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てんじつき さわる絵本『テルミのめいろ』を、実際に盲学校で体験していただきました!
35年も発行され続けている点字の雑誌「テルミ」とは?
視覚障害のある子ども向けの隔月刊雑誌、手で見る学習絵本『テルミ』。1983年に創刊され、今年で35年を迎えました。一昨年の創刊200号記念として、今年9月、てんじつきさわるえほん『テルミのめいろ』が発売されました。『テルミ』誌上、とくに毎号好評の「めいろあそび」の傑作選で、人気の17のめいろを掲載しています。
発泡インクを使った点字と墨字(普通文字)を併記してあるので、目の見える親や友だちと一緒に楽しみを共有することができる1冊です。実際にこの本が目の見えない子どもたちにどんな風に感じてもらえるのでしょうか?
今回、Hugkum編集スタッフは、『テルミのめいろ』を持参し、神奈川県にある『横浜市立盲特別支援学校』を訪ねました。
盲学校の図書館には手作りの点字絵本、触れる絵本がズラリ!
『横浜市立盲特別支援学校』は、100年以上の歴史を誇る盲学校です。幼稚部から専攻科まであり、3才の幼児から50才代の大人まで、幅広い年齢の人たちが通っています。
学校内にある図書館にも利用者が幼稚部から専攻科までと多岐にわたるため、絵本から医学書関連の本まで多様なジャンルの本が揃っています。
そのなかでも人気なのが、『テルミ』など、手で触れて読むことができる作品です。おなじみの『ポケットモンスター』なども、布などの素材をふんだんに活かしたボランティアの方々の手作り。
▲こちらが、ボランティアの方々がていねいに作った立体絵本。文字の上にはタックペーパーという専用の透明なシートで点字が貼られています。
▲盲学校の子どもたちも大好きなピカチュウほか、写真のピチューなどポケモンのキャラクターが勢揃いした手作り本。
ほかにも、給食がどのようにできて、どのように配膳されるのか説明した本や、ひまわりの成長を発芽から開花までを、さまざまな素材を用いて詳細に表現したものもありました。
▲虫の生態を描いた絵本は虫の質感もリアル! 合皮や綿など、その虫が持つ特徴を再現することにこだわりが感じられます。
「生徒たちは見えないけれど、流行に敏感。そのため、アニメなどのキャラクターが登場する絵本は人気です。触れることでイメージを膨らまし、その物語の世界に入っていけるように様々な素材を利用して登場人物や絵の部分を再現しています。耳で得ていた情報が、触れて楽しめるということですね。果物やアイスキャンディーなど匂いがする工夫をこらしたものもあります」(図書館・野口豊子先生)
小学5年生が『テルミのめいろ』に挑戦!
今回、『テルミのめいろ』を試してくれたのは、小学5年生の小川海空(みく)さんです。
「私の場合は1年生の頃までは目が見えていたので、点字を覚えだしたのは2年生からです。最初は布やボタンなどを使った立体の本から読み始めました。わからない時は先生に読んでもらったりして徐々に点字を覚えていきました。『テルミ』のめいろも3年生の時によくやっていました」(海空さん)
両手を駆使して、迷いながらもゴールにたどり着く
海空さんは迷路の上に両手の指先を置くと、意識を集中させて迷路をスタートさせました。はじめて触るジグザグなどに奮闘しつつ、ゴール!
「迷路っていうだけであって、普通の点字の本とはまた違いますね。上にいったり下にいったり、ちょっと難しいけれどジグザグやなみなみみたいなものがいっぱい出てきて面白かったです。ゴールしたときは嬉しかった!」(海空さん)
点字は、指で触ると頭の中にその形がイメージできる
日頃から図書館で点字付き絵本や点訳本をよく借りているという海空さんは、点字が持つ特徴をこう説明してくれました。
「点字は普通の人が目で見たらわからないかもしれませんが、指で触ると頭の中にその形がもっと大きくイメージできるんです。それがわかった時、点字の面白さを知りました」
流通が難しい点字つき絵本の現状
視覚障害児向けの点字つき絵本は、書店などでなかなか手に入りません。なぜなら、読者の絶対数が極めて少ないということ。それから、点字の盛り上げ印刷を施すことにより、印刷代や製本代、流通代など、一般書籍に比べ、大幅にコストがかかってしまうからです。そのため、書店の児童書売り場や図書館でも、ほとんど目にすることがないというのが現実です。
点字絵本の普及の陰に、作り手たちの情熱がある!
しかし、全国にいる視覚障害のある子どもやその親たちは、視覚障害のない子どもたちと同じように、動物の形だって覚えたいし、人気のキャラクターの形だって知りたいのです。
『テルミのめいろ』の著者、田中喜代司さんは、『テルミ』の創刊時から制作に携わっています。当初から形を作る感覚は視覚だけとわかっていたので、形をイメージとして伝えようと思いました。
徐々に印刷技術も向上してきました。発泡インクで印刷するシルクスクリーンの技術が向上したので今まで出来なかった小さな点や細い線も刷れるようになりました。ツルツルとザラザラの違い、昆虫の触角のような繊細なものも表現が可能になりました。しかし、まだまだ伝えにくいものもあります。それが斜めのものだったり、重なっているものです。例えば、お母さんが赤ちゃんをおんぶしている絵を描いても、視覚障害のある子にはお母さんと子どもの境界が分からないといいます。
技術が進歩しても、まだまだ追いつけない。出口の見えないトンネルを彷徨うような、時にそんな不安にも駆られることもあります。しかし、「形のイメージを共有できれば何かに役立つのでは?」と田中さんは願っています。
描いたモノが実際の形と違ってイメージされてもいい。大事なのは見える人と見えない人とのイメージが共有できるということ。
田中さんは、これからも『テルミ』の新たな挑戦を続けていきます。
A4変型判(30ページ UV盛り上げ印刷つき)
2018年9月19日発売 定価:本体2000円+税
視覚障害児のための“手で見る点字絵本”
手で見る学習絵本『テルミ』は日本児童教育振興財団より1983年から出版されている隔月刊の点字つき雑誌です。発泡インクを使った点字と墨字(普通文字)を併記してあるので、目の見える親や友だちと一緒に楽しめることができます。「めいろコーナー」、「作って食べよう」などのページが人気です。
【公式サイト】
著者/田中喜代司(たなかきよし)
横浜生まれ。東京芸術大学卒業後、会社勤務を経てイラストレーターに。個展開催や絵画教室の講師など、多岐にわたる活動を継続している。1983年の手で見る学習絵本『テルミ』創刊号より、編集とイラスト制作を続けている。
取材・文/加藤みのり 撮影/田中麻衣