【俵万智さん子育てを語る】期間限定の子育ての日々は終了。大学生の息子と新しい親子関係が始まっています

連載『子育てはたんぽぽの日々』で、歌に込められた母としての葛藤や子供へのまなざしが共感を呼んだ、歌人・俵万智さん。一昨年、歌集『未来のサイズ』(角川書店)で、第36回詩歌文学館賞(短歌部門)と第55回迢空賞を受賞し、歌人として、まさに円熟期を迎えられています。息子さんが大学生となり、新しい親子関係ができつつあるという俵さんに、子育てを振り返っていただきました。

子育てで「世界の見え方」が一変しました

息子がまだ幼かったころ、「たんぽぽの日々」と名づけて、短歌とエッセイを綴りました。

子育てが始まった当初、もちろん不安はありましたが、人類みんながやってきたことなんだし……と、どこか舐めていた自分を思い出します。でも、いざとなると「聞いてないよ!」というようなことの連続で、フラフラの毎日でした。

いっぽう、喜びもまた想像以上のものでした。大げさに言うと、世界の見え方が変わったのです。

「大変なこと」と「喜び」と、両方たっぷり味わいながら、短歌にするのなら喜びのほうがいいなと思いました。だって、せっかく「五七五七七」というパッケージに取っておくのですから。

石垣での暮らしで「生きていく力をつけてやる」が子育てのテーマに

生きていく力をつけてやる」が私の子育てのテーマ。

そのために、日常的に意識していたのは、自然に触れる、地域社会と繋がって子育てをする、子ども同士が野放図に遊ぶ、の3つ。震災後に身を寄せていた石垣島に移住したのも、その全部が備わっていたからです。

辺鄙な島の辺鄙な地域に住むことになって、一日たりとも人の助けがなくては、ままならないような生活。車の運転をしない私は、ご近所の方に助けられる毎日でした。息子には「困ったときは助けてって言えばいいんだよ。そして心からありがとうを言おうね。ありがたい気持ちは、そのときだけじゃなくて、他の誰かが困っているときに思い出そう」と伝えていました。

単に人を頼るという意味ではなく、人から見て「こいつのことは助けてやりたい」と思われるような、そんな人になってほしいと思っていましたね。

根っからインドア派の私が、石垣島に暮らすなんて、ホント、今考えるとそんなエネルギーがどこから湧いたのかしら、と我ながら感心してしまいます。子どもがパワーをくれたんですね。

仙台で暮らしていた頃、小学生になって、ゲーム機に夢中になり始めた息子によく言っていたのは、楽しくて、簡単においしいゲームはおやつだということ。おやつばかり食べていたら、体に悪いでしょ。主食は、外遊び、本を読むことだよ、ということでゲーム機との付き合い方を納得していましたが、石垣島に移住してからは全くゲームに目が向かなくなりました。

 「オレが今 マリオなんだよ」 島に来て 子はゲーム機に 触れなくなりぬ

圧倒的な自然の中で、五感を使って遊ぶことの楽しさに魅せられたんですねすっかりゲーム機で遊ばなくなったねと言うとだって、今、オレがマリオなんだよ!」ですって。まるで、ゲームの主人公になったかのように思ったのでしょう。それに、ゲームはゴールが決まっているけど、自然の中の遊びはいつも違いますもんね。こっちの方が数倍楽しかったのでしょう。

中学校から寮生活になった息子。学校始まって以来のホームシックに。ハガキを毎日送り続けました

中学校は、石垣を出て、宮崎にある中高一貫校に進学しました。

私もまさか全寮制の学校に行ってしまうことになるとは思っていませんでした。石垣で住んでいた地域にも中学校はありましたが全校生徒数名の規模で、大きい中学校がある町に出る人も多く、ならば島を出ても同じかと色々と探して見つけた学校でした。ものすごく辺鄙な山奥なんです。見学に行ったら、息子がもうここしかない!というくらいに気に入って、その中高一貫校に進学を決めました。

制服は 未来のサイズ 入学の どの子もどの子も 未来着ている

これは、入学式の風景から詠んだ一首。制服って、成長を見越してかなり大きめに作るんですよね。みんなブカブカなんだけど、いつかはそのサイズになる。入学式で、子どもたちが今、大きな未来そのものを着ているように見えたのです。

親子で別々の暮らしが始まって、寂しさはありました。でも、私より息子がものすごいホームシックにかかってしまって…。

最初は、友達と楽しく毎日修学旅行の気分だったようですが、それも束の間。学校はスマホが禁止で、一日30分だけ呼び出しの時間というのがあって、毎日電話をかけていました。そして週末ごとに会いに行くということがしばらく続きました

学校始まって以来のホームシックと言われるくらいでしたね。寮の先生が「ホームシックはみんなかかるし、いつかは落ち着いて寂しい気持ちも薄れるから」と慰めたら、息子はキッパリと「この気持ちは忘れたくありません」と言ったそうなんです。 

その時の気持ちを思う存分味わうことを大切にしたい、ということなのでしょうね。私もそんな気持ちを歌に託すという思いがあります毎日、ハガキも出していたんですよ。離れていてもあなたのことを思っているよ、忘れていないよ、という気持ちを込めて送っていました。  

友達が楽しみにしているから、ハガキ辞めないでいいよ

ホームシックも落ち着いたし、母親から毎日ハガキが届くなんて、いい加減恥ずかしい年頃じゃないかしら、と思って高校に上がった時に、もう辞めようか?と言ったら「いや、辞めないでいいよ。友達が楽しみにしてるし」と言われて(笑)。 

寮では高2までは相部屋で過ごしますし、友達というより兄弟みたいな感覚なんでしょうね。親と子は「直線の関係」だからぶつかり合いも多いと思いますが、他人と折り合いをつけて暮らしていく寮生活は小さな社会です。身の回りのことも自分でやらなくてはならないから、いっぱい失敗もするし、人間的にも色々と鍛えられたと思いますだから、親のありがたみが先にわかっちゃったという感じで、息子には思春期の反抗というのはありませんでした。

親子の共通の趣味は「ことば」。大学生になった息子と新しい関係が始まっています

息子は今、文学部で学ぶ大学1年生。二人で「ことのはたんご」という言葉の推理ゲームに熱中したり、息子から好きなラップを教えてもらったり、私たち親子の共通の趣味は「ことば」なんです。

小学校の高学年くらいから、息子を題材にした作品は発表する前に見せてきました。彼はいつの間にか短歌も作るようになって、時折、私の作品に意見をくれることもあります。

シャーペンを くるくる回す 子の右手 「短所」の欄の いまだ埋まらず

これは、『未来のサイズ』に収められた一首ですが、息子からこれ、短所じゃなくて、長所にしたほうが思春期っぽくて良くない?」と言われ、う〜ん、それもありかな、と散々悩んだということがありました。 

親としては生物学的に育てるという役割は終わった今、新しい親しい関係が始まりつつあるという感じですね。息子には、さまざまなタイプの人と出会い、さまざまな価値観にも出会い、自分にとって大事な絆を築く力を身につける…そんな青春時代を過ごしてくれたらと思っています。

記事執筆

俵万智(たわら・まち)|歌人
歌人。1962年生まれ。1987年に第一歌集『サラダ記念日』を出版。新しい感覚が共感を呼び大ベストセラーとなる。主な歌集に『かぜのてのひら』『チョコレート革命』『オレがマリオ』など。『プーさんの鼻』で第11回若山牧水賞受賞。エッセイに『俵万智の子育て歌集 たんぽぽの日々』『旅の人、島の人』『子育て短歌ダイアリー ありがとうのかんづめ』がある。2019年評伝『牧水の恋』で第29回宮日出版大賞特別大賞を受賞。最新歌集『未来のサイズ』(角川書店)で、第36回詩歌文学館賞(短歌部門)と第55回迢空賞を受賞。2022年1月、2021年度『朝日賞』(朝日新聞文化財団主催)を受賞。

構成/Hugkum編集部 写真/繁延あづさ

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