「化粧をしていなくても美しい人」という説があります
実は、「すっぴん」という語がどのようにして生まれた語なのか、よくわかっていないのです。
化粧をしていない顔のことを、昔から「素面(すめん)」とか、「素顔(すがお)」とか言っていましたが、「すっぴん」はこの「素面」から生まれた語だという説があります。ただ、「すめん」がどうして「すっぴん」になったのかはわかっていません。
歌舞伎で使われていた「すっぴん」
だだ、ひょっとすると芝居や歌舞伎で使われていたことばかもしれず、
『笑解 現代楽屋ことば』(1978年 中田昌秀編著)には、「すっぴん 化粧をしないこと。素面」
とあります。
この本は、劇場などの楽屋で役者や芝居関係者が使う隠語を集めたものです。この語がいつ頃から使われるようになったのかもよくわからないのですが、1964~65年に山口瞳が書いた新聞小説『結婚します』中に、「素顔」と書いて、「すっぴん」と読ませている例があり、それが、現時点で見つけられた「すっぴん」のいちばん古い例です。
「素顔」も化粧していない顔のことをいいますが、飾らないありのままの姿という意味でも使われます。また「素面」は「しらふ」と読むと、酒を飲んでいないときの顔のことです。
「べっぴん」は男性にも使われていた
それはさておき、「すっぴん」は「べっぴん」と関係があるという人がいます。だから、「すっぴん」は、もともとは化粧をしていなくても美しい人のことをいった語だというのです。確かに「ぴん」は共通していますが、「べっぴん」は本来は特にすぐれた品物や人物を意味し、女性に限らず男性についても言っていました。ですから、古くは「別品」と書かれていたのです。それが、のちに女性の容姿に限られるようになり、「別嬪」とも書かれるようになったのです。「嬪」は女性の美称です。
「すっぴん」と「べっぴん」、関係がないという証拠はありませんが、関係があるという証拠もないのです。
記事執筆
辞書編集者、エッセイスト。元小学館辞書編集部編集長。長年、辞典編集に携わり、辞書に関する著作、「日本語」「言葉の使い方」などの講演も多い。文化審議会国語分科会委員。著書に『悩ましい国語辞典』(時事通信社/角川ソフィア文庫)『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信社)、『微妙におかしな日本語』『辞書編集、三十七年』(いずれも草思社)、『一生ものの語彙力』(ナツメ社)、『辞典編集者が選ぶ 美しい日本語101』(時事通信社)。監修に『こどもたちと楽しむ 知れば知るほどお相撲ことば』(ベースボール・マガジン社)。NHKの人気番組『チコちゃんに叱られる』にも、日本語のエキスパートとして登場。新刊の『やっぱり悩ましい国語辞典』(時事通信社)が好評発売中。