からだの漢字は「月」が付く
歯科医師として日々診療する上で、身体の部位についてカルテに書き記すことは不可欠です。たとえば、口に関しては、口腔、唾液腺、頬粘膜…など、さまざまな部位や組織があります。これらに含まれる「腔」「腺」「膜」という漢字はすべて左半分が「月」になっており、『にくづき』という部首を表しています。
この『にくづき』を含むものには、表1に示すように多くの漢字があり、筆者が独自に4つに分類してみました。中には学校で習わない難しい漢字も含まれていますが、「肥」「脈」は小学5年生で、「腹」「胸」「脳」「肺」「腸」「臓」は6年生で習います。
こうして漢字を見てみると、これらの漢字はからだの一部を表すものが多いと思いませんか?
この『にくづき』という呼び方ですが、もともと『にくづき』の「月」は、肉→月のように簡略化して変化したことから名付けられたので、月=からだ、という密接な関係性があるのです。
心臓などのたくさんの臓器のことを中医学(中国伝統医学)の古くからの言葉で、まとめて「五臓六腑(ごぞうろっぷ)」と呼んだりしますね。まさに「月」づくしです。
その他の『にくづき』の漢字としては、身体の部位だけでなく、細胞のようにミクロなもの、あるいはからだの変化を表す肥満や腫れ(はれ)を表す腫脹(しゅちょう)といった言葉にも含まれています。
ところで、身体に関係する漢字として、他にもいくつか思い浮かぶと思います。「胃」「背」「肩」「肉」「腐」など…これらは「月」や「肉」の形をした『にく』という部首です。
つまり、「月」が漢字の左側に来て「扁(へん)」になった部首を『にくづき』、そうでないこれらは『にく』と呼ぶわけですが、部首の由来としては同じであることを理解しましょう。
ちなみに、このサイトHugKum「はぐくむ」の「育」も『にく』の仲間で小学3年生で習います。からだや心が成長する発育にも含まれる言葉ですから、からだに関係する漢字だと言えるでしょう。
『つきへん』と呼ばれる「月」もある
数ある漢字の中で、「月」が付くものは他にもあります。
例えば、「服」は小学3年生で習う漢字ですが、その部首は『月扁(つきへん)』と呼びます。また、ぼんやりと輝く月を朧月(おぼろづき)と呼びますが、この「朧」の部首も、月が左に来る「扁(へん)」なので『つきへん』です。
ところで、「月」は小学1年生で習いますが、部首として『月(つき)』を含む漢字として、「朝」は2年生、「期」「有」は3年生、「望」は4年生、「朗」は6年生で習います。
こうして見ると、『つきへん、つき』の漢字には希望や期待、朝も含めて未来に光が見えるような明るい言葉が多いと思いませんか? 暗い夜空が、月の光に照らされて明るく輝くようなイメージで暗記してもいいかもしれないですね。
「月」はあるのに、月ではない?
ところで、「月」が含まれた漢字は他にもあります。身近なところでは、動物の「豚(ぶた)」もその一つです。では、「豚」の部首は何でしょうか? 豚と言えば、ポーク、豚肉。とすると、…やっぱり『にくづき』? そのような連想を思い浮かべた方もおられるでしょう。
しかし、残念ながら「豚」の部首は右側の『豕(いのこ)』です。
このように連想だけで部首を答えるのはやはり限界がありますので、理屈抜きに丸覚えしないといけない場合もあるのです。
この『豕(いのこ)』を含む他の漢字には、「象」や「豪(ごう)」などがあります。動物の「象」は小学5年生で習います。
ちなみに、豪州は国のオーストラリアの和名ですが、猪(いのしし)と合わさった豪猪は背中に多くの長い針状の毛がある動物の「やまあらし」を意味します。ですから、『いのこ』は、動物のイメージで覚えてもいいかもしれませんね。
漢字の「部首ごとにまとめて覚える」法
このように部首は漢字の成り立ちに深く関わり、意味合いも似たようなものが多いので、同じ部首の漢字は、言わば仲間です。
この“部首ごとに覚える”というのは、漢字を習得する上で一つの効率的な方法です。学校では学年ごとに新しい漢字を学びますが、それを超越して幅広く習得できる便利な方法として、私も子どもの頃から実践してきました。
「木」で覚える
例えば、「木」で表される『木扁(きへん)』の部首を持つ漢字は非常に数も多く、馴染みの深いものも多いと思います。
下の表2に示すように、小学校で習う漢字で左半分が「木」のものを列挙してみました。
「林」「植」「柱」「根」「板」「枝」「樹」などは、木のイメージが思い浮かぶと思います。また、植物や花の名前を表すものも多く、「梅」「松」は小学4年生、「桜」は5年生で習います。
ここで注目したいのは、この中でただ一つ『きへん』でない漢字が含まれることです。表2にも記しましたが、「相」の漢字だけは部首が「目」ですので、間違わないようにしてくださいね。
ただ、部首が「木」の漢字は『きへん』だけでなく他にもあり、「本」や「森」など、表3に示すように小学生で習う漢字にも案外あるので覚えておきましょう。
また、「機械」と言えばメカニックで無機質な印象を抱くかもしれませんが、「機」「械」ともに4年生で習う『きへん』の漢字です。部首の木のイメージとは必ずしも一致しない漢字があることも知っておいてください。
「言」にもいろいろ
ところで、「言」で表される『言扁(ごんべん)』の部首を持つ漢字も多く、「言う」「話す」「語る」「論じる」「諭す」「説く」「喋る(しゃべる)」など、他人に対して言葉を発する表現も多彩です。言葉の伝え方も漢字の数だけあることを改めて実感します。
部首を意識することで広がる漢字の豊かさ
漢字を習得する手段として、日頃から部首を意識しながら文章を読む習慣も大切です。例えば、物語を読んでいて、
“子豚があわてて服を脱ぎました。”
という文章があれば、「漢字に月が3つあるけれど、全部違う部首だな」という風に、出てくる漢字一つ一つに対して「部首は何かな?」と考えてみるのもいいでしょう。
単なる記号の羅列を思わせる英語のアルファベットと違い、漢字には「木」「山」や「川」「雨」のようにものの形や様子を表現した象形文字があり、今回のテーマである部首の中にも、それに由来するものが多くあります。
また、漢字自体が醸し出す雰囲気は文章に重みを持たせ、ひらがなやカタカナとは異なるイメージで読む人に伝わります。同じ言葉でも、「言葉」「ことば」「コトバ」で違うイメージがありますよね。私はそのようなことも意識しながら文章を紡いでいます。
このように部首について理解を深めながら、漢字の魅力について改めて見直してみてはいかがでしょうか?
記事執筆
島谷浩幸
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参考資料:
文部科学省|学年別漢字配当表(2020年度施行小学校学習指導要領)
加納喜光監修|新レインボー小学漢字辞典 第6版.学研,2019.
林四郎ほか監修|例解小学漢字辞典 第六版.三省堂,2020.