【私たち地方移住して子育てしてます!】新発田市はバツグンの子育て環境。ほどよい田舎暮らしを満喫

守谷あいさん(36歳)は、2016年11月に東京・下北沢から新潟県北部の中核都市・新発田(しばた)市に夫の純さん(36歳)とふたりのお子さんとともに移住しました。現在は市内の古民家を購入し、純さんは、市の「有機資源センター」に勤務。あいさんは、これまでの仕事のキャリアを活かして保育士として働いています。移住したきっかけや田舎暮らしの魅力について聞いてみましした。

きっかけは両親の先発移住。自分たちも新発田で子育てをしてみたいと思うように

私は東京生まれの東京育ち。それが新発田に移住することになったのは、私の両親が退職後、新発田市の山間にある中々山(なかなかやま)地区へ移住したのがきっかけです。年に何度か孫を見せに行っては、両親の農作業の手伝いなどをしているうちに夫が「ここで暮らしてみてはどうか」と言い出したのです。

新発田市は妻の両親の移住先。夫の純さんは、畑作業を度々手伝う内に自らも移住を考えるように

 

夫は高知県出身で、いつか東京から離れて暮らしたいと思っていたんですよね。それで、夫の地元の高知や熊本、長野などへの移住はどうかとぼんやり考えていたのですが、東京で仕事をしていると忙しくてなかなか時間が作れず、移住するための情報収集や現地への視察もままならなかったのです。

  そんななか、新発田の両親宅へ通っているうちに、「ここに住むのもいいな」と思うようになりました。新発田はのどかな田園風景が広がって自然も豊かなのですが、夫は、田舎過ぎず、保育園や小学校が近くにあって子育てをする環境としてはいい場所だと思ったようです。 夫の提案を聞いて、私も両親の近くに住めるのはありがたいと思いました。

私は3人きょうだいの長女で、下に弟がふたりいるのですが、弟たちは東京で暮らしています。だから、私たち家族の新発田への移住は、両親も喜んでくれると思いましたし、それに、私も両親に子どもの面倒を看てもらえるし、いろいろな意味で安心だと思ったのです。

 2016年に新発田へ引っ越し。3人目が生まれて5人家族に

娘は8歳と7歳。移住してから生まれた末っ子も3歳になりました。

当時、私は出産を機に保育士の仕事をやめて、専業主婦として子育てをしていました。子どもは2歳と1歳の年子で、移住するなら子どもが保育園に入りやすくなる3歳までにしたいと思っていました。

  そこで夫が会社を退職して、まずは両親の家で同居させてもらいながら新発田へ移住する準備をしようとして、引っ越しをしたのです。それが2016年の11月のことでした。

  ところが、引っ越しをして、すぐに夫の仕事が見つかったのです。それは父と母が住んでいる中々山地区から車で10分ほどの場所にある米倉地区で活動する「地域おこし協力隊」でした。すると、米倉地区で古民家を買ってほしいという申し出があって、トントン拍子に話が進んで、米倉地区で暮らすことになったのです。

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 100万円の補助金制度を利用して、古民家を購入

自分たちで少しずつリフォームを続けています

古民家購入の際には100万円の補助金制度を利用できたので、とても助かりました。また、新発田市に移住してすぐに長男も生まれて、子どもが3人になったので、子育て支援の制度もマックスで利用できたのも良かったですね。

                                                                                                             

夫は地域の人たちと触れ合いながらの活動。私はキャリアを活かして保育士に

コロナ禍前までは、集落では、毎年、米倉夏フェスと称したお祭りが行われていました

「地域おこし協力隊」における夫の仕事は、「有機の里交流施設運営協議会」という団体に所属して、地元にある施設「有機の里交流センター」や「米倉ふれあい農園」の管理や、各施設で開催されるイベント運営のお手伝いでした。具体的には、交流センターで開催されるそば打ち体験や、味噌やこんにゃくづくり体験の手伝いなどで、3年間の任務期間中にいろいろなことをさせていただきました。

  でも、そうした仕事をしているうちに自然に地元の方たちとのネットワークができて、地域に無理なく馴染んでいくことができたんです。「地域おこし協力隊」での任務が終了した現在は、市の施設「有機資源センター」で、市の臨時職員として働いているのですが、その仕事も「地域おこし協力隊」の仕事をしている間に、そうしたネットワークを通じて決まりました。

  協力隊での仕事は、地域と人と触れ合わなければ成立しないものでしたので、いまでは地域で夫のことを知らない人はいないくらい(笑)。おかげで、私も子どもたちもご近所の方たちから温かく受け入れていただいています。

  この地区は、大学の農学部の研修生を受け入れていたりしていたこともあり、地域外の人間との接触に慣れていたのも良かった気がします。皆さん親切で、子どもたちも可愛がっていただいています。本当にありがたいです。

現在3歳になる長男を出産後、私は、2018年4月から市内の私立の認定こども園で保育士として働いています。東京で仕事をしていた経験があったせいか、応募したら即勤務することができました。 新発田の保育士となって3年が経ち、仕事にも少し余裕ができたと感じてきます。

  実は、移住してから1年間ぐらいは、地元の温泉旅館で中居さんとしてパートとして働いたこともあったんですよね。温泉にいつでも入れるんじゃないかと思っての応募だったんです。でも、旅館の仕事は週末の勤務は絶対で、休めないでしょう。それだと家族だんらんがなかなかできないので、保育士のキャリアを活かすことにしたのです。

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 四季折々に豊かな環境で子育てができることに魅力を感じています

冬の暮らしを豊かにしてくれる薪ストーブ。暖かさも抜群です
薪は知り合いからもらった木を薪に整えています。乾燥させてから使うので備蓄は通年

 冬の暮らしを豊かにしてくれる薪ストーブ

移住して5年が経ち、夫も私も新発田の環境にかなり慣れました。当初、住み始めたばかりのころは、古民家だったので、家の中はすき間が多くて寒いし、ネズミや虫に遭遇してギョッとしていたんですよね。でも現在は、家をリフォームしたこともあって、快適に暮らせています。

  中でも、リフォームの際に設置した薪ストーブは、厳しい寒さの冬場の生活に潤いを与えてくれています。部屋を暖めてくれるだけでなく、ピザなども作れて楽しみが増えたんです。ゆらぐ炎を見ていると、心が落ち着いて大らかになる気がするのです。

  また、屋外に目をやれば、のどかな田園風景や山の上に登るお月さまなどほっとする景色が広がっていて、そんな風景を常に眺められるのは、都会ではできない贅沢だと感じています。

  何よりうれしいのは、子どもたちを自然に触れさせながら育てられることですね。車に乗ってちょっと走ればすぐ川や海があって、コロナ禍であっても子どもたちをのびのびと遊ばせることができるんです。東京では、車が使えなかったので、日々の子育ても大変でした。おんぶに抱っこをしながら電車で移動したり、保育園の送り迎えも自転車で荷物を抱えながら……。いまはどこへ行くにも車で移動できるので、本当にラクちんなんです。

4人目の子どもを妊娠中。出産後は家のリフォームをさらに進めたい

 

現在、子どもたちは長女が8歳、次女が7歳。そして長男が3歳になりました。じつは現在4人目を妊娠していまして、3月に出産予定です。出産後は、1年は育児休暇を取る予定なので、その間に家のリフォームをDIYでしたいと思っています。

  敷地が240坪あって、建物の敷地面積はは54坪。倉庫や蔵もあるのですが、まだ住居の半分しかリフォームをしていないんです。まずは、手つかずの2階の部屋から改造して、より快適な空間にしたいと考えています。

子ども達が成長してこの地を離れても、また帰ってきたいと思える場所に

 

移住に関しては、夫も私もいまのところ、「良かった」という実感しかないです。もし、移住を考えている方がいらっしゃるなら、まずは思い切って行動することが必要だと思います。「絶対に大丈夫」なんていうことはないですから。

  まずは「なんとかなる」という気持ちで行動することが大事だと思います。今後は、夫と話しているのですが「子どもたちのために、地域の方たちと協力しながら新発田をより楽しい場所にしたい」と思っています。

  子どもたちが将来成長して、もし新発田をいったん離れてしまっても、また帰ってきたいと思いえる場所にしたいのです。

  夫は最初に勤めた交流センターが運営する団体に所属しているのですが、コロナ禍が収束したら、まずは地域のお祭りをみんなで開催したいと言っているんですよ。廃校になった小学校を使ったプロジェクションマッピングや、体育館での音楽コンサートなどアイデアはたくさん出ているようで、それが開催される日々が早く来ることを私も願っています。

新発田市は、県内住み心地ランキング2位

新潟県新発田市は、新潟平野の北部に位置し、県都・新潟市に隣接する中核都市です。江戸時代は十万石の城下町として栄えていたので、その歴史と文化が市内随所に息づいています。市内には、小学校が15校、中学校が10校、高校が6校と教育施設も充実。大型ショッピングセンターや商業施設もある一方で、全国的にも有名な月岡温泉、山や海、川などの豊かな自然も身近にあり、住み心地バツグンの「ちょうどいい田舎」。住み心地ランキング県内2位を誇っています。2017年には市制施行70周年を記念して、県立新発田病院跡地に「アイネスしばた」を、新発田駅前複合施設「イクネスしばた」、そして新市庁舎「ヨリネスしばた」が完成。「住みよいまち日本一健康田園文化都市」の目標に向けて邁進しています。

新潟移住に関する情報は、「にいがた暮らし・しごと支援センター」https://niigatakurashi.com/

地方暮らしを希望するみなさんのための移住相談センター認定NPO法人 ふるさと回帰支援センター

http://www.furusatokaiki.net

東京・大阪を除く45道府県の自治体と連携して無料で個別の移住相談に対応しています(要予約)

取材・構成/山津京子

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