理想の小学校を求めて和歌山県に「教育移住」。家具職人・坂上和孝さんファミリーの決意

坂上和孝(さかうえ かずたか)さん(44歳)は、2020年3月、茨城県から和歌山県橋本市へ、妻と2人の息子(当時長男6歳、次男3歳)の家族4人で移住しました。その目的は、長男を体験学習中心の学校として知られている私立学校「きのくに子どもの村学園」へ通わせるため。移住をするまでの道のりと、移住してからの想いを伺いました。

結婚を機に転職して家具職人に。子どもの教育のため移住を決意

妻と結婚をしたのは34歳のときです。それまでは自主映画の制作に関わっていたのですが、結婚を機に家具職人になろうと決意。職業訓練学校の木工科で1年間学び、技術を身につけて木工所へ就職しました。

教育移住を考えるようになったのは、その後、ふたりの子どもに恵まれて、長男が年中になったころです。

子どもにはコミュニケーション力をつける教育を受けさせたい

いまの公立学校の教育に関してはあまりよく知りませんが、僕が経験した公立学校での学びは、学校生活のほとんどの時間を机に座らされて、教科書を読み、先生が言うことを一方的に覚えるというようなものでした。そして、そうして学んだ知識やノウハウは、社会に出てからの僕の人生においてはまったく役に立ちませんでした。

僕が生きていくうえで役に立ったのは、映画制作をしていたときに体験した俳優さんへの出演交渉や撮影する場所を借りるための交渉、また、映画制作のチーム内で話し合いを通して身につけた人と話す力やコミュニケーション能力でした。

だから、僕らの子どもたちには、そうした生きていくうえで必要な力を身につけてほしいと思ったのです。それは妻も一緒の考えでした。

そこで、そうした力を身につけることができる教育機関を探したのですが、そのとき住んでいた茨城には僕と妻が求める学校はなくて、子どもを通わせたい学校のある場所へ移住をしようと思い始めたのです。色々と情報を集めていった中で、現在、長男が現在通っている「きのくに子どもの村学園」にたどりつきました。

教育目標と環境が気に入ってたどりついた和歌山・橋本市の「きのくに子どもの村学園」

 

 

「きのくに子どもの村学園」は、1992年、和歌山県橋本市で開校した体験学習を主体とした学校です。その教育目標は「感情、知性、人間関係のいずれの面でも自由な子どもを育むこと」。

生徒たちは全国から集まってくるため、子どもたちの半数以上が寮生活を送りながら学校へ通っています。設立から約30年余りが経つ現在は、福井県や山梨県、福岡県、長崎県など全国6カ所で開校しています。

わが家は子どもが生まれてから、妻の実家がある茨城県で暮らしていました。息子は、小さいときからとにかく虫が好きな子でしたから、その興味も伸ばせる環境としても、和歌山の山の中にある「きのくに子どもの村学園」は理想的でした。見学に行ったところ、僕たちも息子もとても気に入ったのです。

「入学を祝う会」では、滑り台から登場!

この学校へ入学するためには、親から離れて開催される2泊3日の体験入学と、親を交えての面接を経たうえで学校側から入学を受理されることが必要でした。長男はその関門も無事突破して、20204月に入学することができ、入学に合わせて3月に移住しました。

入学してすぐにコロナ禍による自宅待機が何度もあって大変でしたが、その後は少しずつ対面授業も行われるようになり、今に至っています。わが家は橋本市内に自宅がありますので、長男は寮には入らず家から毎日通学しています。

生徒は自分の好きな「プロジェクト」に所属。週一の全校ミーティングで問題を解決

プロジェクト(劇団きのくに)の手作り舞台衣装を着た長男

「きのくに子どもの村学園」の小・中学校は1学年が20名で、小中学校全体では180名が在籍しています。

長男の在籍する学年では20名のうち14名ほどが大阪や神戸、奈良出身の子どもたちで、彼らは寮生活をしています。学校全体では約3割ぐらいの生徒が橋本市に家族と住んでいて、自宅から通学しています。

学習のカリキュラムで特徴的なのは、生徒全員が「プロジェクト」と称するチームに所属して体験学習を行う点です。

生徒たちは、毎年、5種類の「プロジェクト」

【劇団きのくに(表現)/工務店(木工、生き物)/おもしろ料理店(食の研究)/ファーム(農業)/クラフト館(やきもの、木工)】

のうち、どれかひとつの「プロジェクト」に参加して活動をしていきます。

各プロジェクトには1年生から6年生までが混在して所属していて、「プロジェクト」ごとに「おとな」と呼ばれる指導者が付いて生徒たちを見守っていますが、具体的な活動内容は、すべて子どもたちの話し合いによって決めて、活動が行われていきます。

また、毎週末開催される「全校ミーティング」も、この学校ならではのものです。毎回、何かひとつの問題やテーマについて話し合い、最後は多数決で結論を出すのですが、これにより生徒たちは人の意見を聞く力や、自分の意見を主張して他人を説得する力を付ける訓練を毎週していきます。

家庭内でも「ミーティング」を提案する長男

こうした体験を重ねていく中で、子どもたちは思考力や人間関係を育む力を自然に身につけていくことができるのではないかと考えています。

このような教育は、わが家の長男に関してはとても合っていたようで、小学3年生になった現在は、休日には「楽しいから早く学校へ行きたい」と言うくらいです(笑)。

ただ、家庭内で問題が起きると、長男は何かに付けて「ミーティングをします!」と言うんですよね。そんなときには、いまのところ僕の家長としての権限で、「ここは家庭であって、学校ではない。ミーティングは却下」としています(笑)。

世の中は学校での常識がすべてではないということを教えておくことも大事だと思っているからです。

 移住を機に木工所を構えて独立。行政の担当者の気働きがあって家探しはとてもスムーズだった

自宅の裏の川はいい遊び場。夏には蛍も見られるそう

移住をした際には、橋本市のシティセールス推進課の職員の皆さんに、とてもお世話になりました。

「きのくに子どもの村学園」の教育内容は、わが家にとっては好ましいものだったのですが、私立校のため学費が大学並みにかかるのです。子どもを入学させるにあたっては、茨城にいたときと同様に木工上勤めの給料では、学費を捻出することができませんでした。そのため、僕は独立して木工所を構えて、収入アップを図ることが必要でした。

だから、移住に際しては、住居と仕事の作業場の2拠点を確保しなければならなかったのです。

そこでありがたかったのが、橋本市の職員の方の支援でした。住居に関しては「空き家バンク」制度を活用して情報を収集し、最後に内覧をして決めたのですが、仕事の作業場に関しては、職員の方が物件をあらかじめ目を付けていてくださって、僕らの移住が決定したと同時に、その物件の持ち主の方に掛け合ってくださって借りることができたんです。

坂上さんの木工所「エスウッド」https://sakaue-wood.com/

「教育移住」が多い橋本市

次男の幼稚園の入園手続きも、実にスムーズにできてありがたかったですね。

橋本市は「きのくに子どもの村学園」があることで、毎年移住する人がいるため、その対応に慣れているのだと思いました。行政職員の方たちだけでなく、近隣在住の方の中にも学校の存在を知っている方もいて、越して来た理由を話すと、すんなりと理解され打ち解けることができました。また、子どもの少ない地区に移住したためか、皆さんに可愛がってもらえ、採れ立ての野菜や特産物の柿をいただいたりもして、うれしいことが多いです。

移住前の体験宿泊から、仕事をもらうご縁をいただく

和歌山は縁もゆかりもない場所でしたので、独立しても仕事がもらえるのか、とても不安でした。 でも、最初の仕事は、橋本に住んでいる方からの紹介で成立したんですよね。

移住前、子供の体験入学の際に泊まった ゲストハウスのオーナーさんだったのですが、宿泊時に僕の仕事のことをお話したら、知人の設計士さんに紹介してくださり、その設計士さんのツテをたどって、和歌山市の大きい木工所の下請け仕事をひとつもらうことができました。

また、地元の工務店に営業に行ったところ、その場で仕事をもらうことができました。ちょうど造作家具を作ってくれる業者を探していたところで、とてもラッキーなタイミングでした。ひとつの仕事がまた次の仕事に繋がり、今も継続して仕事を頂けて本当にありがたいと思います。

主に住宅のオーダー家具を制作

 次男も「きのくに子どもの村学園」に入学させたい。そのために…

今後の目標は、より多くの収入を安定して得ることです。

次男も長男と同じ学校へ通わせるつもりなので、これからは教育費が現在の倍になるんですよね。また、コロナ禍のためここしばらくは行われていませんでしたが、「きのくに子どもの村小中学校」では通常サマースクールのような形でスコットランドへ子どもたちが毎年訪れて活動する学校行事もあります。だから、その行事への参加費も今後は必要なのです。

どんなアクシデントがあっても対処できるたくましさを身につけて欲しい

家計は大変ですが、子どもたちがタフに生きていける人間に育ってくれれば、僕も妻も本望です。勉強ができる子になって欲しいとは思いません。身の回りのことができて、周囲に気遣いができ、どんなアクシデントがあっても対処して生きていける――そんな力を身につけてくれたらいいなと思っています。

妻の両親は、子どもたちが生まれたときから近くにいて、ことあれば孫の世話をしていたので、当初は移住に反対していましたが、いまは茨城で採れたお米を送ってくれたりして生活の支援もしてくれていて、とても感謝しています。今年の夏はようやく茨城へ行くことができそうなので、子どもたちの成長した姿を見てもらいたいと考えています。

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和歌山県橋本市とは……

和歌山県橋本市は、世界遺産高野山の麓に位置する自然豊かな地です。しかし、その一方で、大阪都心へは南海電鉄で約40分。和歌山市内と奈良方面へもJRが走り、交通の便が良いのも特徴。市の移住担当によれば、先輩移住者には仕事を変えずに大阪へ通勤する人も多いとか。また、アクセスの良さ活かして移住を機に起業をしたり、新規就農や林業、地元転職など、移住者がさまざまなスタイルで生計を立てているのも橋本市の移住者の特徴だそうです。子育てに関しては、18歳までの医療費助成や、小中学校での完全給食など充実した内容。市内には、大型スーパーマーケットや大型ホームセンターをはじめとする商業施設もバラエティー豊かにあって、総合病院が3か所、診療所も約100カ所と医療施設も充実。子育てをするうえで、暮らしやすい環境が整っています。

  • 橋本市への移住については……

「はしっこ暮らし」http://www.city.hashimoto.lg.jp/hashikkogurashi/

取材・構成/山津京子

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