どうして日本の男性は「育休利用」が進まない? 問題はどこに? 立命館大学の筒井淳也先生に聞く!

育児休業制度の利用者はまだまだ女性が中心です。なかなか男性の制度利用者が少ない理由は何なのか、立命館大学 産業社会学部の教授・筒井淳也さんに聞きました。

育児休業制度の利用者はまだ女性が多く、男性の制度利用者は全体の3割にも届いていません。その理由は何なのでしょうか?

なんとなく予想はできますし、男性の育児休業制度の利用者が増えない空気感も日本人として察せられるのですが、実態はどうなっているのでしょう。立命館大学オンラインセミナーに参加し、同大学の産業社会学部の筒井淳也先生に聞きました。

男性の育休取得は、制度の不足が問題なのか

2022年(令和4年)4月から改正育児・介護休業法が施行されます。筒井先生によれば、この育児・介護休業法の改正は、育児休業法が1992年(平成)に始まってから20年目の節目に当たるとの話。

この改正によって、仕事と育児の両立がもっと世の中に進んでいくと期待されますが、筒井先生いわく、法改正によってもそれほど状況は大きく変わらないだろうと言います。

なぜなら、OECD(経済協力開発機構)の国々と比べても、制度の面ですでにある程度日本は充実している(問題の根っこはそこにない)からなのだとか。

むしろ、継ぎはぎのように後から制度を充実させてきたため、その継ぎはぎに新たな何かを足したところで、大きな変化は生まれないそうなのです。

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日本の働き方は専業主婦のいる男性を前提としている

根本的な問題は、日本の働き方にあると筒井先生は言います。

  • 日本の働き方は専業主婦のいる男性を前提としている
  • 遅くまで毎日残業しても子どもを家で面倒見てくれる妻がいる
  • 配置転換や転勤を命じられても体一つで黙って付いてくる妻がいる
  • その上で男性社員の高賃金が約束されている
  • 残業や配置転換、転勤を拒むと給料の伸びが極端に鈍化する

そんな労働環境が当たり前だからこそ、配偶者がなかなか社会に出られない、出られてもフルタイム雇用ではなくパートタイム労働者や派遣労働者としてしか働けない状況が出来上がってしまうのですね。

筆者(男性)は地方に暮らしています。身の回りの友人・知人たちは製造業で働いたり、地方の金融機関で働いたりしています。筒井先生が指摘するような話を、その友人・知人たちは悩みとして日常的に口にしています。

海外も含めて転勤は当たり前、その転勤を拒むと出世の道は断たれる。そのような立場に置かれた男性の配偶者(妻)は、ほとんどの場合、フルタイムでは働いていません。働き始めても何年か経過すれば、仕事をやめなければいけないからですね。

日本のフルタイム労働環境は「専門家」を育てない

そんな妻(配偶者)の犠牲と献身によってしか成り立たない仕事なら、パートナー(主に男性)の側も辞めてしまえばいいではないかと思う人もいるかもしれません。

しかし、日本の労働環境の根本的な問題がここにも絡んでいると筒井先生は語ります。日本では一般的に、フルタイム労働者として雇用されると、万能型の人材として育てられます。万能型の人材は見方を変えれば、突出した武器がない人材とも言えるはずです。

賃金が「人」に紐づけられるのが日本、「職」に紐づけられるのが欧米

万能型の人材の場合、転職しようとしても自分を売り込む武器が明確ではありません。結果として、賃金の低下を転職時に受け入れざるを得ない状況も多く、なかなか転職できない、転職=後ろ向き、会社にとどまる選択肢のほうが魅力的に感じる状況が出来上がっていきます。

一方で、欧米諸国の場合は仕事(職種)と賃金がリンクしているので、専門スキルさえあればどんどん好待遇の場所に移籍できる環境が整っているのだとか。

専業主婦のサポートを前提とした労働環境があり、働く人間もこれといった専門スキルが職場で身に付かないので不満を感じても転職できない、日本に根付くこの働き方が、男性の育児参加を阻み、女性の社会進出を邪魔しているとの見方もあるのですね。

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各企業の管理職が命運を握っている

法改正があっても変わらない、労働環境はすぐにどうこう変えられる話でもないと筒井先生は言います。それならば、どうすればいいのでしょうか。

子どもは刻一刻と大きくなっていきます。子育て(出産)の時期はどんどん迫り(過ぎ去り)、パパ・ママも年を重ねます。

仕事ばかりで子育てに男性が参加できない、子育てしながら自分のキャリアを女性は積み上げられない、この残念な社会を黙って「そういうものだ」と受け入れるしかないのでしょうか。

その点を聞くと、やはり各企業の管理職が鍵を握っていると筒井先生は言います。上の立場にある人は子育てを終えている年代の人も多いですが、立場が上の人が変われば下にいる若手も変わりやすいと言います。

他の休業制度を利用して上司が積極的に休みを取る、例えば、高校生や大学生に育った子どもの大事な日には積極的に休みを取れば、下で働く部下も制度を利用しやすくなるのではないかとの話。

長い目で見た組織づくりを

もちろん、会社の規模・財政上の余裕の有無・育休取得を希望する人の所属部署の規模や種類によって、育児休業制度の利用が現実的ではない場合もあるはずです。上司の側も分かっていながら気持ち良く送り出せない状況もあるはず。

しかし、一時的な生産性の低下も、長い目で見た時に(組織全体で見た時に)、会社と周りの従業員を成長させる場合も結果としてあると、別の記事で取材した企業の管理職の人が言っていました。

将来的に育児休業制度を利用したいけれど現状は厳しい、だからこそ上の立場の人を動かしたいと思えば、志ある人たちを今から仲間に募って、筒井淳也先生の言葉や考えなどを知らしめる機会を社内で設ける工夫や運動から始めてみてもいいのかもしれませんね。

文・坂本正敬 写真・繁延あづさ

【取材協力】

筒井淳也さん。日本の社会学者。専門は計量社会学・家族社会学。トロント大学社会学部客員教授等を経て立命館大学産業社会学部教授。

【参考】

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