子どもと向き合う時間は、一喜一憂のとまどいの連続。子育てに行き詰まることも日常です。歌人・俵万智さんが詠み続けた「子育ての日々」は、子どもと過ごす時間が、かけがえのないものであることを気づかせてくれます。「この頃、心が少しヒリヒリしている」と感じていたら、味わってほしい。お気に入りの一首をみつけたら、それは、きっとあなたの子育てのお守りになるでしょう。
たんぽぽのうた1 苗床の苗思わせて並びおり
苗床の苗思わせて並びおり一年一組ちいさな机
初めての授業参観
先日、初めての授業参観があった。一年生は三クラスで、一クラスは約二十五名。算数の時間には、補助の先生が一人つくという手厚い態勢だ。自分が子どもの頃に比べると、ずいぶん恵まれているなあと感じる。高度成長期、大阪近郊の新興住宅地で私は育った。全校児童が二千人以上というマンモス校で、一年生の時には、十二組まであった。子どもの数がどんどん増えて、卒業までに二回、近くに新しい小学校ができて分離した。急ごしらえのプレハブ校舎で過ごした夏は、ことのほか暑かったことを覚えている。クラスには、五十人くらいの子どもがびっしりいた。担任の先生は、さぞかし大変だったろうなあと思う。少子化は社会問題となっているが、教育の現場としては、ひとりひとりに目が行き届く環境が実現されて、このことは親としては好ましく思う。そのうえ、広々とした校庭に目をやれば、なんと芝生である。これは、たまたまモデル校に指定されたからだそうだが、まことにぜいたくな環境だ。
たんぽぽのうた2 手をあげて答えたがっている声が
手をあげて答えたがっている声が欅の新芽のように重なる
算数の授業で当てられた息子の答えは。。。
黒板には、六個のおはじきが磁石でくっついている。「さあ、この六個のおはじき、どんなふうに並べたらいいかな?」要は、五個の列と一個の列と一個というふうに並べればいい。もっと数が増えれば、十個のかたまりと、余りで考える。そうすれば一目で数がわかるというのが、授業の目指すところ。(中略)足取りも軽く前へ行った息子の手が、おはじきを並べ始めた。なんだかヘンだ。六個のおはじきが、ぐねーっと曲線を描いて……数字の「6」を書いていた。「こうすれば、ひとめでわかるとおもいます。」参観していた保護者からも、思わず笑いが起こる。「なるほど~。そういう方法もあるね……」。先生もお困りの様子。でも、決して子どもを否定しない姿勢でおられるのが伝わってくる。これは素晴らしいことだ。いっぽう、息子はというと、笑いをとったことで、すっかり満足しているようだった。とほほ。
俵万智『子育て短歌ダイアリー ありがとうのかんづめ』より構成
短歌・文/俵万智(たわら・まち)
歌人。1962年生まれ。1987年に第一歌集『サラダ記念日』を出版。新しい感覚が共感を呼び大ベストセラーとなる。主な歌集に『かぜのてのひら』『チョコレート革命』『オレがマリオ』など。『プーさんの鼻』で第11回若山牧水賞受賞。エッセイに『俵万智の子育て歌集 たんぽぽの日々』『旅の人、島の人』『子育て短歌ダイアリー ありがとうのかんづめ』がある。2019年評伝『牧水の恋』で第29回宮日出版大賞特別大賞を受賞。最新歌集『未来のサイズ』(角川書店)で、第36回詩歌文学館賞(短歌部門)と第55回迢空賞を受賞。https://twitter.com/tawara_machi
写真/繁延あづさ(しげのぶ・あづさ)
写真家。1977年生まれ。長崎を拠点に雑誌や書籍の撮影・ 執筆のほか、出産や食、農、猟に関わるライフワーク撮影をおこなう。夫、中3の⻑男、中1の次男、小1の娘との5人暮らし。著書に『うまれるものがたり』(マイナビ出版)など。最新刊『山と獣と肉と皮』(亜紀書房)が発売中。