金子みすゞが教えてくれた「見えないものでもある」ことを知る大切さ【物理学者・佐治晴夫さん】

テレビやラジオ、講演会やたくさんの著書を通じ、宇宙のこと、星のこと、物理のこと、科学のこと、音楽のこと、そして詩のことなど、あらゆる角度から、この世界の在り方をやさしく解き明かしてくれる理学博士で理論物理学者の佐治晴夫先生。話題の『チコちゃんに叱られる』にも登場されました。
北海道・美瑛には、佐治先生の提案で設立された『美宙(MISORA)天文台』があります。設立のきっかけは、金子みすゞの詩だったそう。

 

 

見えないけれど、あるんだよ。昼間の星はあるんだよ

金子みすゞの名は知らなくとも、「みんなちがって、みんないい」(金子みすゞの詩「私と小鳥と鈴と」の一節)は馴染みがあるのではないでしょうか。

大正末期、山口県下関の書店に勤めながら童謡を書き、瞬く間に童謡詩人として名を挙げた金子みすゞは、26歳という若さでこの世を去りました。没後、作品は埋もれてしまい「幻の童謡詩人」として忘れ去られそうになったのですが、1982年、童謡詩人の矢崎節夫氏によって遺稿が見つかりました。そこに残されていた512編の作品は、1984年『金子みすゞ全集』(JULA出版局)に収められ、再び脚光を浴びることに。彼女の物事の本質を見る鋭い視点、自然と小さきものを愛するやさしいまなざしは、100年近く経った今でも、いや今だからこそ、忙しく生きる私たちのにスーッと寄り添ってくれます。

 

そんな金子みすゞの詩を科学者の視点で読み解き、やさしい言葉で語ってくれるのが、理学博士の佐治晴夫先生です。

「昼間の星をご覧になったことはありますか?」

佐治先生に尋ねられました。昼間の星など見たことがないので、「いいえ」とお返事すると、「では、昼間の星をお見せしましょう。こちらへどうぞ」と、『美宙(MISORA)天文台』へ案内してくれました。

2016年、北海道・美瑛町の役場近くに新しく建設された郷土資料館『町郷土学館(美宙・みそら)』には、口径が40cmの天体望遠鏡が備えられた天文台が併設されています。この天文台を設置するように働きかけたのが佐治先生で、現在も天文台台長を務めています。

誰もが気軽に昼間の星をみられる天文台

「町中に天文台を作ったのは、誰もが気軽に昼間の星を見られる環境にしたかったからです。晴れていれば1等星などの明るい星を昼間に見ることができますよ。ほらほら、見えた! のぞいてご覧なさい」

先生に促されて大きな天体望遠鏡をのぞいてみると……。まるで無数のダイヤモンドがキラキラと輝いているような、それはそれは美しい光が見えました。

「ねえ、美しいでしょう。こと座のベガです。金星も見えるかな、あ、見えましたよ」

先生は満面の笑みで続けます。

「みなさん、昼間の星は見えないと思っています。けれど、見えないからと言って、無いわけではありません。見えないものでもある、ということを理解することがとても大切なんですね。そのことを多くの方に知っていただきたくて、昼間の星が見える天文台を作ったのです」

佐治先生が昼間の星に興味を抱いたきっかけは、みすゞの詩でした。

 

星とたんぽぽ

 

青いお空の底ふかく、

海の小石のそのように、

夜がくるまで沈んでる、

昼のお星は眼にみえぬ。

□□見えぬけれどもあるんだよ、

□□見えぬものでもあるんだよ。

 

散ってすがれたたんぽぽの、

瓦のすきに、だァまって、

春のくるまでかくれてる、

つよいその根は眼に見えぬ。

□□見えぬけれどもあるんだよ。

□□見えぬものでもあるんだよ。

 

(『金子みすゞ童謡全集』より)

 

 

「このみすゞさんの詩の一節、『昼のお星は眼にみえぬ。見えぬけれどもあるんだよ、見えぬものでもあるんだよ』と、サン・テグジュペリの童話『星の王子さま』に出てくる有名な言葉、『だいじなものは目に見えないものだよ。心の目で見ないとね』。この二つのフレーズに動かされ、玉川大学の教授になるときは、昼間の星が見える望遠鏡の設置を条件にしたほどです(笑)」

 

少年時代、疎開先で出会ったみすゞの詩に導かれて

 

「金子みすゞさんとの出会いは1940年代の後半だったと思います。疎開先に東京から持ち込んだたくさんの本を収納した書庫で見つけた手書きの詩画集の中に、『露』という一編の詩を見つけ、そのやさしいまなざしに心が震えました。そのときは、その作者がみすゞさんだとは知らなかったのですが、それから30年が経ち、ある新聞で童謡詩人の矢崎節夫先生により彼女の遺稿が見つかったことを知りました。そして、その記事の中で紹介されていた詩を目にしたとき、忘れていたあのときの『露』が脳裏によみがえったのです。それから間もなく出版された全集に『露』が収録されていることを見つけたときは、本当に驚きました」

 

誰にもいわずに

おきましょう。

 

朝のお庭の

すみっこで、

花がほろりと

泣いたこと。

 

もしも噂が

ひろがって、

蜂のお耳へ

はいったら、

わるいことでも

したように、

蜜をかえしに

ゆくでしょう。

 

(『金子みすゞ童謡全集』より)

科学の目でみすゞの世界を解き明かす

そのときを境に、佐治先生はみすゞの詩を読み進め、ご自身が探求している学問である現代科学が解き明かしている世界像とみすゞが見ている世界が重なっていることに気がつき、いつか本を書きたいと思ったそうです。佐治先生とみすゞのご縁は、それだけでは終わりませんでした。

「みすゞさんの詩を科学の目で読み解くことをしてきましたので、大学で物理学を教えていたとき、期末試験にみすゞさんの『不思議』をテーマにした問題を出題しました。そしたらなんと、そのときの試験監督が下関の大学から着任されたばかりの今井夏彦先生だったのです。今井先生こそが、みすゞさんの遺稿の手がかりを矢崎先生に伝えたご本人でした。なんという巡り合わせでしょうか。人生はドラマですね。こうして、いつも僕のうしろには、みすゞさんがゆらゆらとしていたのです」

必然としか言いようのない偶然が重なり、矢崎先生とのご縁もでき、佐治先生はその後、金子みすゞに関する講演をしたり、著書の中で取り上げたり、みすゞの詩を歌曲に仕立てた中田喜直さんのテキストで作曲技法を学び、みすゞの詩に曲をつけたりしています。

このように、みすゞとの縁が深い佐治先生ですが、みすゞを見るまなざしはどこまでも深くやさしく、そして同時に冷静です。

「3.11の震災時、繰り返し流れたACのCMで、みすゞさんの詩が取り上げられて以降は特にブームになりました。すると、彼女の不幸な生涯を取り上げて、それを作品に結びつけるようなことも目立ちましたが、それは誰の益にも何のプラスにもなりません。私は文学研究家ではありませんので門外漢として、“素敵”だけでは終わらない、数学や物理をベースとしたクールな視点、論理でみすゞさんの作品を見るようにしました」

 

子育てはひとつの「宇宙体験」。それだけの偉業を成し遂げています

「小さないのちが宿り赤ちゃんを出産するまで、お母さんのおなかの中でどんなことが起こっていると思いますか? 実は、宇宙が光から生まれてからこの地球に人間が誕生するまでの100億年以上という果てしない時間をかけたプロセスと同じことを、おなかの中でやり遂げているのです。地球が生物進化のために費やした1億年の歳月が、胎内では1週間に相当します。どうですか? すごいことでしょう? つまり、子供を生み育てることは、それ自体が時空をかけぬける宇宙体験といえるのです。この視点から考えると、人間の進化やいのちの神秘、人間とはいかなる存在なのかということに想いを馳せることができるでしょう。そう、子供も大人もみんな、星のかけらでできているんですね」

佐治晴夫(さじはるお)

理学博士、理論物理学。1935年東京都生まれ。宇宙創生にかかわる「ゆらぎ」の理論研究などで知られ、それを1/fゆらぎ扇風機、長時間録画VTRなどの家電製品に応用。また、NASAのボイジャー計画ではバッハの音楽を搭載することを提案。文系、理系の枠を超えた「数理芸術学」を提唱し、宇宙研究の成果を平和教育へのリベラルアーツとして位置付けた講義を全国で展開。『14歳のための時間論』(春秋社)など著書多数。2011年より北海道・美瑛町にアトリエを構える。

 

佐治晴夫先生の最新刊『詩人のための宇宙授業 金子みすゞの詩をめぐる夜想的逍遥』

金子みすゞの詩を科学者の視点から読み解き、やさしい言葉で語りかけてくれるのが、『詩人のための宇宙授業 金子みすゞの詩をめぐる夜想的逍遥』(JULA出版局)。512編あるみすゞの作品から40編を選び、佐治先生ならではの音楽のような語り口で、その一編一編を新たな光で照らし出しています。また、それぞれのページを飾る刺繍イラストや写真が奏でる美しい伴奏も必聴(必見)。読み手にそっと寄り添いながら、佐治先生が案内するみすゞの世界へとやさしく導いてくれます

 

http://www.jula.co.jp/2018/11/d_/723.php

著/佐治晴夫 装画・挿絵/みずうちさとみ 2000円(税別)JULA出版局

 

information

佐治晴夫先生監修のプラネタリウムプログラム

「宇宙のカケラ 星から生まれた私たち」4月13日(土)よりスタート

 

東京・渋谷にあるコスモプラネタリウム渋谷にて、佐治先生監修の新番組が2019年4月13日(土曜日)より始まりました。

ひとりの少年の思い出をたどりながら、星と世界、命と宇宙のつながりをひもといていく物語です。

 

*上映期間

2019年4月13日(土)より 平日19:00〜 土日祝16:00〜、18:00〜

*場所

コスモプラネタリウム渋谷(渋谷区文化総合センター大和田12階)

東京都渋谷区桜丘町23-21 (渋谷駅より徒歩5分9

*休館日

月曜日(祝日の場合は開館し、その翌日の平日が休館)

*入館料

大人600円、小・中学生300円

*投影スケジュールなど詳細は以下のサイトでご確認を

http://www.shibu-cul.jp/planetarium

構成・文・撮影/神﨑典子

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