たんぽぽのうた1
新しいノートにぐいと横棒をひけば漢字の「一」あらわれる
漢字って、そういうふうにできているんだ
小学生になって漢字を習うようになった息子に、私が心がけてやったのは「芋づる式」ということだった。一年生で学習するのは八十字と決まっているが、これ、どういう基準で選ばれているのだろう。学習誌の付録だったポスターを壁に貼って眺めているのだが、「なんとなく簡単な漢字」という感じしか伝わってこない。一年生は、初歩中の初歩、ということかもしれないが、学年があがるにつれて、ますますその基準がよくわからなくなる。そこで、我が家では、学年のことにはとらわれず、習ってきた漢字に関連して覚えやすいものは、どんど教えることにした。
「木」を習ってきたら、その日のうちには「林」と「森」。この三字は、すべて一年生の配当漢字だが、並べて覚えた方が絶対楽しい。ついでに「木に関係のある漢字はね、左側に木がくっついていることが多いよ。」そして、たとえば「木に古いがつくと……木が古くなるってどういうことかな?……答えは枯れる!でした」。他にも「杉」「松」「板」など、片っぱしから書いて見せてやれば興味津々。もちろん、いっぺんに読み書きができるようにはならないが、「漢字って、そういうふうにできているんだ」と感じることが、おもしろい。
たんぽぽのうた2
木が困る古くなったら木が枯れる漢字の国の漢字の話
身をよじって欲しがった「漢和辞典」。「おんなへん」でニヤニヤ
「木」の流れで、息子に一番ウケたのは「困る」だった。「ここに木があるでしょ。それを囲ってしまうの。どう?正解は、こまる!でした。ほら、この木、困ってるよねえ。」これはもう本当に可笑しかったらしく、ぐふぐふ笑っていた。以来、ときどき思い出しては「こまる……えへへ、こまる……」と口に出してはニヤニヤしている。こうなったからにはと、ついでに「囚」も教えてしまった。「これはねえ、つかまって自由がない人。刑務所とかに入っている人だよ」(中略)すべての漢字が、うまく説明できるわけではないけれど、わかりやすいものをピックアップしてやると、子どもは心底感心し、感動する。こうやって芋づる式に教えていると、漢字を仲間分けする手段である部首のことも自然とわかってくる。そこで、「すごいもの、お母さん持っているよ」と、もったいつけて、漢和辞典を見せてやった。ページを開けば、漢字の大行進。
「どう?これはね、意味じゃなくて、漢字の見た目で仲間分けしてある辞書なの」身をよじって欲しがるので、子ども用の漢和辞典を一緒に買いに行った。このごろは「やまいだれ」のところを見ては怖がり、「おんなへん」のところを見てはニヤニヤする、ややませた小学生である。
俵万智『ありがとうのかんづめ』より構成
★「子育てはたんぽぽの日々」は、今回で終了します。近々、俵万智さんが思春期の子育てを語る特別企画を予定しています。お楽しみに!
歌人。1962年生まれ。1987年に第一歌集『サラダ記念日』を出版。新しい感覚が共感を呼び大ベストセラーとなる。主な歌集に『かぜのてのひら』『チョコレート革命』『オレがマリオ』など。『プーさんの鼻』で第11回若山牧水賞受賞。エッセイに『俵万智の子育て歌集 たんぽぽの日々』『旅の人、島の人』『子育て短歌ダイアリー ありがとうのかんづめ』がある。
2019年評伝『牧水の恋』で第29回宮日出版大賞特別大賞を受賞。最新歌集『未来のサイズ』(角川書店)で、第36回詩歌文学館賞(短歌部門)と第55回迢空賞を受賞。2022年1月、2021年度『朝日賞』(朝日新聞文化財団主催)を受賞。