを扱っている世代を、「デジタルネイティブ」と呼びますが、私たちは「デジタルネイティブ」の次の世代として「テックキッズ」を提唱しています。それはデバイスを与えられて手足のように使うことではありません。デバイスではなくテクノロジーを手段として自由自在に使える、それを子供時代からできる世代が「テックキッズ」です。
讃井:大人は今の子どもたちを「デジタルネイティブ」と1つの塊で捉えているけど、そもそも私や上野さんの年代、つまり今の30代ですらデジタルネイティブですよね。
中高生の年代で言えば、2000年頃からデジタルネイティブはスタートしていて、デジタルネイティブとそれ以降の世代とでは実は大きな違いがあります。キーワードはインターネットです。2010年代以降の中高生は、常時オンライン接続が当たり前の世代で、オンラインネイティブと言えます。
そのオンラインネイティブの中でも年代によって三段階に世代が分かれます。まずは2010年頃からの「スマホネイティブ」。スマホを持ち歩き、常にオンラインでいることが当たり前になりました。そして、2020年の今の世代はネット上の様々なクラウドサービスを当たり前に使いこなす「クラウドネイティブ」。さらに、次の2030年に向けてはプログラミングを当たり前のように使いこなす「プログラミングネイティブ」あるいは技術の進化次第では「AIネイティブ」が出てくる可能性もあります。
讃井:今は、子どもたちの持っている能力が、インターネットのさまざまなサービスや情報と繋がることによって進化した時代になっています。たとえば、フォートナイトというゲームの中でコミュニケーションすることで、海外の友達とも仲良くなれるという感覚は、僕らの世代にはなかったこと。空間や場合によっては言葉の壁も超えて、インターネットを通じて世界中の人とコミュニケーションするというのは今の世代の子ども達の新しい像ですよね。
上野:そうですね。小学生でもマインクラフトやフォートナイトをマルチプレイでやって、自分でサーバーを立てる子もいる。放課後も、じゃあマイクラで集合ね、って別れるそうです。
讃井:そうなった今の子どもたちは、当然違う世界の捉え方をして、それでいいと思っています。リアルとバーチャルのどっちも普通にあるよねという捉え方で、どちらかが真実でどちらかが嘘ということではないのです。
プログラミングは、好きな分野を深掘る武器になる
上野:我々のスクールを卒業して、今は讃井さんのところの中高生向けのプログラミングスクール「Life is Tech!(ライフイズテック)」に通っている菅野楓さんや中馬慎之祐くん。まさにああいう子どもたちが初代テックキッズだと思っています。
彼・彼女らにとってプログラミングができるってことは別に特殊なことではなく、「プログラミング?ああできるよ」という感じです。菅野楓さんは文学が大好き。だから文学という自分の興味関心分野をさらに深掘るために、プログラミングを使っているという位置づけなんです。
私はサッカーが好き、僕は電車が好き、私は小説が好きと、子どもたちにはそれぞれに興味のある分野があります。そういう自分の持っている興味関心分野を深めていくための手段としてプログラミングを使って、その分野の新しいパイオニアになっていく。そういう世代が「テックキッズ」かなと思います。それを確信させてくれたのが菅野楓さんなんですけど、そういう子がこれからもっと出てくると思います。
親の想像を超えた未来を、子どもたちは見ている
讃井:IT やプログラミングを学ぶと、エンジニアにならなきゃいけないという時代ではなくなりました。文学やりたい子も、データを使いながら文学の分析をすることが、実際の研究分野でも当たり前になってきています。
僕らのライフイズテックに来ている子でも、医学部志望の子の志望動機を見させてもらうと、自分が学んできたテクノロジーと医学を掛け合わせて、将来やってみたいことを当たり前に書いています。医学の世界、文学の世界でも、むしろテクノロジーがあることによって、その分野の最先端の仕事ができるという点で、小学校からプログラミングを学ぶことに、大きな意味があると思います。
上野:将来の夢を子どもたちに聞くと「データを活用してスポーツのトレーナーになりたい」「テクノロジーを使える医者になりたい」ということを普通に言うんです、小学生が。だから子どもたちはそういう未来を見てるんだなと。テクノロジーをある種、所与のものとして意識していて、その意識はもう親を超えちゃっているわけです。親が子どもに描く将来の、さらに先を子ども自身が自然と見ている。
だから我々は、子どもが描く未来に対して、それを実現するための術としてのテクノロジーをちゃんと教えてあげないといけない。そういう想いで、プログラミングを教えています。
◆中編「プログラミングは世界の見方を変える」に続く
プロフィール
上野 朝大
立命館大学国際関係学部卒業。2010年、株式会社サイバーエージェント入社。アカウントプランナー、Facebookマーケティング事業部長、新規事業担当プロデューサーを務めたのち、2013年5月サイバーエージェントグループの子会社として株式会社CA Tech Kidsを設立し代表取締役社長に就任。
一般社団法人新経済連盟 教育改革プロジェクト プログラミング教育推進分科会 責任者。文部科学省「小学校段階における論理的思考力や創造性、問題解決能力の育成とプログラミング教育に関する有識者会議」委員。文部科学省「2020年代に向けた教育の情報化に関する懇談会 基本問題検討WG」委員。情報処理学会、日本産業技術教育学会、日本情報科教育学会、コンピュータ利用教育学会 会員。
Tech Kids School(テックキッズスクール):小学生のためのプログラミングスクール。2013年に設立され、延べ3万人以上の小学生にプログラミング学習の機会を提供。プログラミングの知識や技術を身につけ、設計する力、表現する力、物事を前に進める力などの力を育み、「テクノロジーを武器として、自らのアイデアを実現し、社会に能動的に働きかけることのできる人材」の育成を目指しています。https://techkidsschool.jp
プロフィール
東京大学教育学部卒業後、東京大学教育学研究科にて研究者として博士課程まで在籍。専門は教育政策・学習科学。2010年にライフイズテックを創業。ITキャンプ・スクールには累計4万6千人以上が参加し、中高生向けIT教育サービスでは世界2位まで成長。ディズニーとコラボした「テクノロジア魔法学校」や学校向け教材「ライフイズテックレッスン」などオンライン教材も提供。現在は各地の教育委員会の専門委員やNewsPicksのプロピッカー(教育領域)も務める。
撮影/五十嵐美弥
写真提供/CA Tech Kids
文・構成/HugKum編集部